ずっと側にいたのに。





いろいろな想いを感じてきたのに。





貴方に会うことが怖い、だなんて。

















想い















「おはよう。」





今日一番に学校に来て、部活の準備をしていた私の後ろで聞きなれた声が聞こえた。
聞きなれているはずの声なのに、私は無意識に肩を強張らせていた。





「・・・おはよ。今日は先に来ちゃってごめんね。」

「いや、おばさんから聞いたよ。仕事を思い出したんだって?」

「そうそう。昨日残した仕事あったの思い出してさ。
私の性格上、そういうのって一刻も早く済ませたいっていうか?」

「はは。わかるよ。ならそうだろうな。」





本当は昨日の分はすべて終わらせていたのだけれど。
克朗と二人きりになることが怖くなって。
原因は昨日のことだとわかっているけど、私が克朗を避けるなんて。
大丈夫だと思っていたのに、克朗に会うのが怖いなんて。
明日になればいつも通りに戻れると、そう思っていたのに。





「・・・克朗。早く着替えてきなよ。先輩たち来る前に部活の準備でしょ?」

「ああ。着替えてくるよ。」





そう言って部室へと向かう克朗を見送った。
私、本当にどうしたんだろう。克朗が離れていってほっとするなんて、どうかしてる。
大丈夫なはずだった。
だって私は強いはずなんだから。
私以外の人を想う克朗だって見てきた。言葉だって聞いてきた。
それでも、離れようとさえしなかったのに。














朝の部活を終えて、制服に着替えてからマネージャー用の部屋を出る。
そこにいたのは、意地の悪い笑みを浮かべる一人の男。





「よーチャン。昨日は何かあったんですかぁ?」

「・・・三上。」

「つーか、渋沢なんとかしてくんねえ?俺と話すのに妙に緊張してやがるんだけど。
マジで今まで気づいてなかったんだな。鈍すぎ。」

「もー!何なの三上!アンタのせいで・・・!」

「あ?」

「・・・なんでもない。」





三上に文句を言おうと口を開くが、すぐに止める。
こんな状況になったのは三上のせいじゃない。これじゃただの八つ当たりだ。
三上は自分の気持ちを告げただけ。
予想していた克朗の言葉に傷ついて、克朗を怖がっていることは私自身のせいだ。





「ま、俺のせいにしてもいいぜ?俺の目的はお前の邪魔をすることだし。
悪者結構。お前がその無意味な感情なくせばそれでいい。」

「・・・むかつく。無意味とか言うな!」

「おーっと。王子様のお出ましですが?」

「・・・克朗。」





言い合いをする私と三上の歩く先に、克朗が立っていた。
どうにも複雑そうな表情だ。
・・・克朗は私と三上にくっついてほしいのだろう。
昨日の克朗の言葉は、表情はそれを望んでいた。

けれど、私はもうその言葉を聞きたくない。
克朗からは、克朗からだけは、聞きたくなくて。





「か・・・克朗。ちょうどいいとこに!このうるさい奴、早く自分のクラスに連れていってよ。
私は職員室に用事あるし、行くね。」





隣にいた三上の背中を押して、克朗の方へと突き飛ばす。
とは言っても、自分より一回り背の高い三上はあまり動くことはなかったけれど。

克朗に笑顔を向けてから、私はそそくさと別方向へ歩き出す。
少しだけポカンとした顔で私を見つめる克朗が見えた。



克朗に会う度に、胸が締め付けられるようで。
昨日の言葉は、私が思っていた以上にダメージがあったようだ。
克朗に会うのが怖いなんて、そんなこと今まで一度だってなかった。

私以外の人を想う克朗を見ても。
その言葉を聞いても。
想いが叶わなくても。

じゃあ何で?何で今はこんなにも怖い?
どんなに痛くても、悲しくても、克朗が怖いから避けるだなんて
どうして今更そんな感情が芽生えてくるの?

昨日の克朗の言葉を思い返した。
ズキン、ズキンと胸が痛む。
けれど、こんな気持ちや態度のままじゃ今まで通りにいられるわけがない。
今まで通りにしようと言ったのは私なのだから。いつまでもこんな気持ちのままじゃダメだ。





「・・・。」





足早に歩いていた歩調を止めて、その場に立ち止まる。
答えに行き当たって、理由がわかって、私の胸はさらに痛みを強めた。



克朗に想いを伝えなかったときは、決してありえなかったこと。
想いを伝えてからも、私の一方的な想いだけがあったから、気づかなかったこと。





「俺ではなく・・・三上を選ぶことだってできるんだぞ?」





この気持ちを、拒絶されたのは初めてだ。

拒絶だなんて、そんなひどいものじゃないことはわかってる。
これが、この言葉が克朗の優しさだってわかってる。

応えられないのなら、そう言っててくれてよかった。
それだけで、よかった。
ずっと、ずっと想ってきたこの気持ち。
一番認めてほしかった相手に、別の道なんて示してほしくなかった。





!」





廊下で立ち止まった状態の私の名前が呼ばれる。
振り向かなくたってわかる。何度だって呼ばれているその声。





「そういえば俺も職員室に用事があったんだ。一緒に行こう。」





いつも通りでいてほしいと、そう言ったのは私。
けれど私は克朗の顔を見ることができない。

克朗の重荷になりたくなくて。たくさんの気持ちを隠してきた。
克朗に気づかれることもなく、隠し通せていたのに。

でもズキズキと痛むこの気持ちは、
貴方に感じてしまう恐怖は、簡単に隠せそうにもなくて。

怖い。
自分の気持ちを拒絶されることが。
自分の気持ちを否定されることが。
それが何より、怖かった。






「・・・そう、なんだ。でも・・・あの、」





もともと職員室に用事なんてなかった。
何かいい言い訳がないかと辺りを見回すと、なんて良いタイミングというばかりに
自分のクラスの担任が、目の前の廊下を歩いているところを見つける。





「既に私の担任、そこを歩いてるから。私は行くね。」

「あ、ああ・・・。」





用があるわけでもない、担任の姿を追って走り出す。
克朗の声には何だか疑問の声が入り混じっていたように思える。
このままでいたらきっと、克朗は気づいてしまう。

怖いから避けるだなんて。
なんて身勝手な自分。
そんなことわかっているのに、頭ではわかっているのに。



早く、早く『いつも通り』にならなくちゃ。
私が一番避けたかったのは、克朗の重荷になることだったはずだから。

怖い、だなんて一時の感情。きっとすぐ消えてくれる。
だから、早く戻ろう。戻らなくちゃ。いつもの私に。














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