本当であってほしい。





本当であってほしくない。





矛盾したその感情が、私の中を巡っていく。









想い









「・・・どういう、こと?」

「・・・言葉の、とおりだよ。別れたんだ。」





あまりにも突然の、予想していなかった克朗の言葉を、もう一度聞き返す。
私が願いつづけていた感情で、耳がおかしくなったのではないかと。
けれど肩を落とした克朗の言葉は、やっぱり本当で。





「何それ・・・!だってあんなに仲良かったじゃない!どうして・・・?!」

「・・・。」





黙ったまま俯く克朗を見て、私はそれ以上の追及を止める。
克朗の言葉が本当なら、今一番つらいのは克朗。混乱しているのも克朗。
私が追いつめることなんて、ない。





「ま、いいや。隣、座るよ。」





返事はなかったけれど、私は克朗の隣に腰掛ける。
克朗の後ろには、私と一緒に選んだちゃんへのプレゼント。
ああ、本当に渡せなかったんだ。
お互い無言のまま、克朗は俯き、私は空を見上げていた。





。」

「ん?」

「俺は大丈夫。教室に戻っていいぞ?」

「・・・一人になりたい?なら行くよ。」

「いや・・・そういうわけじゃ・・・。」

「だったら居るよ。」

「・・・。」





雰囲気なんてない、端的な会話。
でも、それが私たち。ずっと一緒にいた私たち。
それでも、たった一言でも、それは私の本心で。
こんなときだからこそ、克朗の側にいたかった。





二人とも無言のままに、時間は過ぎて。
5時間目の予鈴が鳴り響く。





「・・・戻るか。」

「あれ?さぼらないの?」

「はは。俺にはできないな。」

「全く。この真面目くんめっ!」

「そういうもさぼったことはないだろう?充分優等生だと思うぞ?」

「いやー。克朗くんには負けますわ?」





何事もなかったかのように、いつも通りの会話をする。
まだ無理をしている克朗の笑顔が、胸を締め付けた。

その後の授業は上の空で、私は克朗の言葉が、表情が、頭から離れなかった。












「げー!またキャプテンに止められたー!ちくしょー!!」





放課後の部活で、克朗は変わった様子を見せなかった。
どんなことがあっても、克朗はそれをサッカーに影響させたことはない。
サッカーに集中しているとも言えるけど、それはすごいこと。私には出来ないだろうなあ。





「今日の練習はここまで!」

「「「「ありがとうございましたっ!!」」」」





今日も、監督の掛け声とともに練習が終わる。
やっぱり疲れきった皆は、ドリンクを飲んだり、部室に向かったりしていた。

そして。





「キャプテン!ちょっと練習付き合ってもらえないっすか?!
俺、さっきシュート決めらんなかったのが悔しくって!!あ!タクも付き合ってくれよ!!」

「仕方ないな・・・。いいですか?渋沢キャプテン。」

「ちょっ・・・藤代・・・!」





克朗を練習に誘う藤代を止めようと近づく。
いくらサッカーに集中できるからって、今日の克朗はやっぱり心配だ。
どんなに表情に見せなくても、心の中は、ボロボロのはずだから。

けれど克朗は、駆け寄った私に向けて手で軽く制する。
そして優しい顔で笑った。





『大丈夫だから』と。





「ああ。かまわないぞ。」

「やった!でもそうすると・・・パスも必要か。
三上せんぱーい!!先輩もお願いしまっす!!」

「ああ?」

「やったータク!先輩も参加してくれるって!」

「いつ言ったんだよ!勝手に返事を作るな!」





憎まれ口を叩き、ブツブツ言いながらも三上も配置に着く。
その後、残った数人の練習が続き、帰る頃には日も暮れていた。

途中まで帰り道が一緒だった数人と別れ、克朗と二人になる。





「藤代はすごいね。さすがあんなのでも武蔵野森のエースって言われるだけはあるわ。」

「ははは。あんなのって・・・。ひどいな。」

「別にけなしてないわよ?藤代って上が見えないよね。まあ皆そうなんだけど。」

「・・・ああ。そうだな。俺も負けていられないな。」

「だね。」





何気ない会話をして、少しの沈黙。
そして、克朗が口を開いた。





。」

「何?」

「今日は、心配かけたな。」

「・・・何のこと?心配なんてしてないよ?」

「ははは。そうか。でも、ありがとう。」





克朗が悲しそうに笑う。
彼のこの表情を見るのは、今日何度目だろう。
克朗はこの表情の下に、どんな感情を思っていたのだろう。





「好きな人が、できたと言っていた。」

「・・・え?」

「俺はもう、好きではない、と。」

「・・・。」





好きな人・・・?ちゃんに他に好きな人が出来たってこと?
あんなにも仲が良かったのに。どうして?どうして?

穏やかな二人を見て、幸せそうな二人を見て、
幸せを、克朗の幸せを願っていたのに。

私が誰よりも手に入れたかったその場所を、どうして自分の手で捨てるの?
克朗への想いはそんなものだった?たったの数ヶ月で消えてしまうような、そんな想いだったの?

ちゃんを見る克朗を、私は見たくなかった。
ちゃんよりも、私の方が克朗を想っている自信はあった。
でもね。



克朗を見るちゃんの表情も、嘘じゃないって思ってた。



そう、思ってたのに。





「本当に?」

「え?」

ちゃんは・・・克朗のこと好きって言ってたのは嘘じゃないって思う。
どうして急にそんなこと・・・。」

「俺が何かしてしまったのかもしれないな。
付き合っていくうちに、無神経なことをしたり、言っていたりしたのかもしれない。」

「言ってたとしても!だから何なの?そのことを話もしないで、わかろうともしないで
ただ別れるなんて、逃げてるだけ。そんなの、おかしいでしょ?」

「・・・。」

「ちゃんと理由聞いた?好きな人ができただけなんて、そんなので終わらせていいの?
克朗が・・・・」

・・・。」





私は何を言っているんだろう。
ちゃんと克朗が別れれば、私にチャンスがまわってくるのに。
ずっと消えなかった想いを伝えられる。想いが叶うかもしれないのに。





「克朗が、初めて好きになった相手でしょ?」





克朗が私を見る。
少しだけ俯き、深呼吸するように、大きく息を吐く。





「そうだな・・・。お前の言うとおりだ。
このままじゃ俺は、前に進めない気がする。」

「・・・。」

と、もう一度話してみるよ。
考えるのはまた、それからだ。」





克朗が真っ直ぐ前を向く。
私はそんな克朗を、複雑な気持ちのまま見つめる。

あんなに醜い感情を持っているくせに、
いい顔ばかりして。克朗を応援するフリをして。

心の中では、そのままちゃんと別れればいいと。
そして、私の側にいてほしいと、そう思っているくせに。





には情けないことを言ってばかりだな。」





少しだけ前を歩く克朗が、照れたような声で話す。
私はその言葉を聞いて、歩みを止める。





「そんなのいつだって、いくらだって聞くよ。・・・克朗のためなら。」





どんなに愚かでも、
どんなに情けなくても、
それが貴方だから。

私が好きになった、克朗だから。





「・・・?何か言ったか?」

「ううん。何にも。」





静かに呟いた私の言葉は、克朗に聞こえることなく、風に乗って消えた。














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