愛しい人





愛しかった、人。





大丈夫。この想いはきっと。













想い















ちゃん・・・!」





4時間目の体育が終わり、皆がぞろぞろと教室へ戻っていく。
そんな中、私の名前を呼ばれ振り向く。そこにはちゃんが立っていた。





「あの・・・ありがとう・・・。」

「・・・克朗、ちゃんに言ったんだ?」

「うん。私の気持ちに応えてくれて・・・本当に嬉しかった。
私・・・これからは絶対に負けないから。もう嘘をついたりしないから。自分にも、渋沢くんにも。」

「・・・そっか。うん。そうしてあげてよ。」





私の気持ちを知ることのなかったちゃんの言葉に、胸が痛む。
けれど、思っていたほどに怒りの感情は沸いてこなかった。
克朗と付き合いだしたあの頃よりも、私はちゃんを知っている。
この言葉に嘘はない。今度こそ、そう思える。





「そういえば、あの子たち。反省文で済んだんだって?」

「あ・・・うん。」

「あんなひどいことしといて反省文で済むのはちょっとどうかと思うけど。」

「あの・・・私が・・・それで構わないって言って・・・。」

「・・・どうして?あんなことされて・・・」

「・・・私も気持ち、わかるから。もう二度としないのなら・・・それで・・・。」

「・・・バカだなぁ。」





「あの子たち」とはちゃんをいじめていた3人組。
あの後、職員会議やら個人面談やらが各クラスで行われ、ちょっとした騒ぎとなった。
いじめを受けていたのが誰だとか、いじめをしていたのが誰だなんてことは伏せられていたようだけど
突然慌てて、対策をうったかのように見せる学校側に苦笑した。

それでも保健の先生はこの問題の解決に全力を尽くしてくれたようだ。
ちゃんは笑顔でいるし(これは別の理由もあるのだろうけれど)、3人の女の子たちもちゃんに謝罪した。
結果、反省文50枚という軽い処分になってしまったが、優しい性格のちゃんはそれでよかったようだ。





「・・・強くならなきゃって、そう思ったの。」

「・・・。」

「もう怯えているだけじゃなくて、泣くだけじゃなくて。
私も強くなる努力をしようと思うの。」

「・・・うん。」

「すぐには出来ないかもしれないけど。少しずつでも。」

「そっか。」

「それでも・・・もしくじけそうになっても、もう一人で悩んだりしないよ。」





ちゃんの強い眼差し。
覚悟を決めただろう彼女の表情は清々しかった。





ちゃん。」

「ん?」





「克朗を・・・よろしく、ね?」





「克朗のこと・・・よろしくね?」





いつかも言ったその言葉を、彼女へもう一度告げる。
あのときほどの怒りも憎しみもないけれど。





あのとき以上の切なさが、胸を巡って。
襲い来る胸の痛みを必死でこらえた。





そして、ちゃんは言うんだ。
あのときと同じように。





「・・・はい。」





「うん・・・!」





今度こそ、この言葉を信じてもいいはずだ。
克朗のために、強くなると決めた彼女。
今までのことが、傷になっていないはずもないのに。
それでも克朗といることを選んだ彼女ならば。





「もう泣かさないでよね。」

「え?泣・・・?」

「もう傷つけたりしないでね。」









「私の大切な、幼馴染なんだから。」










ちゃんをまっすぐに見つめてそう告げると
彼女も真剣な眼差しを返して、私の言葉に応えた。







「絶対に。もう二度と・・・傷つけたりしないよ。」







私は小さな笑みを浮かべて、ちゃんを抱きしめた。





「それじゃあ・・・任せた!」

「わ・・・あ、はい!」





突然私に抱きしめられたちゃんは、慌てながらも返事を返す。
私には与えることのできなかった克朗の幸せを、この子が叶えてくれるのならば。





ねえ。頼んだよ?





克朗を幸せにしてあげて。

















?」





ちゃんを抱きしめる私を呼ぶ声。
それは振り向くまでもなく。





「何やって・・・って・・・!」

「あーあ。せっかくちゃんとラブラブだったのに。邪魔しないでよねー。」

「ラ・・・って本当に何してるんだ・・・?!」





克朗の慌てた様子がおかしくて。
私はいつもの日常であるかのように、彼をからかった。
それはいつもと変わらない日常。それでも、それがいつも通りではないことはわかっていた。





