私は貴方になりたかった。
克朗に愛される、貴方になりたかった。
想い
「キャー!!格好いい〜!!」
華の日曜だと言うのに、この学校の女子は相も変わらず、サッカー部に黄色い声援をあげる。
藤代のシュートを見ては騒ぎ、三上のロングパスを見ては騒ぎ、笠井くんがパスをカットすれば騒ぎ・・・。
「キャー!!渋沢先輩〜!!」
もちろん武蔵野森のキャプテンも騒がれる対象。
皆、当然というか何というか、周りの女子は全く目に入れず練習に励んでいる。
「では今から10分の休憩とする。」
桐原監督の声とともに、練習していた大勢の部員がベンチの方に集まってくる。
私は用意していたタオルとスポーツドリンクを配る。
皆、かなり疲れていたようで、自分からドリンクを取りに集まってきた。
それでも疲れきって、その場から動けない部員にドリンクとタオルを渡していく。
一通り配り終え、周りを見渡すとタオルもドリンクも手にしていない克朗に気づく。
「克朗っ。」
「え?ああ。・・・。」
「何してんの?いくら克朗でも水分くらい取らないと倒れるわよ?」
「ああ。そうだな。ありがとう。」
私からタオルとドリンクを受け取って、そのままドリンクに口をつける。
一息ついた彼の視線が、黄色い声援をあげる女子の集団に向けられた。
「どうしたの?いつも女子の声なんて気にしないくせして。」
「え、ああ・・・。その・・・。」
「何?はっきり言ってよ?」
「・・・はは。・・・彼女がな。俺の練習を見にくると・・・言っていたから。」
克朗を好きでいようと決めた。
彼女を見せられたって、黙って、それでも好きでいようと決めたのに。
それなのに、この醜い感情はなんだろう。
私は心の底で思ってたんだ。
サッカー部にいるときだけは、この場所だけは、『彼女』なんていなくて。
私は無条件で克朗を見ていられる。『彼女』に邪魔されることなく、克朗の側にいられると。
彼女が彼氏の部活を見に来るなんて、当たり前のことなのに。
「・・・あー。あの女子の集団の中から見つけるのは大変なんじゃない?
けど、見に来るって言ったなら、きっと来てるよ。」
「そうか・・・。」
「だからいつ見られてもいいように、格好いいとこ見せなよ!」
勇気付けるように、背中を叩く。
克朗は笑いながら、「わかった」と頷いた。
皆が練習を再開し、私は皆が飲み干したドリンク入れを持って洗い場に向かう。
その途中、女子の集団から少し離れて、その影からサッカー部の練習を見ている女の子に気づく。
その子には見覚えがあった。
克朗が助けることを戸惑った女の子。唯一、愛しそうに見つめた女の子。
私はしばらくその女の子を見つめる。
克朗が好きになった女の子。彼女はどんな子なんだろうか。
キャーキャー騒ぐ女子とは違う、大人しそうな女の子。
克朗は、彼女の何を好きになったのだろうか。
「・・・。」
私は小さく首を振る
『何』を好きになったかなんて問題じゃない。
克朗が選んだのはあの子で、私じゃなかった。ただ、それだけ。
ドリンクの入った箱を持ち直し、再び前を向こうとすると彼女の違和感に気づく。
・・・ああ、ひざから血が出てる。どこかで転んだりしたのかな?
再び彼女の方へ向きなおす。部室に救急箱があるからそれを持ってきてあげればいい。
そうしてあげればいい。・・・なのに。
私の足は動かない。彼女に話し掛けたくないと、心がそう言っているように感じた。
膝をすりむいたくらい、私が何をしなくたっていい。する義務も、必要もないんだから。
次から次へと浮かび上がってくる、自分のくだらなくも醜い思い。
そんな自分に嫌悪する。あの子は悪くなんてない。わかって、いるのに。
「ねえ。」
「え・・・?」
「足?大丈夫?救急箱持ってきたから手当てしよっか?」
「わ!あ、はい!大丈夫です!!」
「はははっ。大丈夫って言われたら、救急箱持ってきた意味ないじゃない。手当てさせてね?」
「は、はい。すみません・・・。」
突然声をかけた私に、彼女は驚いて、慌てた素振りを見せる。
そんな素振りが可愛く見える。感じの良さそうな子だ。
彼女を適当な場所に座らせて、手早く消毒し、ガーゼと包帯を巻く。
彼女は少しだけ緊張したように、黙って自分の足を見つめていた。
「・・・これでよし!」
「あ・・・ありがとう。さん。」
「あれ?私の名前知ってるの?」
「だってさん・・・有名だもの。それに・・・。」
「・・・克朗の幼馴染だし?」
「え・・・!あの、・・・うん。」
「私が有名ってより、克朗が有名なんだよね。私なんてオマケだもん。」
「そんなことないよ・・・!さんって私にも憧れで・・・!!」
驚いて彼女の顔を凝視する。
彼女は自分の言葉に恥ずかしさを覚えたらしく、言葉を途中で止めて下を向く。
どうしてアナタがそんなことを言うの?
私がどうしても手に入れられなかった克朗を簡単に奪っていったのに。
アナタこそ私が欲しかったものを手に入れているのに・・・!!
そのアナタの憧れが、私であるなんて、そんなことあるわけないでしょう?
こみ上げてくる怒りを必死で抑える。
私は克朗のことを諦めない。けど、邪魔もしないと決めた。
ここで彼女に怒鳴って、今まで隠してた想いに気づかれるなんて、絶対にしてはいけないんだ。
「あはは。ありがとー。それより・・・」
話題を変えようとして、彼女の名前を呼ぼうとすると、あることに気づく。
そういえば私は、この子の名前も知らない。
確か藤代が名字を話してくれたことがあるような気がするけど・・・。よく覚えていない。
「あ。私、です。 。」
。
名前を知ろうともしなかった彼女の名前。
克朗が好きになった彼女の名前。
これから何度聞くことになるのだろう。
克朗はどれだけ彼女の名前を呼ぶのだろう。
「・・・ちゃんかー。可愛いね。」
「そ・・・そんなことないですよ!」
笑顔で話す。
この醜い思いに気づかれないように。こんな酷い嫉妬なんて見抜かれないように。
だから嘘をつく。思ってもない言葉をかける。私が『ただの』幼馴染なら、きっと笑ってこう言うのだろう。
「ちゃん。」
「はい?」
「克朗を・・・よろしく、ね?」
「・・・あの・・・、えっと・・・」
照れるように真っ赤になって、言葉を探すちゃんを見つめる。
そして真っ赤になった顔を上げて、ちゃんがまっすぐに私を見つめ返す。
「・・・はい。」
克朗が初めて好きになった相手は、大人しくてもまっすぐに人を見ることのできる子だった。
彼女の言葉に、嘘はない。そう思えた。
この子とならば、克朗は幸せになれるだろうか。
私といるときよりも、穏やかで、色んな表情を見せて、笑って、いてくれるだろうか。
私、克朗が好きだよ。
ここにいるちゃんよりも、好きな自信はある。
ちゃんを恨めしく思ってる。ちゃんを憎らしく思ってる。
でもね。
克朗が幸せでいてくれるなら、その幸せが続くように願うよ。
私は貴方が好きだけど、この想いが克朗の邪魔になるのなら、ずっと隠していく。
だからもっと。もっと幸せになって。
私じゃアンタをこんなに幸せにできないって
そう思えるくらいに。
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