その言葉を聞くことを望んだのは私。





その想いを知ることを望んだのは私。





わかっていたはずなのに。理解していたはずなのに。
















想い


















三上のいなくなった屋上で、克朗と二人きりになる。
とは言っても数組の生徒はいたのだが、離れた場所にいる私たちを気にしている風でもないようだ。
克朗は三上の言葉の意味を理解したのか、していなかったのか。何も言わずに自分のお弁当にお箸をつけた。





「克朗。真面目な話なんだけどさ。」

「ん?何だ?」

「・・・ちゃんのこと、どう思ってる?」

「!」





克朗が驚いた顔をして、咳き込んだ。
いつも冷静な克朗にしては、めずらしい光景だ。
それほどに、今私の口から聞くセリフだと思っていなかったんだろう。





「・・・ゴホッ・・・な、なんだいきなり。」

「気になったから。・・・ていうか、ずっと気になってたけど・・・聞けなかっただけ。」





本音は忘れていてほしかった。ちゃんへの想いなんか。
けれど、忘れてなんかいないと、克朗を見ていればわかったことだ。
だから言葉にしたくなかっただけ。克朗から、その言葉を聞くのが怖かっただけ。
避けてばかりじゃ前に進めないなんて、わかっていたことなのに。
気づかせてくれたのは、背中を押してくれたのは、三上。





「私に気を遣ってくれてたんだよね。だからちゃんの話題さえも出さなかった。
私もその優しさに甘えてたけど・・・。ちゃんと聞きたい。克朗の今の気持ちが知りたい。」





怖い。それでも聞きたい。克朗の本音。
幼馴染だから全てわかるなんてことはなくて。
ちゃんを忘れて、私へ気持ちが傾いているなんて
そんな都合のいいことを期待しているわけでもない。

それでも、逃げているだけじゃ先へは進めない。
いつまででも待つだなんて、格好いいことを言ったけれど
待っている時間はやっぱり不安で。

期待した結果じゃなくたっていい。
それでも、克朗の正直な気持ちが知りたい。





「私さ。克朗に女として見てもらいたいけど・・・。幼馴染としても頼ってもらいたいんだ。」

「・・・・・・。」

「克朗を見てれば、ちゃんをまだ好きなことはわかるよ。
けど実際のところ、どれくらい吹っ切れてる?どれくらい、心に残ってるの?」

「それをお前に言うのか・・・?」

「だって、わかっちゃうから。克朗の中にまだちゃんが残ってること。
でも、わかるのはそこまで。それ以上の気持ちはわからない。
こんな中途半端な状態でいるよりも、はっきりと克朗の口から聞きたい。」

「・・・。」

「ごめんね?我侭で。」





克朗が少し困ったように微笑む。
私はそんな克朗の表情など気にしていないように、笑みを返す。
克朗がなんと言っても私は大丈夫だと、そう見えるように。





「私のことを気にしてくれてるなら大丈夫だよ?何を言われても驚かない。
わからないことだってあるけど、克朗の気持ちを一番理解してるのは多分私だから。」





他人から見たら、何て傲慢なセリフだと思うだろうか。
けれど、私はそのセリフを言うだけの自信がある。
ずっと一緒だった。私の先を行く貴方を追いかけて、追いついて。並んで歩いて。
誰よりも一緒だった。誰よりもお互いを理解していた。
貴方の好きな人も。その人に向けられる想いでさえも。





「ていうかさ、話してくれた方が私も都合がいいんだよね。
克朗の気持ちがわかるし?克朗を振り向かせる対策も練れるしさ。」





笑いながら、軽い調子で言う。克朗が悩みこまないように。
私は大丈夫だから。これは、私の我侭だから。
どんな形でも、貴方を理解しているのは私でありたい。





「・・・全く・・・。本当にには叶わないな。」





克朗が複雑な表情で微笑む。
私もそんな克朗を見て、当然でしょ?と言って笑った。





「・・・今でも、好きだよ。のことが。」





ズキン、と胸が痛む。
わかっていた。
わかっていたけれど、克朗の口から告げられる言葉は、想像以上に痛かった。
けれど、それを克朗に見せちゃいけない。
話をしてくれる克朗の、重荷にだけはならない。