「想いを確かめ合ってたの。ね?ちゃん。」

「・・・あははっ。うん。私ちゃん大好きだから。」

「嬉しいこと言ってくれるなぁ。克朗、ちゃんもらっていーい?」

「お、お前ら・・・。」





呆れるように私たちを見る克朗に、少しだけ緊張の色が見えていた。
考えるまでもなく私のことを気にしているのだろう。

克朗らしい。
だけど、もう余計なことは考えなくていいよ。



私はまた見つける。
先のことなんてわからないけれど。



わからないから、私は私なりの幸せをまた見つける。



きっと、見つけられる。





「さてと。克朗、ちゃんとお昼食べるんでしょ?私はもう行こうっと。」

ちゃん。お弁当は教室にあるんじゃないの?」

「今日は購買なんだ。そのまま買ってこようと思って。」

「・・・。」





そう告げて、私は彼らと別方向へと歩いていく。
私を襲うたくさんの負の感情。その醜い感情が消えたわけではないけれど。





寂しい。

切ない。

悔しい。

悲しい。





それでも。
そんな、醜い感情が消えなくたって。









「幸せになってよね!二人とも!」










それでも、私は願うから。









「バイバイ。」









貴方の、貴方たちの幸せを。
























「・・・やっぱりちゃんって素敵な人だね。」

「・・・。」

「渋沢くん?どうしたの?」

「・・・いや・・・。」










が・・・幼馴染で・・・よかった。」











には感謝しているんだ。・・・本当に、心から。」

「・・・渋沢・・・くん?」

「すまない。何でもないんだ。」

「・・・そっか。・・・大丈夫?」

「ああ。大丈夫。」





「じゃあ、行こうか?」

「うん。行こう。」




























「お前、相当なバカだろ。」

「うわ。開口一番それ?気分悪いなぁ。」





購買の前でバッタリと出くわした三上が、私を見るなり告げた言葉。
相変わらずのはっきりとした物言いに清々しささえ覚える。





「今日屋上来んの?」

「行かない。」

「何で。」

「アンタと二人きりになるじゃ・・・って三上!」





私の言葉を聞き終えるまでもなく、三上が私の腕を引っ張って
屋上へと向かっていく。
私よりも強い力の三上になす術もなく引きずられて、やがて屋上へ到着した。

三上は何も言わずにその場に座り、立ち尽くす私を見上げるように睨む。
そして隣へ座れとでもいうように、その場所を指差した。
私はため息をひとつついて、彼の指差す場所へと腰をおろした。





「完璧な失恋、オメデトウ。」

「・・・アンタ本当に腹立つわ。」

「仕方ねえだろ。本当のことなんだから。」





あまりにも遠慮なしな三上の言葉。
けれど気を遣われるよりはよっぽどいい。





「悪いけど・・・私はまだ克朗が好きよ。」

「けど、諦めようとは思ってんだろ。」

「・・・何で。」

「お前がバカだから。」





三上の言葉の意味がわからず、眉をひそめる。
そんな私の表情に笑みを浮かべ、三上は言葉を続けた。





「渋沢を想い続けることが、奴の重荷になるとわかってるから。
バカなお前はそれを持ち続けようなんて思わない。」

「!!」

「はっ。バーカ。お前の考えなんてすぐわかんだよ。」





三上の不敵な笑みは、私をバカにしているようだったけれど。
自分の心を言い当てられたことに驚き、私は言葉を失ってしまった。





「・・・でも、諦められるなんて思ってないし。今までだって・・・諦められなかったんだから。」

「それは違うな。」

「・・・何が?」

「お前は渋沢を諦めようだなんて思ってなかった。『諦めなきゃならない』と思ったことはあっても。
自分でそう思うのと思わないのじゃ、大きな違いだ。」

「・・・。」





確かに私は自分から克朗を諦めようだなんて、思ったことはなかった。
『諦めなきゃいけない』と無理やり自分に言い聞かせたことはあっても。

ちゃんの言葉を聞いて、克朗の言葉を聞いて。二人の想いの強さを知って。
これからは重荷にしかならない私の想いを。ずっと想ってきた気持ちを手放そうと。
私はようやく決心した。本当に決心できているかなんてわからないけれど。

