認めたくなんてなかった。
けれどその想いは間違いなく
本物だったはずだから。
想い
「ごめんね。サボらせちゃった。」
「ううん。もう残りは1時間だけだったし。ちゃんが謝ることなんてないよ。」
教室から出た私たちは、学校近くのファミレスにいた。
あんな風に教室を出て、今更戻るなんて間抜けすぎる。
行く場所を考えた末、この場所に行き着いた。
学校が終わるには少し早い時間。
店員が訝しげに私たちを見たが、すぐに仕事に戻る。
まあ、学校近くのファミレスで授業をサボってここに来る子も見なれているのだろう。
「もし先生が何か言ってきたら、私が説明するから。
こう見えても言い訳は得意だからさ。」
「うん。ありがとう。」
私は普段から優等生でいた自信はあるし、ちゃんも授業をサボるような子ではない。
そんなに問い詰められることもないだろう。
「嫌な思いしちゃったね。」
「・・・でも、ちゃんがかばってくれたから・・・。」
「何でだろうね。どうして関係のない人たちの方が騒ぎ立てるんだろう。
ああいう人たちに振り回されるつもりはなかったんだけどな。」
「・・・ちゃんは強いね。」
「え?」
「・・・やっぱり私とは、大違いだよね・・・。」
目の前にあるドリンクを手にしながら、俯いたちゃんを見つめる。
さっき、クラスメイトが言っていたことを気にしているんだろうか。
「自分が強いなんて、思ってないけど・・・。私とちゃんが違うのは当たり前でしょ?」
「・・・え?」
「私は私でしかないし。ちゃんはちゃんでしかないんだよ。
皆同じだったら気持ち悪いじゃない。」
それはきっと、自分への言葉だった。
克朗に愛されるちゃんになりたいと、誰よりも望んでいたのは私自身。
けれど、それが叶わない願いだということも、誰よりわかってた。
私は私でしかない。ちゃんにはなれない。
ちゃんの温かな雰囲気や笑顔に憧れたけれど。
私は私のままで、克朗と一緒にいたい。そう思っているのも本当だ。
ちゃんが少しだけ驚いた表情を見せて、手元にあった自分のコップに口をつける。
一口だけそれを飲み、静かに机に置く。
「やっぱりちゃんは格好いいな。皆の人気者なのがよくわかる。」
「・・・いきなり褒めないでくれる?不意打ちになれてないから。
・・・皆、私を買いかぶりすぎだよ。」
「あはは。謙遜しなくていいのに。」
「まあ、それは置いといて。またクラスで何か言われたら私に言って。
ああいう風に人を傷つけるなんて許せない。」
「でも・・・。」
「これが・・・克朗や私のことじゃなくったって、私はちゃんを助けるよ。
自分でもおせっかいな奴だと思うけど、性分なんだよね。」
俯けていた顔を上げて、私の言葉が信じられなかったように目を開く。
やがてその表情を、泣き出しそうな表情へと変えていく。
「・・・どうして・・・。」
「え?」
「・・・私は・・・渋沢くんを傷つけたのにっ・・・。」
「!」
「自分勝手な思いで、我侭で、優しいあの人を傷つけたのに・・・。」
「・・・。」
「ちゃんだって、私をひどい奴だって思ったでしょう?関わりたくなんて、なかったでしょう・・・?」
関わりたくなんて、なかった。
同じクラスにだって、なりたくなかった。
なんて嫌な偶然だと、そう思ってた。
でも。
ちゃんが本当にひどい人なら、克朗は好きになったりしない。
本当に自分勝手で我侭なだけだったら、人を傷つけたことで、自分も傷ついたりしない。
あんな温かい雰囲気を作れるわけがない。
私も克朗も、人を見る目くらいはあるつもりだ。
今までのちゃんの全てが、嘘であったなんて思わない。
「まあ・・・最初はそう思ってたんだけど。」
「・・・。」
「私はどうしたって、克朗側の人間だから。
克朗を傷つけたちゃんを、恨まなかったわけじゃない。」
「だったら・・・!」
「だけど、ちゃんだって傷ついたんでしょう?」
「!!」
「私はちゃんの気持ちを知らない。別れた理由だって、表面的なものだけで。
言葉だけ聞いて、なんて自分勝手な考えだって思った。克朗といた全てが嘘だったのかとも思った。」
「・・・ちゃん・・・。」
「でも、落ち着いて考えて嘘であるわけがないって思った。
私の目は節穴じゃない。大切な人に向けられる想いくらいはわかるつもり。」
ずっと、見てきたんだ。克朗だけを。
ずっと、見ていたんだ。笑いあう二人のその姿。
間違えるはずがない。間違いであるはずがない。
あの時の二人は、悔しいくらいにお互いを想ってた。
「そういう想い。くだらないことで踏みにじられたくないんだよね。」
「・・・ちゃん・・・。」
「だから格好いいこと言ったけど、ちゃんのためってよりは、自分のためなんだ。」
「・・・お人よしすぎるよ・・・。」
「言ったでしょ?性分なんだよ。」
ちゃんと関わりたくなかった。話したくなんて、なかった。
でも私は、この子を憎みきることができなかった。
だってこの子は克朗が想っていた相手。
私が憧れた存在。
憎むことなんて、最初からできなかったのかもしれない。
「ありがとう」と今日何度目かのお礼の言葉を聞いて、お互いが帰路につく。
ちゃんは微笑んでいたが、その表情にちょっとした違和感を感じたのは、私の気のせいだっただろうか。
私はちゃんをよく知らない。
だから気づいてもいなかった。
ちゃんの微笑みの変化なんて。
克朗と別れてから微笑む彼女の表情には、常に悲しさが含まれていたことにも。
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