克朗を傷つけた彼女に





近づこうなんて思っていなかった。





けれど私たちの想いを利用して





誰かを傷つけるなんて、許せなくて。

















想い




















「・・・久しぶりだな。。」

「・・・う、うん。」





お互いを無言で見つめて。
先に声をかけたのは克朗だった。
いつも通りに。何もなかったかのように笑顔でちゃんに話し掛ける。

その表情。かすかに違う声。その呼び方。
いつも通りなんかじゃないこと、私には痛いほどにわかっていたけれど。





と同じクラスだったんだな。俺は隣のクラスなんだ。」

「そう、なんだ・・・。」





何でもないように振舞おうとする克朗とは対照的に
ちゃんは明らかに動揺していた。
高校になって、もう克朗と話す機会はないと思っていたのかもしれない。
私の後ろにいる彼女の表情は見えない。
何を考えてるかなんて、私にはわからなかった。





「おい渋沢。元クラスメイトとの再会なんかどうでもいいんだよ。
それより。とっとと行くぞ!」

「え?」

「え?じゃねーっつの!サッカー部に入部希望出しにいくんだろ?
せっかくだから、一緒に出しに行くって言い出したのお前だろ?」

「ああ。別に三上は誘ってないのに。私は克朗に言ったんですけど?」

「うわ。マジむかつく!渋沢!こんな女ほっといて、とっとと行こうぜ。」

「え。ちょっと待ってよ!本当、気が短いんだからさー!」

「うるせーよ。行くならさっさとしろ!」





机の上に広げられた、数枚のプリントを一気にまとめ、
自分の荷物をカバンの中に放り込む。
そして、1分もしないうちに準備を終えた私を見ていたちゃんに一声かける。





「じゃあ、お疲れ。プリント先生に渡しておくよ。」

「あ、大丈夫?用事があるんじゃ・・・。」

「ついでついで。サッカー部の監督にも挨拶にいくからさ。」

「・・・そっか。じゃあお願いします。」

「うん。じゃあね!」





数枚のプリントを手に持ち、
渋々私を待っていた三上と、その三上をなだめる克朗のもとへ足を進める。





「お待たせ。」

「本当にな。入学早々、もうお仕事デスカー?大変デスネー。」

「そのムカツク言い方なんとかしてよ。ちょっと運が悪かっただけ。」

「もう終わったのか?」

「うん。そんなたいしたことじゃないしね。」





三上の嫌味に反撃しつつ、作業があって少し遅れたことを話しながら教室を後にする。
克朗は最後に少しだけ振り返るような素振りを見せて、結局何も見ずに前を向いた。
克朗の代わりというわけじゃないけれど、何だか気になって少しだけ後ろを振り向く。
そこで見たのは、悲しそうに俯くちゃんの姿。

悲しそうにしていたのは、誰を思ってなんだろう。
克朗に?自分に?それとも、それ以外の誰かに?

考えてもわからない。
 という人間を、私はよく知らない。
だから、あの表情の意味もわからない。
ただ、ちゃんのあの表情を克朗が見なくてよかったと、
漠然とそんなことだけ、思っていた。























ちゃん。もう部活入ったんだー?」

「うん。サッカー好きだしね。中学でもマネージャーやってたから。」

「とか言って!渋沢くんと同じ部活じゃーん!」

「・・・克朗は関係ないよ。」

「またまた〜v隠さなくてもいいってば!」

「・・・はぁ。」





もう否定する気にもならない。
否定したところで、こうも思い込みの激しい人たちの意見を変えられるとも思わないし。
確かにマネージャーをしようと思ったのは、サッカーが好きという以外に克朗がいたからって理由もあった。
けれど、今は違う。克朗はもちろん、三上だってそうだ。上を目指す彼らの手助けがしたいと、そう心から思ってる。

それを何でもかんでも、色恋につなげようとしないでほしい。
私は克朗が好き。けれどそれは私たちの問題だ。





「やっぱり渋沢くんには、ちゃんだよねー!!」





私を囲んで話していた中の、一人が言う。
いやに大きな声。そこまで大きな声を出さなくたっていいのに。





「そうそう。身のほどしらずでもない限り、そこに割って入ろうなんて思わないよね!」

「そんな人いるのー?図々しいよね本当!」





大きな声を出したその子に、近くにいたクラスメイトも便乗する。
彼女たちの視線を追うと、その意図がはっきりとわかった。





「ねー?さん?」





彼女たちの視線の先にいたのは、ちゃんだった。
彼女たちは、クラスの自己紹介のときからちゃんを敵視しているようだった。
一体、何が彼女たちをそうさせるのか。私にはさっぱりわからない。
私と克朗が理想で。だから何だっていうの?
克朗が誰を想おうと、私が誰を想おうと、そんなこと彼女たちに関係ないのに。
私たちの想いを利用して、誰かを傷つけようなんて、そんなこと許さない。









バンッ!!!










机に広げていた教科書を、力いっぱい叩きつける。
突然の私の行動に、クラスの中の時間が一瞬止まる。





・・・ちゃん?」

「くだらないことは止めてくれる?」

「だ、だって・・・ちゃんと渋沢くんは・・・。」

「私と克朗は幼馴染。前から言ってるでしょ?
勝手な思い込みで誰かを傷つけるなんて、私は許さないわよ。」

「・・・あ・・・。」





クラス中の視線が、私に集まる。
普段怒ることなんてない私がこんなにも怒りを露わにしたのだから、当然といえば当然だ。





ちゃん。出よう。」

「・・・う、うんっ・・・。」





私はちゃんの手を引いて、教室から出ていく。
教室は静寂に包まれたままで、クラスメイトは呆然と私を見送っていた。

どこへ向かっていいのかなんてわからなかったけど、歩き続けて。

克朗を傷つけたちゃん。
私の欲しかった場所を捨てたちゃん。
彼女を憎まなかったわけではなかった。恨まなかったわけではなかった。

でも、克朗と笑っていたあの時間。
それだけは決して嘘じゃなかったって、そう思うから。

ちゃんは克朗を傷つけたけど、ちゃんも傷がなかったわけじゃないだろう。
あんなにも穏やかな時間を作れる人なんだから。
だから今更、ちゃんが傷つくことなんてない。





「・・・ありがとう。ちゃん・・・。」





ちゃんの手を掴んで、先へと歩く私にちゃんが呟くように言う。



 という人間を、私は知らない。知りたくも、なかった。
だから関わりたくなかった。話し掛ける気だって、なかった。
けれど。

何かをこらえるように、それでも私に感謝の言葉を述べる彼女がどんな子なのか。
克朗の好きになったこの子は、どんな子だったのか知りたいと





このとき、初めて思ったんだ。











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