ジリジリと照りつける太陽。
その熱から逃げるように、森の中を通り抜けていく風。
目の前に広がるオレンジ色の空。
聞こえるのは、風に揺れる葉音。草葉に隠れる虫の鳴き声。
そして、
誰もが聴き惚れるような澄んだ音。
とても美しく儚げな、鈴の音色。
鈴の音に夢を見る
「お?あれ?・・・ちょ、ちょっと待て?ええ?」
「あーもー。迷子になった後はなんだよ、親父。」
「ははっ、・・・車、動かなくなっちゃった。」
「えええ?!」
俺の親父が雑誌を片手に、嬉々としながら部屋にやってきたのは少し前の話。
そのまま話を聞けば、親父の友達のコネで、高級旅館に格安で行くことができるらしい。
そこは山奥ではあるけれど、有名人がお忍びでやってくることもあるんだと楽しそうに続ける。
指定された日に特に予定がなかった俺は、親父と一緒に旅館に向かうことにした。
高級旅館といえばきっと美味いものもたくさん食べれるだろうし、
有名人に会えるかもなんて、ちょっとの好奇心と期待もあった。
泊まる部屋は4人部屋。雑誌の写真を見る限りだともっと入りそうだが、まあそこは置いといて。
親父以外の家族は予定があり来れないらしく、それならば友達を誘っていいとの言葉に、
俺は二人の親友に連絡をした。
そして、たどり着いた場所は・・・
「だからカーナビ使えって言ったのに!俺に任せとけなんて言うから!バカ親父!」
「だ、だってさー、俺、普段も山道くらい運転するし、結構いけると思ったんだよ、ね・・・。」
「とりあえず携帯で・・・って圏外?!使えねえー!」
「おじさん、俺どこか連絡がつくところを探してきます。」
「いいよ英士。親父に行ってもらおうぜ!」
「おい結人、それはさすがに・・・おじさん、運転してて疲れてるだろうし。」
「いや大丈夫。ありがとな二人とも。どちらにしても子供だけで行かせるわけにはいかないし、俺が探してくるよ。
どこかに備え付けの電話か民家でもあるだろう。君たちは俺が戻るまで車で待っててくれ。」
カーナビも使わずに自信満々で運転していた車は、案の定というかなんというか、思いっきり道に迷った。
そして山道の端に車を寄せ、地図を確認していたところで、追い討ちをかけるように車が動かなくなってしまった。
本当なら高級旅館でくつろいでいるはずが、こんな山道で取り残されるだなんて散々だ。
どこか連絡が取れる場所を探すと言って駆け出した数分後、親父が息を切らせながら戻ってきた。
「この先、明かりが見える。それと、鈴・・・風鈴かな?
そんな音も聞こえたし、民家がありそうだな。」
「じゃあ俺らも一緒に・・・」
「いや、こんな大勢で行っても迷惑だろう。俺が電話を借りて旅館と連絡を取るよ。
とりあえず報告に来ただけだから、あと10分くらい待っててくれ。」
「はやくうまい飯食いに行こうぜ、親父!」
「わかってるよ結人。あと少しの我慢だから。」
「おう!今度こそ任せたからな。」
どうなることかと思ったが、なんとか連絡をつけることができそうだ。
俺たちは車の中で顔を見合わせ、胸を撫で下ろした。
安心した後は、これから旅館でどうやって過ごすかなんて予定を確かめて、何気ない話をして笑って。
「・・・おじさん、遅くない?」
「そうか?時間はどれくらい・・・げっ!30分?!」
「何かもめてんのかな・・・?」
いつの間にか時間が経ち、気づけば親父が出て行ってから30分が経っていた。
俺たちは一度車内から出て、少し暗くなった道を少し進んでみた。
数分歩いたところで、先ほど親父が言っていただろう明かりを見つける。
「確かにここからだったら5分くらいで行けそうだね。」
「もしかして不審者と思われて、捕まってるとか?あははっ。」
「笑えねえよ結人・・・。」
「どうする?もう少し待つ?」
「うーん、でもこのままじゃマジで日が暮れそう。」
「暗くなりすぎて、あの場からも動けなくなりそうだよな。」
俺たちは少し考えて、とりあえず3人で明かりの方へ向かうことにした。
もしかしたら帰っている途中の親父と会うかもしれないし、すれ違っても書置きを残してきた。
子供だけで行かせるわけにいかないと言っていたけれど、こっちは3人いるし。少しくらい大丈夫だろう。
明かりを目指して山道を登っていくと、数件の民家を見つけた。
さらに奥にはいくつかの家があるし、どこかの村だろうか?
