「将、立てる?」
「・・・。」
まるで、先ほどまでのことが夢だったかのように、辺りは静寂に包まれて。
けれど、親父やちゃんが襲われていたことも、俺たち自身が襲われたことも本当で。
目の前でが消えていったことも本当。
「・・・結人も。」
俺はただ、言われるがままに、目の前のものを壊しただけ。
そうしなければ、俺たちが喰われていたから。なのに、手が、体が震えてる。
「結人。」
「わかってる。でも・・・震えが・・・止まらなくて・・・」
「言いたいことは後でいくらでも聞く。でも今はここから早く出たほうがいい。」
「・・・ああ。わかってる。」
「行こう。」
その場に崩れ落ち、何も喋ることのなかった将に、
なんと言葉をかけたらいいのかわからなかった。
ぼろぼろになり音を奏でなくなった言い伝えの鈴。光を失ったようにうなだれる将。そして、消えていった。
本当に俺の選択は正しかったのだろうか。
「・・・っ?!」
「なんだ・・・?」
突然、洞窟の中がざわめきだす。上からは岩の欠片らしきものが降り出した。
「洞窟が・・・揺れてる・・・?」
「はやく出るぞ結人!このままだと俺ら全員危ない!」
鈴の音に夢を見る
「なんだよこれ・・・!鈴が無くなったから?!」
「わからないけど・・・ありえるのかもね。あんな不思議な力があったんだったら、
すでにボロボロだった洞窟の崩落を止めていたのかも・・・。」
「でも確か一本道だったよな?!ダッシュすればなんとかいけるか?!」
ちゃんと親父を背負い、動こうとしない将を引きずって、俺たちは全速力で洞窟を駆け抜ける。
ここまで来たんだ。こんなところで全員瓦礫に埋まるだなんて洒落にならない。
「大丈夫か?!あと少しだから死ぬ気で走れ!」
「わかってる・・・って、一馬!危ない!!」
間一髪で立ち止まった先で、大きな音を立てて崩れ落ちた岩は、俺たちの進路を塞いだ。
「・・・まずい。違う道は・・・」
「知らねえよ・・・ていうか、この道一本道だったじゃねえか!探すなら引き返さないと・・・」
「あの先に道がなかったら俺ら、閉じ込められるよな・・・?」
小さな光しか持っていない暗闇の中、不安に駆られ、心臓が早鐘を打っていた。
こんな知らない村の洞窟の中で、進む道も閉ざされた。
道を探すしかないのはわかっているけれど、本当になんとかなるのか・・・?
― シャラン・・・
「・・・?!」
「将?どうしたんだ?!」
それまで俺らに引っ張られるだけで、ほとんど動きを見せなかった将が、突然顔をあげる。
そして先ほどの場所へと戻っていく。俺らも慌ててその後についた。
「鈴の音が・・・聞こえる。」
「え?聞こえるか?」
「いや、俺には何も・・・」
「俺も聞こえない。」
「聞こえるよ。この先に・・・!」
そう言ってさらに先に進む将についていくしかなかった。
俺たちにはもう道がわからない。どこへ向かえば外に出られるのか、そもそもそんな道があることすら。
将は鈴の音が聞こえると言ったけれど、俺たちには聞こえることはなかった。
目の前に見える鈴は、もう原型を留めておらず、音を奏でることなんて到底できそうにない。
「将・・・!ちょっと待て!俺ら人二人担いでんだぞ?!」
「・・・っ・・・。」
一人で洞窟を駆け抜けていく将を見失いそうになり、俺はとりあえず親父を任せ、将を引き止めた。
肩を掴んだ俺のことなど気にせず、上を見上げる将の視線の先にはかすかな光。
「・・・あれって、外の光?!マジで?!」
土と岩にふさがれてはいるけれど、どうにかどけることができそうだ。
俺はそれらを掻き分け、道を作る。ちゃんと親父を背負った英士と一馬がそこから出て行く。
最後にそこに残っていた将に手を差し出した。
「・・・将・・・」
先ほどまで何も映していなかったかのような瞳が、
外の光を浴びて、色を取り戻していくように見えた。
「将、手を・・・」
「・・・鈴の音が・・・」
「将?」
「鈴の音が聞こえたんだ。本当だよ。」
手に触れる前に、呟やかれた小さな声。
「道なんて知らなかった。鈴の音が聞こえて、それを追いかけただけなんだ。」
「・・・。」
「なのに、ここで音が途切れた。もう・・・何も聞こえないっ・・・」
将の目に涙が浮かんで。
次々と溢れ出すその涙に、胸を締め付けられた。
「・・・世話好きだよな。最後まで。」
「・・・っ・・・!!」
入ったことのない洞窟で、入り口も塞がれた。
奥へ進んだところで道や出口がない可能性の方が高いことくらい、俺にだってわかる。
けれど、俺たちはたどり着いた。俺たちに聞こえず、将にだけ聞こえた音を辿って。
「・・・う・・・くっ・・・」
将を誰よりも愛していた彼女が、彼を導いたのだろうか。
「っああああああ!!!」
将の悲しい叫び声が、森の中に響き渡った。
「いろいろと・・・世話になったな。」
「ううん、僕のほうこそ。」
あれから親父とちゃんを村まで運び、村の医者に診てもらった。
ちゃんは特に外傷はなく、親父は脱水症状を起こしていたものの命に別状はなかった。
親父がいなくなった3日間。親父に何もしなかったのは、俺たちという存在があったからだろうか。
それとも、本体にの意識が強く影響し、人を食べるという行為に及ぶことに時間がかかっていたのかもしれない。
親父をしっかりとした病院で診てもらうために、俺たちは村を出る。
この村の秘密を暴くことになった俺たちは、もう二度とこの村に入ることはできないだろう。
「あの・・・俺、」
「何?」
「・・・なんでも、ない。」
どんな理由であれ、の正体を暴いたのは俺たちで、の存在を消したのも俺だ。
俺たちさえここに来なければ、今でもと将は幸せに暮らしていたのかもしれない。
それでも俺たちを見送ってくれる将に、なんと声をかけていいのかわからなかった。
「結人くん。」
「あ、な、何?」
「僕は、大丈夫。」
「!」
「もう会うこともないだろうけど、3人とも元気で。」
「ああ・・・!」
「・・・うん、将も元気で。」
迷いこまなければ、たどり着けないような山奥の村。
外部との接触を絶ち、閉鎖された独特の雰囲気を纏うそこで、俺たちは彼らに出会った。
古くから伝わる言い伝え。
近寄ることさえ禁じられた場所。
とても美しく、けれど儚く響く、鈴の音。
俺はこの夏の出来事を、ずっと忘れることはないだろう。
俺に出来ることなんて、何もないのかもしれないけれど、
一人で残された彼が、また笑って過ごせることを願う。
「行ってしまったな・・・。」
「そうだね。」
「将、本当に休んでいなくていいのかい?」
「うん。」
「それならいいが・・・私はの様子を見てくる。将も戻るか?」
「後で行くよ。」
静寂に包まれたそこで、少年は瞳を閉じ、耳を澄ませた。
「皆、心配性だなあ。」
聞こえるのは、風に揺れる葉音。草葉に隠れる虫の鳴き声。
そして、
シャラン・・・
「僕は大丈夫だって言ってるのに。」
シャラン・・・
響く音色は、彼だけに聞こえたものか、それとも。
少年は小さく笑みを浮かべる。
「・・・ねえ、?」
村に響く鈴の音は、いつまでも消えなかった。
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