どんな小さな変化であっても





それでも幸せを感じる自分は、本当に単純なのかもしれないけれど。
















想い














「克朗ー・・・っと、いたいた。」

「お?どうしたんだ。」





授業の合間の休み時間。
私は克朗に伝えることがあったため、隣のクラスを訪ねた。





「あれ?三上はいないんだ。」

「ははは。アイツはサボりだそうだ。全く・・・。」

「いいんじゃない?それで成績でも落として、赤点でも取ればいいのよ。」

「おいおい。」





なんて、要領のいい三上が赤点を取ることなんてないんだろうけど。
私の言葉を真に受けた克朗が本当に心配そうにしている。
なんだか・・・三上の保護者みたい?





「まあ問題児の三上クンは置いといて。
昼休み。会議室でミーティングだそうだから。他の部員にも伝えておいてくれる?」

「ああ。わかったよ。」

「三上サボらせないように、引っ張ってきてよ。
先輩たちに嫌われる前にさ。」

「そうだな。三上が俺の言うことを聞いてくれればだが・・・。」

「・・・マジで年頃の子供(問題児)を持ったお父さんみたいなんだけど。」

「?何がだ?」





私の呟いた意味を全く理解していない克朗に、少しだけ苦笑する。
うん。別にお父さんでもいいと思う。ていうか昔から世話好きだったしね。





「何でもない。克朗は昔から変わらないなって話っ。」

「・・・それはいい意味か?」

「もっちろん。褒め言葉です。」

「・・・。」

「何その疑いの目。そんな人を疑ってたら三上になっちゃうわよ。」

「それも三上に失礼だぞ?」





二人で笑いながら話を続けていると、次の授業を知らせるチャイムが鳴った。
私は慌てて自分のクラスへと戻る。





「じゃあよろしくね克朗。」

「わかった。わざわざすまない。」















チャイムが鳴り始めたとはいえ、隣のクラス。
先生が来る前に私は自分の席に着いた。

ほっとして一息つくと、隣の席の子が
先生の目を盗んで、小声で話しかけてきた。
少し前に席替えをしたために、まだあまり話したことのない子だ。





ちゃんちゃん。」

「ん?」

「渋沢くんと付き合ってないって本当?」

「・・・何を今更。本当だよ。」

「ふーん。」





この子は克朗と私を理想視しているようでもなかった。
何故今更こんなことを聞いてくるのか。少し疑問に思いつつ、返事を返した。





「何で急に?」

「うーん。さっき私、隣のクラスに遊びにいってたんだけど。ちゃんもいたでしょ?」

「そうなんだ。うん。ちょっと用事があって。」

「そのときの渋沢くんとちゃんの雰囲気がなんていうの?ラブラブ?」

「ラブラブって・・・。」

「二人が話してるところなんて何度も見てるけど、最近雰囲気変わったなーと思って。」





彼女はそういって、本当に不思議そうな顔をする。
別に理想視でも嫌味でもないだろう。
思ったことをそのまま言っているような。

周りになんて言われようと気にすることなんてなかったけれど。
私たちも少しずつ変わっている?

もし本当にそうならば嬉しいけれど。
実際は・・・違うんだろうなぁ。
私たちが今までと変わって見えたと言うのならば
恋愛をして多少なりともギクシャクしていた私たちのわだかまりが
このあいだ克朗と話したことで解けたというところだろう。





「私の気のせいかなぁ?」

「そうじゃない?」





彼女の考えも当たらずとも遠からずだったのかもしれない。
だけど実際私たちは付き合っていないのだし、それを説明する理由もないし。
申し訳ないけれど、彼女の気のせいと言うことで納得してもらった。
























さん・・・!ちょ、ちょっといいかな!」





今日の部活が終わり、私は帰り支度を終えてマネージャー室を出た。
そこで声をかけられ立ち止まる。声の主は同じ1年のサッカー部員だ。
きちんと話したことはないけれど名前は確か・・・島村くんといったか。





ちゃんやるねー!」

「ていうか羨ましいんだけどー。」





部屋を一緒に出た先輩たちのからかいの声をとばす。
目の前の彼は緊張し、真っ赤になっている。
自慢じゃないけれど、こういうことは何回か経験がある。
彼の言いたい言葉も予想できた。

先輩たちが「頑張れよ!少年!」と、彼の肩を叩いて去っていく。
彼はその場に立ち尽くして、大きく深呼吸をした。





「何?島村くん。」

「あの、あのさ・・・!さん、今付き合ってる人いないんだよね・・・?」

「うん。まあ・・・。」

「じゃあ・・・俺と付き合ってくれないかな!!」

「ごめん。」





彼に言われる言葉は予想できていた。
だから私が伝える言葉も決まっていた。
相手のする切なそうな、悲しそうな表情。そして沈黙。この時間に慣れることなんてない。

相手を傷つけて、胸が痛む。
それでも、変に期待を持たせたくはない。
そのほうがもっと相手を傷つけるし、真剣な相手に対して失礼だ。





「・・・あのさ、さんって誰とも付き合ったことないんだよね?」

「うん。そうだね。」

「渋沢とだって別に何でもないんだよね?だったら試しに付き合うってのでもいいんだけど・・・。」

「そういう考えもあるだろうけど、私はそう思わないから。
好きになった人としか付き合う気はないよ。」





彼の言葉だってわかる。そういう考えだってあるし、否定もしない。
だけど私はそれができないだけで。
克朗以外の人と付き合うことは想像もしなかったし、できなかった。





「だったら俺を好きになればいいじゃん・・・!!」





穏やかだった彼の表情がだんだんと変化し、そのまま私の肩を強く掴む。
そういえば部内で聞いたことがあったような・・・。島村くんは顔に似合わず思いこむとそれ以外見えなくなる性格とか・・・。





