親父が歩いていった方向には、この村以外何もない。
いなくなったと言っても、探す場所は限られてくる。
けれど、この山にも森にも詳しい村の人々でも、親父を見つけ出すことはできなかった。
将のじいちゃんが言うように、別の場所にいるのではないかとも考えた。
しかし、車も書置きも何も変化はなかったし、村の先には大きな岩山があり、行き止まり。
ガードレールを乗り越え、下の道路に落ちた形跡も見つからない。やはり行き着くのはこの村でしかなかった。
村長の出した条件は、残って探すか、帰って待つか。
二手に分かれることが一番良い方法だったのかもしれないけれど、
独特の雰囲気を纏うこの村に、誰かだけを残すことも、村から出すことも出来なかった。
『鈴の音を聴いたなら、すぐにその場から立ち去れ
美しい音色に囚われ近寄れば最後、意識を取り戻す間もなく喰われるぞ』
この村に古くから伝わると言い伝え。おとぎ話のようなものだと、じいさんは言った。
けれど、聞こえるはずのない鈴の音。その後に消え、未だ見つからない俺の父親。
たとえ何かにこじつけてでも、手がかりを探すしかなかった。
鈴の音に夢を見る
「朝、おじいさんが言ってた鈴の話だけど。」
「え?うん。どうしたの?」
「何か実話に基づく話?たまにあるよね、その地域にまつわる言い伝えって。」
俺の焦りと疑問を知ってか知らずか、英士が一緒に捜索に向かっていた将に問いかけた。
将は少しだけ困ったように笑い、迷ったように俯く。はそんな将を見つめる。
朝の将との様子と言い、あまり触れられたくない話題なのだろうか?
「・・・それって結人くんのお父さんの捜索に何か関係あるの?」
「関係あればいいなとは思うけど、ちょっと気になっただけだよ。」
「あ、俺も、あの言葉だけじゃ余計気になってた。」
「はは、一馬は怖がりだもんな〜。」
「べ、別にそんなことねえよ!」
俺らのやり取りを見て、は呆れたようにため息をつき、一呼吸おいてから口を開いた。
「これもきっと言い伝えなだけなんだけどね。昔、鈴に宿った妖怪がいて、人を喰ったって話。
その妖怪はすごく綺麗な鈴の音を鳴らして、人間を動くことのできない自分の元へと誘うんだ。」
「へえ・・・。ありがちな話かもね。」
「ありがち?なんで?」
「確か鈴って邪気をはらうとか、神聖なものとして扱われてるんだよね?ほら、神社とかにもよくあるでしょ。
逆に神聖だからこそ、妖怪にも狙われやすい。そんな話を聞いたことがある。」
「詳しいのね。」
「読んだ本でたまたま見かけただけだよ。」
改めて英士の知識量には驚くばかりだ。
鈴なんて音楽室にある楽器、くらいにしか思っていなかったけれど、
言われてみれば確かに、神社の賽銭箱の上とか、破魔矢なんかにもくっついてた気がする。
「言い伝えのせいで、この村では不吉なものとされてしまってるけど。」
「・・・本当に言い伝えなだけ?」
「え?」
「その言い伝えの発端になった場所や物はないの?」
「知らないわよ、そんな大昔のこと。」
「・・・。」
「そう。」
会話はそこで終わり、俺たちは親父の捜索を続けた。
も将もずっと一緒に手伝ってくれたけれど、手がかりさえも掴むことはできなかった。
そして、結局俺たちはこの村にまた泊まることになる。
一度外に出てしまったら、ここには来られないと言った将の言葉が頭に巡っていた。
ここに親父がいるとわかっていたなら、どんな手でも、たとえば警察に駆け込んででも
探してもらう手段はあったのだろうけれど。俺たちはその段階までも行っていない。
親父はここにいるかすら確信が持てないのだから。
「・・・あー、どうしよう。やっぱりこの村出て行くべき?」
「結局なんのてがかりも掴めねえしな・・・。」
「案外、麓の町とか、旅館とかでくつろいでたりな!・・・なーんて・・・。」
「俺たちが必死でおじさんを探してるのに、山の麓では俺たちがいなくなったって騒いでるとか?」
「でも、それこそこの村を探しに来るだろ?車が止まった場所からほんの少しの距離なんだから。」
