結局昨日はほとんど眠ることが出来ず、少しの睡眠を取れたのは朝方になってからだった。
そのせいか、俺は少し遅れて目を覚ましたらしく、起きたときの部屋には一馬しかいなかった。
「はやく起こしてくれればよかったのに。」
「英士が寝かせておいてやれって。捜索の時間はまだだし・・・。」
「・・・英士は?将ももう起きてるのか?」
「昨日言ってた捜索隊の話をしにいった。将もそれについていってる。」
「・・・俺も行く!」
俺が弱っているとでも思ったのだろうか。
一馬も英士も普段は俺に説教とかするくせに、肝心なところで甘いんだもんな。
もちろんそれが嫌な訳じゃないけれど・・・そんなに甘やかされたらそれが当たり前になってしまう。
俺は急いで着替えを終えて、とりあえず昨日食事をした部屋へと向かった。
「どういうことですか?」
「言葉通りだ。」
ふすま越しに聞こえた英士の声。
なにやら緊迫した空気が伝わってくる。
「外部への連絡は許さない。」
鈴の音に夢を見る
「・・・なんの話っすか?」
部屋の中にいたのは、英士と将、。
そして二人の老人と一人の中年くらいの男。
扉を開けて問いかけた俺を、全員が一斉に見つめた。
「君らが結人くんと一馬くんか。ちょうどいい、一緒に話をしようか。」
近くに座っていたが教えてくれた。
俺らの知らない一人は、たちのおじいさん。そしてもう一人は村長。中年の男は村長の息子だと。
「先ほど英士くんから、外部に連絡がとりたいと申し出があってね。
それについて話していたところだ。」
「そ・・・そうです。親父の捜索を本格的にしてもらいたくて
・・・それに俺ら家族にも連絡しないと・・・。」
「君のお父さんの捜索については、我々が尽力する。
しかし、外部に協力を求めることは許さない。」
「だから、それがなぜなのかと聞いているんです。」
「この村は外部からの干渉を受けたくない。
人を捜索するために、神聖な山や森に外部からたくさんの人間が入ってくるだろう?」
「この非常事態に何を・・・!」
「この村は私たちの村だ。私たちのルールがある。他人の君たちにとやかく言われる筋合いはない。」
そういえば昨日の夜、将も言っていたことだ。
けれど、人一人がいなくなっているのに、捜索隊が呼べないなんて話があるのか?
もしかしたらどこかで怪我をしているかもしれない。なにかの原因で倒れているかもしれないのに。
「旅館には既に連絡を入れてある。君たちが帰るのも自由。
けれど、外部の人間が村を荒らすのを許すことはできない。」
「荒らすって・・・人を探すだけでしょう?」
「同じことだ。我々は君らのような迷い人を一時的に受け入れこそすれ、外部との接触は避けている。
外部から持ち込まれる知識も経験も技術も必要ない。」
「っ・・・」
「君たちが帰るというのなら麓まで送ろう。
ただし、そこから連絡をとり捜索隊を向かわせても、我々は受け入れない。」
意味がわからない。理解も納得もできない。
こうしている間にも、親父はどこかで弱っていっているかもしれないのに。
「なんだよそれ!人の命がかかってんだぞ?!」
「本当ならば外部の人間がどうなっても我々の関与するところではない。
この山も森も一番よく知っているのは私たちだ。村の捜索隊を出すだけでも譲歩しているつもりだ。」
「ふざけるな・・・!俺たちはっ・・・」
「結人くん。」
頭に血がのぼり、この場で怒りを吐き出しそうになった俺らを止めたのは将だった。
掴まれた腕をすぐに振り払おうとしたけれど、将の真剣な瞳に思わず体がかたまる。
「・・・それなら、必ず見つけてください。結人の父親を。」
「それは出来ない約束だが・・・最善は尽くそう。」
「・・・よろしくお願いします。」
それに続いたのは英士。先ほど俺が現れたときの剣幕を隠すように、
冷静に表情も変えずに、軽く頭を下げた。
その後、村長と息子が出て行くと、俺はそこで初めて将の手を振り払い、顔を背けた。
「・・・なんで止めたんだよ。」
「将は悪くないよ、結人。」
「・・・。」
「俺たちが村から追い出されるのを、止めてくれたんでしょ?」
「・・・このまま皆が村から出たら、きっともうこの村に来れなくなる。
村から出て外部の捜索隊に依頼をしても、この村の人間はそれを拒む。
もちろん、正当な権利に則れば、無理やりにでも捜索は進むんだろうけど、それを待つには時間がかかりすぎる。」
「そうなればおじさんの捜索する人間さえいなくなって、時間だけが過ぎていく。
もしどこかで遭難してるなら、見つかる可能性が低くなっていくだけだ。」
「・・・だから、さっき英士も・・・奴らの言うことを聞いたのか・・・。」
「結人と一馬が俺の代わりに怒ったから、逆に冷静になれたよ。」
「そっか・・・。悪かった。」
一人じゃなくてつくづくよかったと思う。
こんな状態、俺一人だったら耐えられなかった。
「・・・てがかりはないのかい?」
俺らの目の前で、将たちの祖父が口を開いた。
今の会話も聞かれていたけれど、先ほどの村長たちのように高圧的な雰囲気はない。
「てかがり・・・って言っても・・・車の場所からほんの数分の距離なのに・・・
どうやったらいなくなるのかなんて・・・」
「話は聞いているだろうが、この村に外部の人間が現れて目立たないはずがない。
君たちがここに現れたときも、将以外の数人の村人たちが目撃しているくらいだ。」
「それなら途中の山道で・・・?」
「しかし君たちもそうだったと思うが、ここまでは一本道のはず。迷うこともないはずだが・・・」
「違う場所へ行ったかもしれないってことですか?でも車は置いたままなのに・・・?」
「この村に来るとそう言っていたのかい?」
「いえ、明かりと・・・風鈴の音が聞こえたから、きっと民家があるんだろうって・・・」
「「「!!」」」
その場の空気が一瞬にして強張った。
なんだ?何か心当たりがあるってことだろうか。
「何かあるんですか?」
「・・・。」
「将??」
「・・・特に何も・・・ないよ。」
「その態度はあやしすぎんだろ?!何でもいいから教えてくれよ!」
「何もないわ。」
「だからっ・・・!」
「驚かしてすまなかった。この村の古い言い伝えを連想してしまったものでな。」
「おじいちゃん!余所者に話す必要・・・」
「まあいいだろう。不安を煽るだけなのに、態度に出してしまった私たちが悪い。」
おじいさんが腕で軽く制すると、は渋々と元の位置へと戻った。
深く考えないでほしい、と前置きをして、俺らに向き直った。
「この村には鈴の音に関する言い伝えがある。」
おじいさん以外の誰もが口を開かず、重苦しい空気が流れる。
『鈴の音を聴いたなら、すぐにその場から立ち去れ
美しい音色に囚われ近寄れば最後、意識を取り戻す間もなく喰われるぞ』
ただの言い伝えだと、深く考えるなと言われたのに、背中にゾクリと寒気を感じた。
普段の俺ならば、笑って受け流していてもおかしくない。
なのに、なぜだろう、この村は何か独特の空気を感じる。
普段の日常とあまりにも雰囲気がかけ離れているからだろうか。
「そんな言い伝えがあるから、この村では鈴の音のするものは置かないんだ。」
一本道でしかない、村までの道のり。
見つけた明かりと聞こえるはずのない鈴の音。
親父は一体、何を見て、何を聞いたのだろう。
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