「ごめん。それはできないよ。」

「何で・・・?!」

「好きな人がいるから。」

「!!」





彼が驚いて、悲しそうな表情を見せる。
けれどその直後に、島村くんは私の肩を掴む力をさらに強めた。





「付き合ってないってことは・・・片思いなんでしょ?」

「・・・。」

「だったら俺の方が絶対さんを好きだ!ずっと、ずっと見てたんだ!だから・・・!!」

「・・・ありがと。でも、ごめん。私には無理だよ。」

「・・・さんっ・・・!!」





島村くんが私の名を呼ぶ声とともに、彼の顔が私に近づく。
彼のしようとしていたことを理解し、私は咄嗟に自分と彼の間に鞄をねじこんだ。





「・・・。」

「・・・。」





目の前には鞄があり、そこに少しの重みを感じた。
島村くんの顔分の重みが鞄にかかっているのだろう。
つまり彼は今、私の鞄に口付けてる状態なのだと予想ができた。





「・・・!!と・・・島村?!」





どうやら私を待っていたらしい克朗がその場に現れる。
私の肩を島村くんが掴み、密着状態。そのわずかな隙間に私の鞄がはさまっている。
私たちの体制を見て、驚いたようにこちらへ駆け寄ってきた。

克朗が島村くんの肩を掴んで、私から引き離す。





「何をやってるんだ島村・・・。」

「・・・。」

「何をやっていたのかと聞いている・・・!」





克朗が珍しく、怒りを露わにして島村くんを問い詰める。
そんな克朗を私は茫然と眺めていた。





「・・・れたんだよ。」

「何だ?」

「振られたんだよ!!」





突然叫びだした島村くんに、私も克朗も驚いて一瞬固まる。
けれど躊躇したのは一瞬で、克朗は島村くんを真剣に見つめた。





「だからってやっていいことと悪いことがあるだろう?」

「克朗。」





未だ怒りが収まらない様子の克朗を制止して、克朗の前に出る。
島村くんが申し訳なさそうに私を見た。
何だ・・・。やっぱり悪い人じゃないんだろう。ただ、突っ走ってしまう性格だったってだけで。





「今度こんなことしたら、鉄拳制裁ね。ついでに島村くんはキス魔だという噂も流させてもらおうかな。」

「あ・・・ああ。ごめん。・・・マジで。」

「うん。わかってくれれば。」





克朗の方は見もせずに、私にもう一度頭を下げる。
そしてその場から彼が去っていく。





「・・・!」

「わわ。何。克朗。」

「お前・・・あんな、あんな簡単に・・・。」

「まあ別に何もされなかったし。」

「何でそんなに冷静なんだ!」

「克朗こそ、何をそんなに怒ってるのよ。」





お互いに今まで告白された経験はある。
その全てを報告していたわけではないけれど、
私が今回のような強引な気持ちの伝えられ方をしたがあることも、知っていたはずだ。

そのときの克朗は怒って心配もしていたけれど
私が無事だと知ると、安堵するとともに「さすがだな」と最後には笑っていたのに。





「・・・ああ。わかっているんだ。なら大丈夫なんだろうと。
だから今までだって・・・。」

「・・・克朗?」

「いや・・・今までだってずっと心配だったんだ。
けれどお前が俺に心配をかけないように笑うから・・・だから俺もそれ以上追及しようとしなかった。」

「・・・克朗くーん?」





聞こえるか聞こえないかの声の大きさで、克朗が呟く。
考え込んでいるようで、私が克朗を呼ぶ声も聞こえていないらしい。





「かつろ「!」」

「は、はい?」

「これからは暗いところや人気のないところで、男と二人きりになるな。」

「・・・ええ?」

「今までや今回は無事で済んだが、男を甘く見るな。
お前が強いことも知っているが、俺が心配でならない。」

「何でまた・・・今更?」

「今更じゃない。に何かあって、後で後悔するのは嫌だからな。」





真剣な顔でそう述べた克朗に、私も頷ざかざるを得なくなった。
突然そんなことを言った克朗は、やっぱりお父さんみたいだと
一人納得し、笑いがこぼれた。





「何笑ってるんだ。俺は真剣に・・・」

「わかってるよ克朗。心配してくれて、ありがとう。」





今度は苦笑でもなく、呆れた笑いでもない。
心から笑って、克朗にお礼の言葉を告げた。





「あ・・・ああ。」





私の目に間違いがなかったのならば。
一言返事を返した克朗の顔は、赤くなっていた。

・・・私が抱きついたわけでもないのに?
周りに誰かがいるわけでもないのに?

こんなお礼の言葉なんて、何度も繰り返しているのに?





私は背伸びして克朗の額に手を当てた。
どうやら熱もないようだ。





・・・。何を・・・。」





克朗の顔がさらに赤みを増した気がした。





「いや・・・顔赤いみたいだから、熱でもあるのかなーって。」

「そうか?俺は別になんともないぞ?」





・・・もし、もしも。





「二人が話してるところなんて何度も見てるけど、最近雰囲気変わったなーと思って。」





私たちの雰囲気が変わった理由が他にあるのだとしたら?
克朗の私を見る目が変わった・・・だなんて、都合のいいことを考えてもいいだろうか。

期待を持ったって、それが崩れるたびに余計傷つくことも知っている。
こんな少しのことでも、期待してしまう自分。以外と単純な自分の思考に呆れてしまうけれど。



けれど、今だけは。
そんな単純な自分でもいいかなと思う。



だってそれは、貴方のどんな小さな変化でも
前に進めてると思えるってこと。



嬉しくて、幸せな気持ちになれるってことだから。













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