「忘れようと思うのに、忘れられない。」





私は無言で、克朗の言葉を聞く。
心に受け止める。





の気持ちは別の誰かにあるというのに、何て未練たらしいのだと思う。」





克朗の顔は見ない。
今の表情を、克朗はきっと誰にも見てほしくないだろうから。





「それでも、忘れられない。あの幸せな時間を忘れることができない。
もう、戻ることはないのに、いつまでもそれを追い求めてしまう自分がいる。」





痛いほどに伝わる、克朗の気持ち。
幸せな時間。いつまでも続くと思っていたその時間。
それが終わってしまうだなんて、思いもしなかった。
相手の傍にいるのは自分だと、そう思ってた。















沈黙の時間が続いて。
けれど私たちの雰囲気などお構いなしに、心地の良い風が吹き抜ける。
お互いの髪が風に揺れて、初めて顔を上げる。克朗の顔を見上げた。
克朗も、私を見つめていた。





「・・・終わり?」

「ああ。終わりだ。」

「それが、本当の気持ちなんだよね?」

「お前に嘘なんてつけないだろ?」





克朗のまっすぐな瞳。嘘なんかじゃない。
苦しくて、それでも忘れらない想い。克朗の心は未だちゃんに捕らわれている。
それはあまりに、あまりにも深い想い。

空を見上げて、小さく深呼吸をする。
克朗は本音を話してくれた。私の我侭を聞いてくれた。
私が心を痛めると思って、自分が心を痛めるような人。
それでも、話してくれた。嘘なんてつかず、誤魔化すこともなく、ただまっすぐに。










「無理に忘れることなんてないと思うな。」

「・・・え?」

「知ってる?忘れようとすればするほどに、忘れることなんて、できないの。」

「・・・。」

「未練があって当然でしょ?それだけ好きだったんだから。それだけ、大切だったんだから。」

・・・。」

「・・・なんて、私が言うセリフじゃないか。でもね。私もわかるから。だから・・・。」





それは、自分へ向けた言葉。自分が感じた気持ち。
克朗への想いを忘れようとしたこともある。けれど、それはできなかった。
忘れようとすればするほどに、貴方の幸せそうに笑う顔が頭をよぎって。
貴方といた大切な時間が、甦ってくるばかりで。
だから私は、無理に忘れようなんて思わなかった。
頭でわかっていても、気持ちに嘘はつけないこと、わかっていたから。





「未練たらしくてもいいよ。格好悪くてもいい。それでも私は、克朗が好きだよ。
恋愛対象としても、勿論、大切な幼馴染としても。」

・・・。」

「苦しくなったら話してくれていいよ。そのときは、『ただの幼馴染』として話を聞いてあげる。」





少しの沈黙。
遠くで笑い合う声と風の音だけが響く。





「やっぱりにはかなわないな。」

「なめないでよね。年季が違うんだから。」

「・・・。」

「そこ!真顔で俯かないでよ!空気が重くなるでしょうが!」

「あ、ああ。すまない・・・。」

「そこで謝っちゃうしなあ。まぁ、そこが克朗だよね。」





予鈴の鐘が響く。
お互い話に夢中で、お弁当が半分ほど残っていたことに苦笑しながらその場を立った。











いつまでも彼を捕らえたままのその想い。
私以外を想うその表情。その言葉。
それは想像以上に痛かった。
自分で聞いたくせに。前に進みたいと思った自分の我侭なのに。

わかっていたはずなのに。理解していたはずなのに。
それは、克朗の想いを初めて知ったかのように。

伝えた気持ちは本当だった。
幼馴染としても頼ってほしい。克朗が悩んでいるのなら力になりたい。
それが女としてじゃなくても。幼馴染としてでも。





それが、私の望んでいることだったはずなのに。





克朗と笑い合いながら、屋上を後にした。
すぐに消えると思っていた胸の痛みは、
午後の授業が始まってしばらくしてからも、消えることはなかった。












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