姿を消した親父を、将や村の大人たちが総出で探してくれた。
俺たちも車のあった場所まで戻ったけれど、親父の姿は無く、俺たちが残した書置きもそのままだ。
ついに日も暮れて辺りも暗くなると、二次遭難の危険性も考え、捜索は翌日から再開されることになった。
「結人くん・・・お父さん・・・見つけられなくてごめんね?」
「・・・。」
「結人・・・」
「・・・将のせいじゃない。俺たちのほうこそ・・・迷惑かけてごめん。」
「ううん。明日、頑張って見つけよう。」
二次遭難だなんて言葉すらよくわからなくて、なぜもっと探させてくれないのかと騒ぐ俺に
何度も謝り、傍についていてくれた将。将が悪くなんてないこと、わかっているのに。
そして、隣で俺を落ち着かせてくれる親友たちのおかげで、なんとか平静を取り戻した。
鈴の音に夢を見る
「あ、やっと来た。」
「待ちくたびれたよ〜お兄ちゃん!」
結局、俺たちはそのまま、将の家で世話になることとなった。
先ほど聞いた話だと、将の家は4人家族らしい。
4人で住むにはかなりの広さがあり、俺たち3人が加わっても特に問題はないようだ。
「ご飯できてるよ。食べて食べて!」
食卓には山で採っただろう山菜や、新鮮な魚が並ぶ。
どれもすごく美味しそうで、いつもの俺ならば飛びついていたところだったけれど。
「・・・。」
「食欲ないのはわかるけど、ちゃんと食べないと体の方が参っちゃうよ。」
「ちゃんのご飯美味しいんだから!食べてみて!」
「そうだよ。3人とも、しっかり食べなきゃ。」
テーブルの前で俺たちを迎えるのは、二人の女の子。
一人は先ほどこの家で会った、穏やかそうなとても綺麗な子。名前は。
もう一人は彼女よりも幼い、明るく可愛らしい子だった。
「おじいちゃんは?」
「疲れちゃったみたい。もう寝ちゃったよ。」
「そう・・・。あ、。自己紹介した?」
「まだ!はじめまして、風祭です。」
「・・・将の妹?」
「うん!12歳!」
12歳にしてはやけに無邪気というか、すごく元気だ。
将といい、彼女といい、実年齢よりも幼い・・・なんて考えるのは失礼だろうか。
「は?」
「さっき将が帰ってくる前に話してる。突然いたからびっくりした。」
「ごめんごめん。そういえば僕、書置きも何もしないで出て行っちゃったもんね。」
「まあいいけどさ。
後はこの家に私たちのおじいちゃんがいるんだけど、ちょっと体の調子が悪くて、今は寝てるわ。」
「そう・・・。それじゃあ迷惑かけるけど・・・お世話になります。」
反応を返せない俺に代わって、英士が軽く会釈をする。それに倣い、一馬も。
そんな二人を見て、彼らがくすくすと小さく笑った。
「そんなにかしこまらなくてもいいのに。」
「そうだよ。迷惑だなんて思ってないし、さっきも言ったでしょう?
こんなときに不謹慎かもしれないけど・・・同年代の人と話せるのは嬉しいって。」
「お兄ちゃんたちかっこいいから大歓迎〜!」
まったく知らない他人だったのに、自分が弱っているときの優しい言葉は、
こうも暖かく思えるものなのだろうか。こみ上げてくる感情に唇を噛んで、テーブルに置かれた箸を持った。
「いただきます。」
「・・・結人。」
「うん、しっかり食べて。」
そして、英士と一馬も食事に手をつける。
かきこむように口に入れたそのご飯は、すごく美味しくて。
優しく、少し心配そうに俺を見ていた彼らが安堵したことがわかった。
食事を終えて少しすると、英士が将に問いかけた。
「・・・電話、借りられないかな。
ちゃんとした捜索隊に出てもらった方がいい。家や旅館にも連絡入れないと。」
「・・・。」
「将?」
「あ、うん。うちには無いけど・・・明日、確認してみるよ。
それと旅館の名前は?」
英士が将の問いに答え、将がわかったと頷いた。
それぞれの家に電話がないだなんて、不便じゃないんだろうか。
俺だったら携帯電話がないことすら、不便に思えるけれど。
それとも小さな村とは、そういうものなのだろうか。
「さて、それじゃあそろそろ寝ようか。明日は早いんでしょう。」
「結人くんたちはそっちの部屋に・・・」