克朗を好きになって初めて、彼を諦めようと思った。
自分から、自分の意思で。





私は、諦められるだろうか。





変わることが、できるだろうか。







「つーかとっとと諦めろよ。隣にこんないい男がいるんだからよ。」

「・・・どこに。」

「この期に及んでまだそんなこと言うか。この生意気女。」





いつもと全く変わらない三上に、なぜか安心して。
私もいつも通りに彼と接する。





「・・・つーかさ。」

「何・・・きゃあっ!」





いつも通りのはずだった三上が、不意に私を抱き寄せる。





「なっ・・・何するのよ三上・・・!」

「泣きたいなら泣けよ。」

「・・・何・・・」

「そんな泣きそうな顔で笑うくらいなら、とっとと泣けよ。」





泣きそうな顔・・・?
三上は何を言っているの?
私はいつも通りで、いつもと変わらない。
泣きそうな顔なんてしていない。



だけど。



三上のその言葉に、なぜかたくさんの感情が溢れ出して。





「好きな人が、できたんだ。」





好きだった。





「こんなに、こんなに人を好きになったのは初めてだったんだ・・・。」





貴方が誰を想っていようとも。





「俺ではなく・・・三上を選ぶことだってできるんだぞ?」






貴方の気持ちが私へ向けられていなくても。





「俺は・・・お前が大切なんだ。」





それが『幼馴染』へ向けられた言葉でも。





「俺の方こそ・・・ありがとう・・・・・・」





本当に、本当に嬉しくて。









貴方が、大好きだった。










「・・・っ・・・」

「ま、お前も結構頑張った方じゃねえの。」





憎まれ口ばかりの三上の慰めの言葉。
今そんな風に言うなんてずるい。胸が苦しい。涙が止まらなくなる。





「っ・・・うっ・・・っく・・・」





私を抱きしめる三上の温もりが、包み込む腕があまりに優しくて。
止まることのない涙の雫が三上の服に染み込んでいく。



止まることのない涙が、零れ落ちる雫が、私の心を次々と晴らしていってくれるような気がした。





ねえ克朗。





貴方が好きだったよ。





誰よりも。何よりも。





だから。











「バイバイ。」





















もう屋上には私と三上以外の誰もいない。
とはいえ、元々少ない人数しか来ない屋上。
小さな用具いれの影にいた私たちの存在など誰も気づいていなかったのだろうけど。

今はもう昼休みもとっくに終わり、午後の授業が始まっている。





「ぶっさいく。」

「うわ。本当に失礼。」





三上が笑いながら言うのもわかった。
泣きはらした私の顔がどんな顔になっているかなんて、想像もしたくない。





「ひとつ、教えといてやろうか。」

「・・・何?」

「渋沢はお前を『女』として見てたぜ。ちゃんと。」

「・・・まさか。」

「じゃなかったら、お前のことであんなに慌てたり、真っ赤になったりするかよ。」

「・・・。」

「ただ、『好き』にはならなかっただけ。」





思い当たらないことがないわけじゃなかった。
克朗とギクシャクした後には、何度か彼の照れたような顔を見たことがあった。
私はそれが自分の自惚れなのだと思っていたけれど。



そっか。克朗も私を少しは意識してくれたんだ。
好きでは・・・なかったのだとしても。





「でも、そこが一番重要だったわよね。」

「まあな。お前の場合、スタートラインがすげえ遠かったってことか。」

「うわー。笑えない。」





克朗の一番近くにいるのは私だと思っていたのにな。
それが逆に一番遠い存在だったなんてね。





「・・・お前のしてきたことは、結局無駄だったけど。全くの無駄なんかじゃなかったのかもな。」

「・・・。」





わかりにくいその台詞。
けれど三上は。





「三上なりの慰めの言葉?」

「誰が。そんなつもりはねえっつの。」





少し照れたように顔を背ける三上に苦笑する。
本当に素直じゃない。





「私は・・・無駄だなんて思ってないよ。」

「・・・あ?」

「克朗を好きになってよかった。」





本当に、心からそう思える。

貴方を想って泣いた。

貴方を想って胸が痛んだ。

貴方の何気ない言葉が、私を悩ませていた。





けれど。





貴方を想ってした努力も、貴方を想ってきた時間も。





私にとっては、間違いなく幸せだったから。









「・・・あっそ。」

「うん。そういうこと。」

「俺にとっては、どうでもいいけど。」

「だろうね。三上には。」





三上が興味なさげな表情で私を見る。
けれどその直後、不敵に笑った。





「ま、これからは渋沢のことで泣くことなんてねえな。」

「・・・どうして?」

「俺が、いるから。」





さも当然と言うように不敵に笑って。
堂々とそんな台詞を告げる三上を見て、私は思わず笑いをこぼす。





「あはっ・・・あははっ・・・!自信家すぎ!!」

「何笑ってんだてめえ!本当のことなんだから仕方ねえだろ?」

「私はまだ克朗が好きだよ?」

「だから?」





それがどうした、と言うように問う三上に私は言葉を失って。
三上はそんな私の様子など構わずに言葉を続けた。





「俺はお前が好きだっつってんだろ。」

「!」

「今に見てろよ。そのうち俺と付き合うことになるから。」

「・・・っ・・・。」





三上のはっきりと、そして堂々と告げるその言葉。
思わず自分の顔が赤くなっていくのを感じる。

それでも私は、いつもと同じように意地悪く笑って。





「できるものなら、どうぞ?」





変わらない憎まれ口をたたくんだ。





「うっわ。言いやがったこの女。絶対落とすからな。」

「そんな簡単な女じゃないですから。」





暫しの沈黙。にらみ合った視線はそのままに。
そしてお互い吹き出すように笑った。













好きだった。





大好きだった。





消えることのないこの想い。





叶うことのなかった、この想い。





それでも私は後悔なんてしてないから。








貴方を想って泣いた時間も





貴方を想って笑った時間も





それはかけがえのない時間。





無駄なことなんかじゃ、なかったよ。





貴方に向けたこの想いはまだ消えることはないけれど。





それでも私はきっと、また見つける。





見つけられる。





先のことなんてわからない。





だから、そう信じて。







好きだった。





大好きだったよ。





愛しい人。





愛しかった、人。










貴方を好きになれて、よかった。










温かなこの想いを与えてくれて、ありがとう。










これからもずっと、大好きだよ。










私の大切な、幼馴染。














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