何も思われていないわけじゃなかった。





一歩ずつでも進めていること。





それが何より嬉しかった。














想い















日が傾きかけて、オレンジ色の夕焼けの空。
どちらから話しかけるでもなく、私たちは無言のままにいつもの帰り道を歩いていた。





「・・・・。」

「・・・・。」





・・・気まずい。
私たちにここまで気まずい空気が流れたことがあっただろうか。

悪いのは、私。
克朗の本音が知りたいなんて言って。何を言われても驚かないなんて格好つけて。
それなのに、今こんなに貴方を不安にさせている。

もう、戻らなきゃ。いつもの幼馴染に。
無理にでも嘘でも、笑って、克朗を安心させてあげなければ。
そうしているうちにきっと、いつもの自分に戻れるから。





「克・・「すまなかった。」」





声が重なって、私の言葉は克朗の声に遮られた。
けれど今克朗は何て?





「・・・え?」

「お前の気持ちを無視していた。傷つけた。本当に・・・すまなかった。」

「ちょ・・・ちょっと待って・・・?何言ってるの克朗・・・!」





克朗が私に頭を下げて、予想もしない言葉を告げた。
頭が混乱して、克朗がしている行動も、言葉もすぐには理解できなかった。

だって悪いのは私でしょう?
克朗と本音で話したいなんて言って。
こんなちょっとしたことで怖くなって。貴方を避けて。克朗を不安にした。
どうして克朗が頭を下げるの?謝っているの?





「悪いのは私だよ克朗!克朗が謝る必要なんてないっ・・・!」

「いや、悪かったのは俺だ。」

「違うよ・・・。私が意味もなく克朗を不安にさせたりしたから・・・。」

「意味は・・・あっただろう?お前にとって、俺にとっても大事なことだ。」





さっきまでは間違いなく、私が克朗を避けていた理由に気づいていなかったはずだ。
けれど今の克朗は、わかっている?私が克朗を怖がってしまったわけを。





「俺は本当に鈍くて・・・。こんな簡単なことにすら気づかなかった。」

「・・・克朗・・・。」

「だけど、これだけは・・・わかってほしいんだ。」

「・・・。」

「お前を・・・傷つけるつもりなんて、なかった。」





そんなことわかってるよ克朗。
貴方はそんな人じゃない。
私が弱かっただけ。
それなのに貴方は、優しい克朗は自分を責めるんだ。

顔を俯けて自分を責める克朗に一歩近づく。
克朗は悪くなんてない。
だからそんな悲しい顔をしなくたっていいんだよ。





。」





言葉を伝える前に、不意に克朗が顔を上げて私をまっすぐに見つめた。
私は少しだけ驚いて、私を見る克朗の目を見つめ返したまま動けないでいた。





「俺は・・・お前が大切なんだ。」

「・・・!」

「いつでも一緒にいて、笑いあって。
困ったときには、黙って側にいる。そして、背中を押してくれる。」

「・・・。」

「恋愛感情じゃなくても、お前はかけがえのない人で。
だから、俺のことでつらい想いをしてほしくなかった・・・!」

「・・・うん・・・。」

「お前には幸せになってほしかった・・・。幸せでいてほしかったんだ・・・!」

「・・・うん・・・。」





いつも冷静な克朗が、声をあげて。
真剣な表情で、思いを叫んだ。

お互いが大切で、お互いを理解していることも知っていた。
それでも、いつだって克朗の1番はちゃんで。

きっと誰よりも私と幼馴染のままでいたかった克朗。
それを私が壊してしまって。克朗をたくさん悩ませて。

私の気持ちなんて重荷で、迷惑なだけなんじゃないかって思っていたのも本当だった。



けれど。



私を真剣な目で見つめて。
いつも冷静な克朗が、熱くなって気持ちを伝えてくれている。
ちゃんじゃない。私を思って、私の為に。



視界がぼやけて、私は近づいた克朗にまた一歩近づいて。
静かに克朗に抱きついた。





「っ・・・・・・?!なっ・・・何を・・・。」

「・・・ありがと。」





慌てる克朗とは対照的に、私は冷静に一言を返す。
ぼやけた視界を隠すように、克朗の胸に顔を埋めて。
克朗の温もりに、幸せを感じて。





「・・・もうあんな言葉・・・言わない。」

「・・・うん。」

「ごめんな。。」

「・・・謝らなくていいってば。私が悪かったんだし。」

「いや、俺だ。お前は悪くなんてないぞ。」

「だから克朗は全然・・・」

「俺だ。」





克朗に抱きついている状態だっていうのに、していることは意地の張り合い。
お互いが頑固なだけに、どちらも譲ることはなくて。
私も素直に頷いていればいいのに、どうしてこんなことになっているんだか。





「わかった。一応受けとくよ。でも私も謝る。・・・ごめん克朗。」

「・・・じゃあ俺も一応受けておくよ。一応な。」





抱きついたまま、克朗を見上げる。
目が合って、お互い小さく吹き出した。











「・・・なあ。」

「何?」

「その、そろそろ・・・離れないか?」





夕焼けの色でわからなかったが、克朗の顔が少しだけ赤い。
それに。





「・・・・・。」

「・・・。無言で見上げるのはよしてくれ。」





克朗を強く抱きしめている私に聞こえる、胸の鼓動。
それはとても早く、しっかりとした音。





「いや、このままで克朗が照れてるのを見るのもいいかなって。」

「・・・ー?」





照れて、赤くなって、早く打つ胸の鼓動。

幼馴染でなかった私は、克朗の恋愛対象になれなくて。
近すぎて『女』として見てもらうことさえ、難しいのかと思っていた。

普段、あまり表情を崩すことがない克朗。
克朗のこんな表情を見たのは、私が彼に告白したとき以来だ。





「・・・。」

「おい・・・。何笑ってるんだ?」

「笑ってないよ?」

「・・・すごい笑ってるように見えるぞ?俺で遊んでないか?」

「まっさかー。」





何も変わらなかったわけじゃなかった。

何も思われていないわけじゃなかった。





「じゃあ照れ屋な克朗くんが真っ赤になっちゃうから、離れてあげようかな。」

「・・・やっぱり俺で遊んでるだろ?」





返事をせずに、代わりに意地悪く笑った。
克朗も肩をすくめて、困ったように笑った。













私の幸せを心から望んでくれている克朗。



今までと同じように、他愛のない話をして



たまに、あまり見たこともないような表情を見せてくれて。



私が大切だと、そう思ってくれている。



そんな克朗の側にいられれば、私はそれで幸せなんだよ?









だけどやっぱり思う。



一番の幸せは、克朗が私の想いに応えてくれることで。



私だけじゃない。克朗も一緒に、幸せになってほしいんだ。








例え一歩ずつでもいい。貴方に近づいていきたい。





ずっとずっと、貴方の側にいたいから。















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