「せっかくだから、将も一緒に寝ようぜ。」
突然の俺の言葉に、将が驚いたようにこちらを見た。
まあさっきまでめちゃくちゃ落ち込んでたもんな。当然だ。
でも、落ち込んで腐っていても仕方が無いから。
俺だけが不安な訳じゃないし、こうして心配してくれる奴らだっている。
「皆でわいわいしてた方が楽しいじゃん。気もまぎれるし。」
「僕は別に・・・構わないけど・・・」
「それじゃあさんとちゃんも、」
「寝言は寝てから言ってね?」
「えー、私は一緒に寝たいなあ。」
「ー?」
「冗談だよう!おやすみなさーい!」
そう思った俺の意図を悟り、全員が何事もなかったかのように、笑いながら返事をくれた。
広い部屋に俺たち3人と、将の分の布団を敷いて。
横に並んで電気を消したものの、やはり眠れず、俺は隣にいた将に話しかける。
「なあ将、お前って普段何して遊んでるの?」
「山や森にいることが多いよ。木の枝でものを作ったりもするし、川で水遊びもするし、
魚も釣るし、山菜も採るし・・・ってこれ、遊びとは違うかな。」
「楽しそうだなー。」
「うん、楽しいよ。今は夏休み中だから、結構奥の方まで散策したりもできるし。結人くんは?」
「俺はー・・・ゲーセン行ったり、カラオケ行ったり、映画見に行ったり・・・」
「わあ、聞いたことはあるけど、行ったことないなあ!」
「そうなの?じゃあ今度一緒に行こうぜ!
今夏休みだっていうなら、こっちに遊びにも来れたりするだろ?!」
「・・・そうだね。そう、できたらいいけど・・・。」
「厳しい?」
「この村は外部の干渉を嫌う傾向があるから・・・あまり外にも出れないんだよね。」
「えー、そんなの将には関係ないじゃん!こっそり出てきちゃえば・・・」
「ごめんね。」
曖昧なものでなく、はっきりとした謝罪。俺はそれ以上、将を誘うことはしなかった。
その表情はそれ以上を聞いてほしくなさそうだったし、
将には将の、この村には村の都合があるのだろうと思ったから。
「一緒に遊ぶ人は英士くんと一馬くん?仲良さそうだよね。」
「ん?おう、仲いいよ!俺の親友だから!」
「いいなあ。」
「お前もいるじゃん。しかも可愛い女の子二人!めっちゃ羨ましい!」
「あ、う、うん。」
「ちゃんは妹で・・・ところでさんはどんな関係なんだ?とか聞いちゃってもいい?」
「は・・・元々この村の人間じゃないんだ。おじいちゃんの知り合いの娘さん。
親を亡くしておじいちゃんに引き取られたんだ。」
「・・・そうなんだ。じゃあ姉弟みたいなもんか。」
「そうだね。」
「あんな綺麗な姉ちゃん、いいよなー。」
「う、うん。綺麗だよね。でも実は僕の方が年上なんだけど・・・」
「・・・えええ?!」
サラリと述べられた言葉に、一瞬かたまって、すぐに驚きの声をあげてしまった。
ちょっと待て。将が確か俺らと同じ17歳なんだよな?それじゃあさんは・・・?
「あ、年上って言っても年齢は同じだよ。僕の方が誕生日がはやいってだけで。」
「同い年?!なんだよ俺、さんとか呼んじゃったじゃん!」
「確かに大人びてるからね、。」
「・・・。」
「何?」
「そんな大人びてるちゃんとはどうなっているのかな?将くん。」
「っ・・・!!いきなり何っ・・・ごほごほっ・・・」
出会ったときからずっと冷静で穏やかだった将が、言葉を濁しだしたときからあやしいと思ってたんだよな。
そりゃそうだ。あんな綺麗な子とずっと同じ家に暮らしているなら、何かが起こらないはずがない。
「べ、別になんともないよ!」
「えー、マジでー?」
「・・・結人、人をからかってないで、そろそろ寝なよ。」
「はいはーい。」
返事はしたけれど、到底眠れそうにはなかった。
誰かとバカ話でもして、気を紛らわせていないと、不安ばかりが押し寄せて。
「つき合わせてごめんな。おやすみ。」
「ううん、楽しかった。おやすみ、結人くん。」
都会の喧騒など感じられない、静寂に包まれた夜。
風が揺らす葉の音と、虫の鳴き声だけを聞きながら、俺は静かに瞳を閉じた。
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