「実はこの村が存在しない村だったーなんてオチは?」
「お、お前、縁起でもねえこと言うなよ!」
村の言い伝えやら、妖怪やらの話を聞いてしまったから、思考があらぬ方向へ行っている気がする。
俺たちはこの村から出られないわけじゃないし、車が止まった山道へだって何度も出ている。
それにこの森や山は、遠くの道路からも見える場所だ。存在しない、なんてことはないだろう。
「俺だけこの村に残って、お前らが麓で確認してくるっていうのは?」
「あほ!こんなところに一人だけ残せるわけねえだろ?!」
「村人はわかんないけど、この家の人たちは皆良い人だ。なんとかなるんじゃねえ?」
「ダメだね。そもそも俺らを分散なんてさせてくれないと思うよ。
帰るなら3人で、残るのも3人でだろうね。」
「そっかあ・・・。」
「どちらにせよ、リミットは近い。旅館には連絡を入れただろうけど、俺らの家の連絡先なんてわからないはずだ。
宿泊期間が過ぎてもこの村にいたら、俺らの家族側で確実に騒ぎになる。その前には帰る必要がある。」
「確かに・・・。」
「それまではおじさんを探そう。間に合わなかったら・・・外の人間に任せる。
将の言っていたように、時間は経ってしまうだろうけれど・・・。」
英士の言葉に頷くしかなかった。
策は何も見つからない。途方に暮れてため息をつく。
「さっき、言い伝えの話をしたでしょ。」
「え?あ、ああ。」
「手がかりにはならないかな。」
「でもただのおとぎ話なんだろう?
それとも親父が言い伝えの妖怪に連れていかれた、なんて?」
「まさか。でも、何かあるんじゃないかとは思ってる。」
「意味わかんねえ。言い伝えは信じないけど、手がかりにはなるってこと?」
「ただの言い伝えだっていうのに、と将の態度は明らかにおかしい。
はうまく隠してたけど、将は隠しきれてない。様子がおかしかった。」
「昔から不吉って教えられてきたから、怖がってるんだと思ってたけど・・・」
「おとぎ話を信じるわけじゃない。けれど言い伝えの元となる物や場所があったとしたら?
不吉と呼ばれて誰も近寄らないような場所があったとしたら?」
「え・・・?」
「おじさんが自分で山奥に入っていくなんて考えづらい。この村の他に行き当たる場所もない。
それなら誰か第三者が関与してるって可能性、あるよね。」
その考えに俺も一馬も絶句して、英士を見つめた。
でも、確かに親父がいなくなった状況は明らかにおかしいんだ。
道は一本道。そして俺たちはそこを通ってここにやってきた。
引き返してきたのなら、俺たちに出会うはずだし、進んだのなら、村人に姿を見られているはず。
なのに、そのどちらでもない。
「俺たちを最初に見つけたのは?」
「・・・将だけど・・・って、将が関わってるっていうのか?」
「でもアイツ、ちょっとした嘘ですら隠せてないじゃんか・・・!そんな奴が・・・」
「見かけで判断しないほうがいいとは思うけど・・・まあそこは俺も同感。
将は嘘をついていないと仮定するなら、おじさんはやっぱりこの村にはたどり着いていないんだ。」
「でも森にも山にもどこにもいなかったのに・・・?」
「そこでさっきの話に戻る。
たとえば誰も近づかないことが当然のような場所でもあったとしたら・・・?」
「そこに親父がいるってことか?!」
「・・・で、でも、そんなことして何の意味があるんだよ?」
「それはわからないけど、調べてみる価値はあると思う。」
カタッ・・・
「っ・・・」
「誰?」
小さな物音。俺たちがそちらへ振り返ると、そこにいたのは。
「ちゃん・・・」
「・・・あ、あの・・・」
しまった、と思った。
どんな理由であれ、自分の村の人たちを疑うような話、
彼女にとって気分の良いものではないはずだ。
「わたし、知ってる。」
「・・・え?」
驚いてちゃんを見つめる俺たちに視線を返し、彼女はまっすぐに向き直る。
「近寄ることを禁止されてる、言い伝えの鈴が祀られている場所があるの。」
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