大切なのは、誰かに認められることなんかじゃない。





何よりも一番大切だったのは。





大切にしなければならなかったのは。



















想い




















ちゃんのように・・・なりたかった・・・。」






そう言って泣き出したちゃんの肩を抱いて
私は何も言葉を発せずに、ただ彼女の側にいた。

彼女の言葉の真意はわからない。
泣きやむことのないちゃんの背中をさすりながら、自分もまた胸の苦しさを覚える。
私だってちゃんになりたかったよ。
克朗が愛おしそうに見つめるその先の存在に。克朗に愛される、貴方になりたかった。

大人しい性格のちゃんが、声をあげて泣く。
彼女もまた、たくさんのつらい思いをしてきたのだろう。
どれだけの時間を一人で、悩んできたのだろうか。





やがて部屋に響いていた泣き声が止み、泣きはらした顔のちゃんが顔をあげる。
私は彼女を見つめ、涙で顔に張り付いていた髪を元の位置へと戻す。
ちゃんは持っていた自分のハンカチで顔を拭き、再度私を見つめた。
しっかりと、まっすぐに。先ほどまでの弱々しさがなかったかのようだ。





「・・・ちゃんが言ってた通りに、私は・・・いじめられてたの。」

「・・・うん・・・。」

「毎日毎日・・・たくさんの言葉や暴力が私を苦しめて・・・つらかった・・・。」

「・・・原因は・・・克朗?」

「・・・。」

「・・・違うか。私と、克朗・・・かな?」

「!!」





ちゃんが目を見開いて私を見る。
彼女のその表情で、私の予想ははずれていなかったのだと思い知る。





「・・・そっか。つらかったよね。どうして本人たちに関係ないところで
そんなことが起きるんだろう。理想が何だっていうのかな・・・。」

「・・・でも・・・私も・・・ちゃんと渋沢くんはお似合いだって・・・思ってた・・・。」

「そっか。お似合いか。
だけどね。お互いに気持ちがなければ、どうしようもないんだよ?」





周りに認められたって、克朗の気持ちがなければ。
それは無意味なものだ。だから私はちゃんが羨ましかった。
だけどちゃんは、その周りの評価に追い詰められていたんだ。

私が克朗に追いつけば、克朗と同じ場所に並べたなら。克朗は私を見てくれると思った。
その為の努力は克朗の側にいることを誰もが認めてくれる結果となった。
けれど、克朗の気持ちが私に向けられることなんてなくて。

周りの評価だけがどんどんあがっていく。

肝心の克朗の気持ちは手に入らないままに。





「それでも・・・毎日言われてた。思ってた。
私なんかじゃ渋沢くんに釣り合わないって・・・。ちゃんじゃなきゃ・・・誰にも認めてもらえない・・・。」





私はちゃんのように、克朗に愛されたかった。
ちゃんは私が持つ、周りの評価が欲しかった。
まるでそれがなければ、克朗の側にいてはいけないかのように。

ちゃんの気持ちは痛いほどにわかった。
私だってそうだった。
克朗の側にいるために努力した。克朗に認められる為に必死だった。
だけど、本当に必要なものはそんなものじゃなかった。





「どうして・・・克朗に相談しなかったの?克朗だったらきっと助けてくれたはずだよ?」

「言おうと思った・・・でも・・・言えなかった・・・!!」

「・・・。」

「渋沢くんに迷惑をかけたくなかった。頼りっぱなしになりたくなかった。
ちゃんのように・・・お互いを助け合えるような存在でいたかった・・・!」





私の存在はきっと、ちゃんを焦らせていたんだろう。
皆が理想とする二人となるには私のようにならなければと、そんなことを考えて。
そんなもの、何の意味もないのに。
克朗が好きだったのは私じゃなく、ちゃん、貴方なんだよ?





