例えば今の関係を壊したって、手に入れたかった。
それでも、心地よく思えるこの時間。
無くしたくないと思えるこの時間。
未だ自分はあまい人間なのだと知り、ため息をつく。
想い
「知ってるか?お前ら、また噂になってんの。」
「「は?」」
目の前で弁当の中身を頬張りながら二人、口を揃えて疑問の表情を向ける。
こいつらって本当鈍い。むしろあまりの鈍さにため息が出る。
「やっぱりお前らが付きあってんじゃないのかって噂。知らねえの?」
「知らない。」
「ああ。俺もだ。」
その噂があると言ったところで、も渋沢も全く動じた様子を見せない。
まぁ今までだってこういった噂はあるし、慌てたって仕方ないこともわかってるんだろうけど。
「私のクラスだと、そんな話出てなかったけどなぁ。
ちょっとどうなの?って聞かれることはあったけど。」
「それはお前がその噂のことでクラスをシメたからだろ。怖くて話題に出せねえんだよ。」
「だから誰もそんなことしてないってば。」
俺だって気にしちゃいなかった。
どれだけ噂が流れようと、それは真実じゃないと知っていたからだ。
確かには渋沢が好きだったが、渋沢に同じ想いはなかったからだ。
だけど。
1度消えた噂が復活したということは、二人に何かしらの変化があったということだ。
1度目の噂は中学のとき。男と女であまりに仲のいいこいつらを理想視する奴らが流したもの。
けれどこれは、渋沢に彼女が出来たことで消えていった。
そして渋沢がと別れても、その噂が同じように復活することはなかった。
二人を理想視してた奴らが、と渋沢が付き合うことを望む声はあったとしても。
そしてこの2回目の噂。今回の噂だ。
これは自然に流れたもの。理想視でも何でもなく。
それだけこいつらの雰囲気が変わったと、と渋沢を理想視していない奴らすら思ってるってことだ。
「皆暇なんだね。」
「人は噂好きって言うからな。」
「・・・。」
それだけ噂になってるのに。周りにすらわかるのに。
それでもこんなに余裕でいるコイツラに軽く怒りすら覚える。
何事もなかったかのように笑いやがって。また最初の頃に逆戻りじゃねえか!
・・・まあ、逆戻りとまではいわないまでも。
確かにこいつらの雰囲気は明らかに変わった。
中学のとき以上に近づいている気すら感じてしまう。
元々お互いを必要としてきた二人。当たり前といえば、当たり前のことだけど。
「何険しい顔してんの三上。」
「どうした三上。具合でも悪いか?」
「別に。何でもねえよ。」
・・・まあ今はそんなこと考えてても仕方ない。
目の前の二人を見ながら、自分にそう言い聞かせる。
とりあえず、今のにつらそうな顔はない。
今、俺がまたこの関係を崩したら、コイツはまたつらそうな顔をするんだろうな。
滅多に泣くことのない。いや、泣くところを見せないと言った方が正しいのだろう。
けれど俺は何回もコイツの泣き顔を見た。決して振り向かない相手を想って、何度も涙を流していた。
そんな想いをしてきたを悲しませたくないと、そう思う自分は意外とあまい人間だったのかと呆れる。
例えば親友を敵に回したって、を手に入れたい。側に、いてほしい。
そう思っているのと同じくらいに、に悲しそうな顔をしてほしくないと思ってしまう。
・・・全く、俺らしくもねえ。
「そうだ克朗。私今日、先生に頼まれてた仕事があるんだ。先帰ってて。」
「そうなのか?テスト期間で部活もないっていうのに。大変だな。」
「つーか先生にとっちゃ体のいい雑用みたいな?最近仕事は何でも頼まれるようになっちゃったよ。」
「お前が優等生面してるからじゃねえの?」
「誰が優等生面よ!私は元々真面目なの!」
「ああそうですかー。そうですねー。」
「何その棒読み!むかつくわね・・・。」
「まあまあ。二人とも落ち着け。
。俺は別に待っていてもいいが?」
「ううん。大丈夫。待っていられても気になっちゃうから。先に帰って。」
「そうか。わかったよ。」
の気持ちにあまりにも鈍感な渋沢にイラついた。
いつまで経っても渋沢を諦めようとしないに呆れた。
をずっと想っている俺だって、はたから見ればバカみたいに見えるのかもしれないけれど。
俺はのように、いつまででも待つだなんて言えない。
