想いを聞いて、希望は持てずに









それでも絶望したわけじゃない。















想い

















「・・・ちゃん?」

「あ、ちゃん・・・。」





先生に呼び出された職員室からの帰り道、重そうに荷物を持つちゃんを目にする。
手に持っているのは大量のプリント。資料やらプリントやら・・・。
何だかこの子はいつも重そうなものを抱えているな、と苦笑する。





「どうしたの?先生に頼まれた?」

「う、うん。」

「誰かに手伝ってもらえばよかったのに。」

「こんなに・・・」

「『こんなに大量だとは思わなかった?』」

「あ・・・。」

「あはは。前にもこんなことあったね。
ちゃんって力なさそうなのに、頑張るよね。」





ちゃんが少し顔を赤くして俯く。
私はそのまま、ちゃんの抱えるプリントを半分ほど取って自分の腕に収めた。





「あ・・・ありがとう。ちゃんはどうしてここに?」

「私は先生からの呼び出し。あ、別に悪いことはしてないよ?」

「はは。わかってるよ。ちゃんクラス委員長だもんね。」

「・・・ふっ。何で私がクラス委員になんてなっちゃったのかねぇ。」

「それはちゃんだもん。クラスの全会一致だったじゃない。」

「あまり嬉しくなかったなぁ。」

「それだけ皆に信頼されてるんだよ。」





ちゃんがクスクスと笑う。
彼女といる時間は相変わらず穏やかだ。
克朗といる雰囲気に似ている。

ちゃんとはファミレスで話してから、大分打ち解けるようになった。
とは言っても、クラスでずっと一緒にいる友達・・・というわけでもないが。
普通のクラスメイトとして会ったら話す程度だけれど、
ちゃんと話すことさえ避けていた、前の自分とは大違いだ。





「ん?」

「え?何?ちゃん。」

ちゃん足。血が出てるよ!」

「え?ええ?」

「どうしたの?転んだ?」

「・・・う、うん。そういえば・・・さっき・・・。」

「気づいてなかったの?ちゃんって実は天然だよね?」

「そ、そんなことないよっ。」

「保健室行った方がいいかな?傷はどんな・・・」

「あ!あのっ・・・!!」





血が出ている足を看ようと、少しかがんでちゃんに近づく。
するとちゃんが後ずさって、声をあげた。
私は少しだけかがんだ自分の体を元に戻し、疑問の表情を浮かべる。





「大丈夫!私よく転ぶから、こんな傷いつものことで・・・。
それよりこのプリント運ばないと・・・。」

「そうなの?でも消毒くらいはした方がいいんじゃないかな。
プリントだったら私が持っていくよ?」

「ううん。大丈夫。ただでさえちゃん、半分持ってくれてるんだから。」

「うーん・・・。っと!ナイスタイミングでいい人がいた!」





申し訳なさそうに私の申し出を断るちゃんの先に、見知った顔を見つける。
友達の集団の中で、暇そうに欠伸までしている。
私は名前を呼ぶと、面倒くさそうにこちらに歩いてきた。





「何だよ。」

「ナイスタイミングだよ三上。手伝ってほしいことがあるんだ。」

「は?俺様を手伝いに使うなんて、10年早えよ。」

「じゃあ10年経ったと思って手伝って。このプリント運んで!職員室までだから。」

「何だよ10年経ったと思ってって。なめてんだろ?」

「と、いうわけでちゃん。この人が手伝ってくれるから、大丈夫。保健室行ってきなよ。」

「堂々とシカトしてんな!」

「え、ええ?」

「あ、私もついていこうか?これくらいの重さ、男の三上くんなら楽勝ですから。」

「何で俺が別のクラスのプリントを持っていかなきゃなんねえんだよ!すげえ不自然だろが!」





三上の悪態を素通りして、ちゃんを保健室へ行くよう進める。
ちゃんは戸惑いながら、「それじゃあ・・・」と保健室へ向かっていった。





「・・・さて。ありがと三上。もう行っていいよ。」

「・・・は?」

ちゃんを保健室に行かせるために呼んだだけだから。
ちゃんは人のこと考えすぎちゃう子みたいだからさ。これくらいなら一人でも持てるよ。」

「・・・バカじゃねえの?」





そう言って三上は、私の持つプリントを全て取り上げる。
私はポカンとした顔で、三上を見上げた。





「いくら皆の憧れのサンでも、アイツにまでいい顔するとは思わなかったぜ。」

「・・・別にいい顔をしてるわけじゃないけどね。克朗のことを考えなければ、ちゃんは嫌いじゃないよ。」

「憎んでないわけ?」

「・・・憎んでない・・・って言ったら嘘になるけどね。けど、あの子は悪い子じゃないと思う。ただ、それだけだよ。」

「・・・は。ご立派な考えで。」

「嫌味な言い方しないでよ。これが本当の気持ちだもん。仕方ないじゃない。」





私の顔を一瞥して、三上は全てのプリントを持ったまま職員室へと足を進めた。
そのまま一人で行かせるわけにもいかないので、私は三上の横に並んで歩く。





「ねえ三上。私も持つって。」

「渋沢と、話したのか?」





突然の問いかけに、一瞬だけ思考が止まる。
三上の質問が、そのままの意味でないことはわかっていた。
克朗の本音は聞けたのか。三上の言葉はそういう意味だ。
背中を押してくれた三上には、素直に話してもいいのだろう。





「・・・話したよ。」

「期待でも持てたか?それとも絶望でもした?」

「期待は持てなかったよ。でも絶望もしてない。」

「・・・ふーん。」





それだけ言うと、三上は黙ってもう目の前だった職員室の扉を開けた。
目的の先生の場所へ行き、プリントを渡すと私たちはそのまま職員室を後にした。





「三上。ありがと!助かったよ。」

「ドウイタシマシテ。」

「うわー。感情がこもってなーい。」

「・・・。」

「三上?」

「お前さ。期待が持てないって言ったよな。
つーことは渋沢も全然あの女のこと、忘れられてねえんだろ?」

「・・・。」





私の言葉から克朗がちゃんを思っているとわかるのは当然のこと。
けれど、克朗から聞いた言葉を私が言うわけにもいかない。
私が言わなくても、三上は克朗から話を受けるかもしれないけれど。
否定も肯定もできずに、私はただ口をつぐんだ。





「いつまで想い続けるわけ?あんなはっきりしない奴、待ちつづけても仕方ねえだろ?」

「はっきり、言ってくれたよ。自分の気持ち。私の諦めが悪いだけでしょ。」

「・・・。」

「何・・・うわっ!!」





丁度通りかかったドアを開けて、三上がその部屋の中に私を引っ張り入れる。
引っ張られて入った部屋は社会科準備室。そこには誰もいない。





「お前は渋沢の本音を聞いたんだよな?」

「う、うん・・・。」

「じゃあ俺にも聞く権利はあるはずだ。」

「三上・・・?」

「話せよ。お前の本音も。渋沢にだって言ってないこと、あるんだろ?」





誰もいない教室で、三上が私だけを見つめて。
私はまっすぐに見つめるその瞳から目をそらせず、言葉すらも出すことができなかった。
















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