隠された想い。





耳にすることのなかった真実。





どんな結果が待っていたとしても。















想い















ちゃん、腕出してくれる?」

「・・・う・・・うん・・・。」





私たちが保健室へついたとき、そこには誰もいなかった。
そういえば担任から頼まれた仕事を終えた後、この後は職員会議だと言っていたな。保健の先生もそこにいるのだろう。
ちゃんの姿を見てどう問いただされるかと思っていたが、それは杞憂に終わったようだ。
それにしても、いくらテスト期間で生徒が帰っている時間だからと言って
鍵を開けたまま、いろんな薬がある部屋を開けるのは無用心だなあ・・・。

そんなことを思いながら、私はラックに置いてあった消毒液や包帯を取り出す。
怪我している子がいるのだから、勝手に使っても問題はないだろう。





「・・・前からあったんだよね。」

「・・・。」





私の言葉に素直に服をまくって、腕を見せたちゃん。
その腕にはいくつかの傷。今回の擦り傷と・・・治りかけの傷、そして青あざ。
私は確信を持って、ちゃんに尋ねる。けれどちゃんは黙って俯いたままだった。





「・・・ちょっと待ってて。お茶持って来るね。」





聞きたいことも、確かめたいこともある。
けれど今は、ちゃんの気持ちを落ち着かせることが先決だ。
自分自身の怪我で保健室に来たことはないが、友達やサッカー部員を連れてきたことがあったので、
ポットとお茶の位置もわかっている。これは生徒が自由に使っていいものだ。
急須に茶葉をいれ、お湯を入れる。常備してある湯のみに静かにお茶を注いだ。





「はい。」

「・・・ありがとう・・・。」





暫しの沈黙。
ちゃんは両手で湯のみを持ち、俯いたままだった。





「あの子たち・・・。」





ちゃんがビクッと反応し、体が強張っているのがわかった。
私は一呼吸置いて、言葉を続けた。





「あの子たち・・・今、三上が先生のところに連れていってるから。
きっとちゃんにも話が聞かれると思う。」

「・・・うん・・・。」

「だけど、私も一緒にいるよ。それにまた何かされそうなら、助ける。」

「・・・っ・・・う・・・。」





迷いなく伝える。
ちゃんもずっとつらかったのだろう。けれど泣くことすら我慢して。
その緊張の糸が切れたように、声を殺して涙を流した。





「・・・どうして、誰にも言わなかったの?」

「・・・。」

「どうして、克朗に言わなかったの?」

「!!」





ちゃんが目を見開いて、初めて俯けていた顔を上げる。
私はそんなちゃんから目をそらさず、ただまっすぐに彼女を見つめていた。





「・・・どうして・・・だって・・・渋沢くんは・・・もう・・・。」

「克朗が側にいたときから、同じ目にあっていたんでしょう。」





疑問系ではなく、確信しているように。
ちゃんがもう、何も誤魔化すことのないように。

ちゃんがあんな風に痛めつけられていた理由。
それが私と克朗にあったのならば。
おのずと予想できる。ちゃんがいじめられ始めた時期も。

ちゃんとの会話を呼び起こす。ほんのささいな、小さな記憶。
それでも私は何度か見たことがある。
制服で隠すことのできない、彼女の小さな傷。
そしてその傷を看ようとしたとき、ちゃんは慌てて私から離れた。





「大丈夫!私よく転ぶから、こんな傷いつものことで・・・。
それよりこのプリント運ばないと・・・。」





自分がよく転ぶと告げたちゃんの転んだ姿なんて、私は見たことがない。
体育をしていたって、そんな危なげな場面を感じたこともない。

よく転ぶとはつまり、それほどまでに傷をつけられていたということ。

今のちゃんの姿だって、泥で汚れてはいるけれど
傷自体は見える場所についていない。
なんて・・・陰険なやり方。再び怒りがこみあげた。





「お願いちゃん・・・。渋沢くんには・・・言わないで・・・。」

「・・・。」





涙を流して、それでも必死な顔で告げられた言葉。
私はそれに頷くことができなかった。
彼女の気持ちを、想いを・・・真実を聞くまでは。





「・・・話して。どうして克朗と別れたの?これが原因なの?」

「・・・違う・・・。私が悪いの。他に・・・好きな人が・・・」

「それならその人はどうしたの?」

「・・・振られて・・・」

「そんな見え透いた嘘はいらない。」





ちゃんを追い詰めるつもりはなかった。
だけど、こうでも言わなければ彼女は何も喋らない。

克朗とちゃんが別れたあのとき。
はっきりとしない彼女にイラついて、もうちゃんの口から何も聞きたくなくなっていた。

だけど今は。
そんな理由で、うやむやになんてしない。
きちんと、まっすぐに。私の目をみて真実を話してほしい。





「・・・私が弱かったからなの・・・。私が・・・!!」

ちゃん!」





取り乱すように首を振って否定するちゃんの手を握って。
私はまっすぐに彼女を見た。やがてちゃんも私を見る。





「本当のことを言って・・・?今のままじゃ、皆前に進めない。」

「・・・。」

「克朗のことを思ってくれているなら、話して。」





私の言葉にちゃんは瞬きすらせずに固まっていた。
彼女の震える手をもう一度握って、彼女に問う。

浮かんだその言葉は、今まで考えたくもなかった・・・そんな言葉。
言わなくたって、聞かなくたってもう・・・わかっている。それでも。










「今でも克朗のこと・・・好きなんでしょう?」










ちゃんは少しだけ戸惑って、躊躇うように私から目をそらした。
けれど私は目をそらさない。ずっと彼女を見たままだ。

ちゃんの震える手を握って、自分が震えているのを隠して。
それでも私は・・・聞かなければ。彼女の本当の想いを。
例えそれがどんな結果になったとしても。



やがてそらしていた視線を私に戻して。
ちゃんは静かに、そして未だ躊躇いがちに。

私の言葉に小さな頷きを返した。









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