「こんな弱い私・・・こんな臆病な私が・・・渋沢くんの側になんかいちゃいけなかったんだよ・・・。
もうつらくて、苦しくて・・・。もう私に選択肢は残されてなかった・・・。ああするしか・・・なかった・・・!」

「・・・。」

「渋沢くんを傷つけるってわかってて、それでも私は自分の為に彼を傷つけた!全部私が悪いのっ・・・!!」





言葉が出てこなかった。
確かにちゃんは克朗が好きだったんだろう。
でも彼女は、周りの環境と、関係のない他人の理想に追い詰められて。
ついには自分の想いまで、自らで断ち切ってしまった。

克朗に相談もせずに、一人で悩んで。





「確かに・・・弱いし、臆病だね。」

「・・・っ・・・。」

「だけど・・・。」





必要なのは克朗に追いつくことじゃない。
勉強が出来なくたってよかった、運動が出来なくたってよかった。
弱くたって、臆病だって。特別なことなんて、何一つ必要なかった。





「・・・だけど克朗は、そんなちゃんが好きだったんだよ。」

「!!」

「弱くたってよかった。甘えたって・・・よかったんだよ?」





理想なんて言葉に惑わされて、前が見えなくなって。
大切なことは理想じゃなくて、現実。
必要なのはお互いの想い。





「克朗が好きだったのは、何でもできる完璧な女の子なんかじゃない。
ちゃん。貴方だったらそれがわかるはずでしょう?」





震える手を必死で抑えて。
思っていたことは、自分の想いと真っ赤になった克朗の顔。

何をしても慌てることのなかった克朗。
最近になってようやく、彼の変化を感じることができていた。
ずっと一緒にいて、見たこともないような表情。
都合の良い解釈だったのかもしれない。でも、私たちの中で何かが変わったのは事実で。
それは幼馴染としてではなく、女に対する態度なのではないかと自惚れて。

いつも不安だった。
克朗はいつまで経っても私を女としてみてくれないんじゃないかって。
だからそんな些細な変化でも、本当に嬉しかった。





少しでも前に進めたなら、可能性は0なんかじゃないって。
そう、思っていた。





だけど、まだ二人は想いあっていた。
弱さやすれ違いに邪魔をされて。それでも今なお、お互いを。





「・・・けど・・・もう、今更・・・。渋沢くんは私なんて・・・。」

「・・・この後どうするかはちゃん次第でしょう?」

「・・・っ・・・。」

「傷つくのが怖いなら止めればいい。誰も、責めたりしないよ。」

「・・・私っ・・・。」





ガラッ





ちゃんの言葉と同時に、保健室のドアが開く。
そこからは白衣を着た保健の先生が立っている。





「話は聞いたわ。大丈夫?さん。ちょっと見せてごらんなさい。」

「あ・・・はい・・・。」

「・・・応急処置が適確ね。さすがね。さん。」

「・・・一応、怪我人の手当ては慣れてますから。」

「先生方で話し合って今日はとりあえずさんの怪我もあるし、
家に帰しましょうということになったの。もちろんこの問題はこのままにしたりしないわ。」

「そうですか・・・。よろしくお願いします。」





いつも穏やかな先生の顔は真剣そのものだった。
彼女であれば、このままこの問題を有耶無耶にしたりはしないだろう。





さんは私の車に乗せていくわ。さんも一緒に乗っていく?」

「いえ。私は・・・。歩いて帰ります。暗くもないし、そんなに遠くもないですし。」

「そう・・・。じゃあ彼女のことは任せて。さんもお疲れさま。
明日もテストがあるし・・・まぁ貴方のことだから心配はしていないけどね。」





そうして少し話した後に、先生と一緒に保健室を出る。
先生が部屋の鍵を閉めている間に、ちゃんと目が合う。





「・・・ありがとう。ちゃん・・・。」

「・・・うん。」





ちゃんがが小さく微笑んだので、私も笑顔を返す。
うまく笑えてなんかいなかったのだろうけれど。



ちゃんの話を聞いて、いろんな想いが頭を巡っていた。
たくさんの想い。ひどく卑怯で、汚い考えすらも浮かんでは消えて。

どうしたらいいのかわからない。
自分がどうしたいのかさえもわからない。
けれど、どれだけ考えたっていい。私は私なりの答えを出そう。

納得のいく答えなんてないのかもしれない。
でも自分で決めたことならば。考え抜いて出した答えならば。
例えばそれがどんな結果になったとしても。



後悔なんてきっと、ないはずだから。











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