「すーぐ着いちゃったじゃん。マジで親父は一体何してんの。」
「誰かに聞いてみよう。」
俺たちはそこに入って一番手前の家の前に立った。
呼び鈴はないみたいだ。引き戸をノックしようとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
「何かご用ですか?・・・外からいらっしゃったんですよね?」
「あ、ああ。俺たち、この手前の道で車が止まっちゃって・・・。どこかに連絡しようにも手段がなくてさ。
電話でも借りれたらって・・・。」
「そうなんですか。でもこの村には電話は限られた場所にしかないんです。
そこまでご案内します。」
そこにいたのは、高校生、いや中学生くらいだろうか。俺らと同年代かそれよりも幼そうな男が立っていた。
穏やかな空気と、ニッコリと浮かべた笑顔を見て、少し安心して事情を説明する。
「その前に俺の親父が先にここに来てるはずなんだけど、知らないか?」
「先に?僕は見ていないんですけど・・・
この村には滅多に人が来ないので、誰か来れば目立つと思うんですけど・・・。」
「そっか・・・。あ、俺、若菜結人っていうんだ。アンタの名前は?」
「将です。風祭将。」
「ありがとな、将!あ、将って呼んでもいい?」
「はい。いいですよ。村には同じくらいの年の人って少ないから嬉しいです。」
「将、いくつ?」
「17です。」
「同い年?!マジで?!」
「・・・よく驚かれます。若菜くんは大人っぽいですね。」
「そう?俺もよく言われるー。それなら俺も敬語とかいらないし!あ、名前、結人でいいよ!
こっちは英士と一馬!お前らも黙ってないでちゃんと挨拶しろよなー。」
「結人のあまりの馴れ馴れしさにびっくりしてたよ。よろしく、将。」
「お前、本当に人見知りとか全然しないよなー。よろしくな。」
「うん、よろしく!」
道に迷って、親父は帰ってこなくて、踏んだり蹴ったりと思っていたけれど。
こんな山奥の端からは目にもつかないような場所で、自分と同い年の奴に会うってことがなんだか嬉しかった。
「そうしたら、ここで待っててね。電話のことと、結人くんのお父さんのことも確認してくるから。」
「うん、サンキュ!」
将の家へと案内され、お茶を出してもらうと、すぐに将は家を出て行った。
木造の家に畳の部屋。奥の部屋にあるのは・・・囲炉裏だろうか?
クーラーも扇風機もないのに、吹いてくる風はどこかひんやりとしていて気持ちがいい。
昔ながらの家とはこのような家を言うのだろうかと、ぼんやりと思っていた。
「いいなー、居心地いいなこの家。」
「くつろぎすぎ。他人の家ってわかってる?」
「わかってるよ。でも、もう俺は将と友達だから。多少のことはだいじょーぶ。」
「はー。馴れ馴れしいにもほどがあるね。」
「いいじゃん。将も嬉しいって言ってくれたしー。」
ガラッ
「お、将かな?」
「ほら、態勢戻しなよ結人。」
「はいはーい・・・って、」
「・・・誰?!」
引き戸が開く音がして、寝転がった態勢を戻している間に、
聞こえてきた声は、先ほどのものではなく。
「え、ええ?何?将は?!」
「あ、お姉さんですか?僕、若菜結人です。これからも末永くお付き合いしていただきたいです!」
「はあ?!」
「結人、いい加減にしなよ。」
「お前は礼儀というものをもっと知った方がいいと思う。」
そこに立っていたのは将ではなかったけれど、驚くほどに綺麗な顔をした女の子だった。
スラリと伸びた手足、可愛い中に色気も混ざったような雰囲気と、整った人形のような顔立ち。
思わず茶化したのは、絶句しそうになった自分をごまかすためだ。
別にふざけてじゃない・・・と言っても信じてもらえそうにないけれど。
「すいません、俺らさっき道に迷ってここに来て、将に待ってるようにって言われたんです。」
「え?あ、そうなんだ。びっくりしたよ、村人以外の人間なんて滅多に見かけないから。」
声も可愛くて、動作もひとつひとつが上品というか綺麗だ。
町にでも出たら、一気に目を惹くだろうし、そこらの芸能人なんて目じゃない。
・・・なんて考えていることが顔に出ていたのだろうか。
彼女は怪訝そうな顔で俺を見ると、すぐに視線をそらした。
「ところでお姉さんのお名前は?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「さっき将にも自己紹介したし。ほんの少しとは言え、お世話になってるし?」
「・・・はあ。。」
「さんかあ。素敵な名前ですね!」
ついでに英士と一馬にも先ほどと同じように、挨拶を促している間に、ひとつの疑問に行き当たる。
?将は確か・・・風祭って名字だったよな。
この人は将の姉ってわけじゃないのか?まあさすがにいきなりそこまでは聞けないけれど。
「結人くん。」
そんなことを考えていると、今度こそ将が帰ってきた。
どうやら走り回っていろいろと確認してくれていたらしい。少し息を切らせて俺らの方へとやってきた。
「そんな急がなくても大丈夫だったのに、わざわざありがとな。」
「ううん、それより・・・」
「ん?」
「誰も知らないって。」
「何が?」
「結人くんのお父さんらしき人、誰も見てないって言うんだ。」
外部の人間なんて、滅多にやってこないという山奥の村。
俺たちだって入った瞬間に声をかけられ、自分で言わずとも外部の人間だとすぐに見抜かれたのに。
明かりを目指すと言い、この村に向かったはずの父親の姿は、どこにもなかった。
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