ほとんど眠ることが出来ないまま、部屋の中に日の光が差し込む。
俺はゆっくりと布団から出ると、顔を洗いに洗面所に向かった。
冷たい水で何度顔を洗っても、すっきりすることはなかったけれど。
「・・・結人くん。」
「!」
考え事をしていたからか、声をかけられて初めてに気づいた。
振り向けば彼女は不満そうに、睨み付けるように、俺を見つめていた。
鈴の音に夢を見る
「おはよ。昨日は騒いじゃってごめんな。」
「昨日、どうなったの?」
「ちゃんの言ってたことは、ただの迷信だってわかったよ。
将が説明してくれてさ。あいつが嘘つくわけねーし。」
「・・・。」
「親父のことはまだまだ探すつもりだから、悪いけど協力よろしくな。」
将はには秘密にしてほしいとそう言った。
確かにつらい思い出のある場所に将を連れていくだなんて、彼女は許さないだろう。
それに、いらない心配までかけてしまいそうだ。
俺は疑われることのないように、なるべく自然に見えるよう笑顔を浮かべた。
「昨日の貴方は少しの可能性でも探し当てるって勢いだったけど?」
「そりゃそうだけど・・・本当にないって言うなら仕方ないじゃん。」
「ただの迷信だから?」
「そうそう。呪われたものとか、神聖なものとか祀ってる洞窟なんて、ゲームじゃないんだからさ。
落ち着いてちゃんと説明してもらえれば、俺だって冷静になるよ。」
俺をじっと見つめ続けるは、その綺麗な顔のせいもあって、異様な迫力を感じる。
思っていること全てが見透かされてるんじゃないかって、錯覚してしまいそうだ。
「・・・嘘を隠すの、得意そうね。」
「・・・え?」
「将は逆。正直すぎて、隠せないの。」
「?何言って・・・」
「ツメが甘いんじゃない?その場所が"洞窟"だなんて、一回も話してないよ。」
「!」
「も知らない。だから"鈴が祀られてる場所がある"って情報しか言えなかったでしょう?」
嘘を隠そうとして、喋りすぎたことが仇になった。
は確信を持っている。俺たちがその場所を知ったということに。
「・・・なんてね。私を追い出した時点でわかってたよ。将が貴方たちに話をするって。」
「あ・・・」
「将はごまかすことなんて出来ないの。隠すことも、嘘をつくことも。」
「ご、ごめん!俺たちが無理やり聞きだしたんだ!」
「それはもういい。ただし、将を連れていかないで。」
「え?」
「道案内はする。近くまで連れて行ってもいい。だけど、将を洞窟には近寄らせないで。」
「それは・・・もちろん。俺らも最初はそのつもりで・・・」
「私たちは警告した。その先貴方たちがどうなろうが、私たちの関与することじゃない。
何があっても助けに行く気もない。それでいいのね?」
「・・・っ・・・」
彼女の突き放したような冷たい言葉。それはそこに行けば何かが起きると確信しているようで。
俺はすぐに言葉を返すことができなかった。
「まるで、何かが起こるって知ってるみたいだね。」
「英士!」
「・・・将から聞いてるんでしょう?あの場所で何人もの人間が消えてる。
ただの言い伝えで迷信なんかじゃないって、皆そう思ってる。」
「この村の人たちが迷信を盲目的に信じるのは、わからなくはない。
きっと、そう育てられてきたから。それが当たり前になってるから。だけど、君は違うだろう?」
「・・・何が言いたいの?」
「ここにやってきたのは1年ほど前だって聞いた。それまでは俺らと同じような環境だったはず。
村の言い伝えや人を喰う妖怪だなんて、どんなに力説されたって信じることなんてできないよ。」
「・・・私のこと、聞かなかった?あの場所で両親が消えたって。」
「・・・その時の記憶はないんだよね?それでも君は言い伝えを信じた。」
「英士、お前・・・」
「言い伝えやその場所を誰よりも必死で隠すのは、本当に俺たちが外部の人間だからってだけ?
君は洞窟に何があるのか、知っているんじゃないの?」
確かに一番はじめから、言い伝えを隠そうとしていたのはだった気がする。
俺たちが言い伝えについて触れようとすると、嘘のつけない将の代わりに返事をしていた。
おじいさんが話してくれようとしたとき、一番慌てたのもだった。
それが妖怪の類の話じゃなくても、本当に何か知っているのかもしれない。
もう少し問い詰めれば、情報が掴めたのかもしれないけれど・・・
「英士、英士!ストップ!」
「・・・結人?」
「いくら迷信ったって、それを信じちゃうくらい怖い目にあって、
記憶になくても本能で覚えてるってことかもしれないだろ?」
「・・・。」
「これ以上、思い出させて不安にさせるようなこと言わなくたっていい。そうだろ、英士。」
「・・・そうだね。ごめん、ちょっと焦ってたみたいだ。」
出会ったときから、堂々と凛としていた彼女が、あまりにつらそうで、悲しそうで。
これ以上は聞けないと思った。将の言葉を思い出して、そんな表情をさせたくないと思った。
「でも、今ある手がかりはそこにしかないと思う。
村の人たちが探せないっていうなら、俺たちだけで行くよ。」
「・・・ごめんなさい。」
「なーんでが謝るんだよ。将が心配なんだろ?
大切な奴を心配するのは当たり前のことじゃん!」
「・・・うん。大切なの。すごく、すごく・・・」
たとえば学校や道端なんかで、周りも気にせず好きだとか大切だとか言い合ってる奴らを見ると、
余所でやれよなんて思いつつ、イライラすることがあるけれど。
なぜだろう。この二人を見ていると、そんな気分にならないんだよな。
それどころかどこか温かくなるような、これからも応援してやりたいだなんて、そんな気持ちになる。
事情を知る人がいなくなってしまうのは、正直不安だけれど。この二人をこれ以上振り回すのも気が引ける。
大丈夫、俺たちだって3人いるんだ。少し確認して、何もないんだとわかればそれでいい。
「・・・なあ、おせっかいだと思うけど。」
「何?」
「なんで二人、付き合わないの?」
「・・・ちょっと結人。またいきなりそういう話を・・・」
「だーってお似合いなんだもん二人!、将のこと好きだろ?」
「好きよ。」
少しからかって慌てさせて、場を和ませようとしただけだった。
だけどは恥ずかしがる様子もなく、はっきりと気持ちを口にする。
「き、聞いたこっちが恥ずかしくなってきた!それを早く将に言えばいい・・・」
思わず言葉を止めてしまったのは、彼女の表情に惹きこまれてしまったから。
もちろん元々が綺麗だということもあったけれど、それだけじゃない。
彼女は笑みを浮かべている。なのに、それはまるで―――
「あれ?早いね?」
「お前らいつの間にいなくなってたんだよ!」
かけられた声に我に返り、振り向くと将と一馬が並んで立っていた。
からの視線を感じ、それに応えるように小さく頷いて話を切り出す。
「将、あのさ・・・」
「将!!」
俺の言葉を遮って聞こえてきたのは、ひどく慌てた様子のおじいさんの声。
俺たちは一斉にそちらへと視線を向けた。
「が・・・、がいなくなった・・・!!」
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