でもはどれだけ時間が経とうとも、俺の心を捕らえて離さなかった。
頑固で生意気で、隣にこんないい男がいるってのに見向きもしねえ。
何度諦めようと思ったことか。
何度離れようと思ったことか。
だけど頭で考えても、気持ちは決して変わらなかった。
諦めようとしたって無駄だった。離れようとしたって無駄だった。
それに気づいたとき、諦めようとするのはもう止めた。
絶対にを、俺の方へ向かせるとそう決めた。
消えない想いならば、このまま貫いてやる。
どう足掻いたって、好きなものは好きなのだから仕方がない。
だからこいつらとの中途半端な関係、早く崩してやろうと思ってたのに。
この生殺しのような状態から、早く開放されたいと願ってを渋沢にけしかけたのに。
それでもこの二人との穏やかな時間を、心地よく思ってしまうなんて。
本当、俺らしくねえよな。
昼休みからそのまま、午後の授業をさぼった俺は屋上で寝ていたせいで帰宅時間も寝過ごしてしまった。
あいつらに知れたら何と言われるかと苦笑し、自分のクラスへと鞄を取りに行く。
「あれ?三上。」
「あ?何でお前・・・ってああ。何か仕事あったんだっけ?」
「そうだけど。三上は何してるの?」
「屋上で寝てた。」
「・・・つまり授業をサボって、そのまま寝過ごしてたってことかしら?三上クン。」
「まあ、そういうこと。」
屋上で寝ていたという一言で、ここまで理解できてしまうのは俺たちの付き合いがそれだけ長かったからなのだろう。
ため息をついたは何も言わなかったが、その態度で明らかに呆れているのがわかる。
それがわかるのだって長い付き合いの賜物だろう。こんな呆れられた感情までわかりたくもねえけど。
そのまま、俺も鞄だけ持って自分のクラスを出る。
何も言われないかと思えば、微妙に説教をされた。
コイツ・・・こう思うのも癪だが、段々渋沢に似てきてねえか?
「・・・。」
「・・・どうかしたか?」
「何か・・・あっちの方から声が聞こえた気がする。」
「あ?」
が指差したのは、学校の裏庭。
うちの高校の告白の定番となっている場所だ。
そこから声が聞こえたってことは・・・。テスト期間中に余裕なこったな。
屋上で寝こけてた俺が言える台詞じゃねえけど。
「それはまあ、お熱いことで。」
「いや・・・ていうか、そんな甘い声じゃなかった気がするけど・・・。
大体告白だとして、ここまで聞こえてくる声量なんておかしいじゃない。」
「・・・叫んで告白でもしてんじゃねえ?どっかのドラマの真似でもして。」
「・・・行ってみる。」
「おいおい・・・。」
俺は一つため息をついて、を追いかける。
さすがにアイツ一人を行かせるわけには行かねえしな。
そのおせっかい癖が、教師にまで仕事を頼まれる要因だと気づいてるのかアイツは。
どうせその現場を見て、気まずくなって帰ることになるだろうに。
「・・・ね・・・よ!!」
声のする場所に近づく程に、その声ははっきりと聞こえる。どうやら俺の予想は外れたようだ。
の言っていたとおり甘い声なんかではなく、これは、怒声とも言えるだろうか。
「・・・大声でも出して、助けを求めたつもり?誰も来るわけないっての!!」
それはまさに鬼のような形相。
声の主は女。女ってこんなに醜くなれるもんなんだな。
数人の女が、地面に突っ伏した一人の女を蹴り飛ばしている。
・・・イジメって奴か。くだらねえ。
けれどはその光景を目にした瞬間、その場へと走り出す。
地面に倒れる女をかばうようにして、間に立った。
「何してるのよ!!」
「!!」
相手の奴らを見たことはないが、相手はを知っていたようだ。
まあアイツは目立つからな。無理もない。
その女どもを睨み付けたまま、はうつ伏せに倒れている女に声をかけた。
「・・・う・・・。」
意識はあったようで、の声に反応を返す。
はその声を聞いて目の前の三人を睨むのを止め、後ろで起き上がろうとした女を見た。
「・・・!!」
が目を見開く。
無理もない。倒れていた女の姿は。
「・・・ちゃん・・・。」
が誰より望んだその場所を手に入れて、そして自ら捨てた女。
それでも、嫌いにはなれないとそう言った女。
だった。
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