「破壊って・・・どういうことだよ?!」
「言ったでしょう?貴方たちにこの状況をどうにかすることはできないって。」
「・・・それは・・・」
「だけど、私なら方法を見出せる。」
もう、信じられないなんて思っている暇はなかった。
目の前の光景は確かに現実。実際に起こっているんだ。
「私は所詮、一部でしかない。本体は極限まで餓えて、今すぐにでも人間を食べようとしている。
今は私が抑えているけれど、これ以上は無理だわ。」
「・・・っ・・・」
「誘われた人間でなければ近づくことすらできないけれど、私が一時的にその壁を解く。
そうしたらすぐに本体を破壊して。」
「ちょっと待てよ・・・そんなことしたらお前は・・・?」
「私の心配よりも、お父さんの心配が先でしょう?相変わらずずれてるわね。」
その言葉と同時に、俺たちの前にあった壁が消えた。
正確には目に見えていないものだったから、圧迫感が消えたと言った方が正しい。
俺たちは唖然としてを見ていたけれど、その奥に再度ゆっくりと動き出した赤い液体が視界に入る。
まるで生きているかのように蠢くそれを見て、恐怖を感じるより先に無我夢中で走り出した。
目の前で起こっている光景を理解できたわけじゃない。考えが整理できたわけでもない。
ただ、目の前で襲われそうになっている大切な家族を守りたい。それだけだった。
鈴の音に夢を見る
「・・・?!何で僕だけ進めないんだよ?!」
「将は・・・破壊することなんて出来ないでしょう?それどころか彼らの邪魔になりそう。」
「当たり前だろ?!鈴を破壊したら、は・・・はどうなるんだよ!」
「本体が無くなれば、一部だって消えるわ。」
「ふざけるな!何でそんな、勝手に・・・!」
と将の会話が聞こえて、俺たちは思わず足を止めた。
本体を破壊すれば、その一部・・・も消える。考えればわかることだし、予想もしていた。
「来るべき日が来ただけよ。」
「なんだよそれ・・・!そんなこと僕は知らない!」
「本当は正体も知らせず、綺麗にいなくなりたかったけど・・・うまくいかないものね。」
「!!」
「聞いて、将。私ももう限界なの。」
「・・・なにを・・・」
「私は人間を知りすぎた。」
「!」
「この村の人たちだけじゃない。外部から来る人間も、それぞれに大切な人がいて、帰る場所がある。
この村で過ごすたびに、時間が経つたびに、それを思い知らされた。」
「・・・」
「食べなければ生きていけないのに、食べることがつらくなるだなんて、可笑しな話。」
彼女が言うように、行動に移さなければ、親父もちゃんも助けることはできないのだろう。
けれど、ほんの数日。短い時間ではあったけれど一緒に過ごし、という人間を知った。
そんな彼女が消えると言われてしまえば、それ以上動くことを躊躇してしまう。
「昔は、ただ本能でしかなかった。死にたくない、消えたくない。だから人間を襲った。」
俺たちが近づいたからか、もう我慢しきれなくなったのか、暗い赤が狙いを定めるように方向を変えた。
「けれど人間の姿になって、貴方たちと生きた時間は違う。目的が出来た。願いを持った。
貴方たちとこれからも生きていたいと、一緒にいたいと、そう思った。だから人を喰い続けた。
でも一緒に過ごせば過ごすたびに、罪の意識は増えていくの。自分のしていることがおぞましく思えた。」
「・・・どうにかならないの?何か方法がっ・・・」
「ない。私は化け物だから。人を喰うしか道がないの。」
英士と一馬が俺に向けて叫ぶ声を耳にし、俺を目掛け襲ってきた赤い液体をなんとか避ける。
他の会話なんて聞いてる余裕はないのに、目の前のものを破壊しないと状況は何も変わらない。
「・・・それなら、僕を食べて。君に食われるのなら後悔なんてしない。
僕がそれを望んだ。罪の意識なんて持たなくていい。がもっと生きられるなら・・・」
「・・・バカ将。何もわかってないんだから。」
「・・・な・・・」
「生き延びてもそこに将がいなかったら、意味がないの。」
と将の声が響く。
最初は姉弟だと思い、こんな綺麗な人と一緒に住むだなんて羨ましいだなんて思った。
同い年だって聞いて驚いて、将の気持ちを聞いたときだって、正直、見た目には似合ってないと感じた。
「妖怪の一部でしかなかった私が、感情なんて持つはずもなかった。
命令されるがままに人間を誘い込む。それだけが役目だった。」
「っ・・・」
「それなのに、貴方がくれた新しい世界は、とても綺麗で優しくて・・・空っぽだった私を満たしてくれた。」
「違うっ・・・新しい世界をくれたのも・・・満たしてくれたのも・・・君だ・・・。
僕はが傍にいてくれればそれでよかった。それだけでよかったんだ・・・!」
「こんな私を暖かく迎え入れてくれて、優しさをくれて・・・本当に嬉しかった。」
だけど、この短い間でもわかるくらいに、お互いを想っていることを知った。
いつしかお似合いだって、応援してやりたいって思う自分がいた。
「結人、ダメだ!このままじゃ、おじさんもちゃんも守りきれねえよ!」
「結人が出来ないなら、俺がやる!二人を守ってて結人!」
先ほど逃げ出した俺から狙いを背けて、今度は無防備に倒れる親父とちゃんを目掛けて動き出す。
一番近くにいるのは俺。目の前にあった岩を持ち上げる。
「皆、巻き込んでごめんね。」
手が震えた。胸にこみ上げる感情が、視界を鈍らせる。
「将、」
表情は見えない。
耳に届いたのは静かで落ち着いた、穏やかな、
「私、幸せだった。」
優しい、優しい声だった。
「ああああああ・・・!!」
俺は叫びとともに、大きな岩を振り下ろした。
暗く蠢く赤は動きを止めて。
先ほどまで鳴り続けていた、美しい音色が止んだ。
そして、
「っーーーーー!!!」
恐ろしく綺麗でいつも強気で、一緒に住んでいた家族を、村人を
心から愛した一人の女の子は、悲痛な叫びとともに姿を消した。
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