初めて見る克朗に、戸惑いを覚えた。





それと同時に、その想いの先が私であればいいと、叶わない願いを思い描いた。










想い











「ねえねえ。ちゃん。いいの?」

「え?何が?」

「渋沢くんが告白されてたって。断ったらしいけど。」

「・・・ふーん。別にいいんじゃないの?」

「だってちゃんって彼女がいるのに、告白するって相手の子はどういう神経してるのかって思わない?!」

「だーからー。私と克朗はただの幼馴染!付き合ってないってば!」

「照れなくていいのに〜。どう見たってお似合いだよ?二人v」






わかっていたことだけど、克朗はかなりモテてる。
まあ当たり前か。見た目はまあ格好いいし、優しいし、サッカー部キャプテンと来ればもう。
ただ、誰とも付き合ったことがなかった。
克朗は自分が好きになった子とじゃないと付き合えないって。
「付き合ってみたら好きになる」なんてことが考えつかないらしかった。真面目な克朗らしい。

私と克朗は、本当に『恋愛』らしいことは何もない。
ずっと一緒にいて、そんな雰囲気になったこともない。
いくら一緒にいたって、片方にその気がなければ、そんなこと起こらない。

けど、この学校では、私と克朗を理想視する人が多かった。
サッカー部のキャプテンとマネージャーで幼馴染。
両方ともに、能力が高くて、見た目もお似合い・・・らしい。
皆が思っているようなことは一つもないのにね。











「好きな人が、できたんだ。」










克朗の一言が、私の頭の中からずっとはなれなかった。
一瞬、ほんの一瞬ね。
その好きな人が私だったらなんて、そんな期待も持った。

けど、わかるから。
それが私に向けられた想いでないことくらい、わかっちゃうよ。
どれだけアンタを見てきたと思ってるの?





さーん。渋沢くんが来てるよ〜?」

「ホラ〜v旦那さまのお迎えですよ?」

「・・・だからっ・・・あーもう面倒くさい!」





もう否定するのも面倒になって席を立つ。
教室から出るとドアのすぐ横に克朗が立っていた。





「ちょっといいか?サッカー部の備品についてちょっと聞きたいんだが。」

「あーうん。いいよ。一緒に部室行った方がいい?」

「すまないが頼む。」





私たちが去った後の教室から、女子のキャーキャーした声が聞こえてきた。
どうして皆、私たちをくっつけたがるんだろう。そんなの、本人の意志がなければ
克朗の意志がなければ、成立しないものなのに。





「備品って何?チェックしたいの?」

「ああ。桐原監督に言われてな。部費をいくら使ったか、使用量はどのくらいか、確認を。」

「それくらい、私とか、後輩に任せればいいのに。」

「いや、俺ももう中学最後の学年だしな。キャプテンとしてやれることはやっておきたい。」

「・・・克朗らしいね。」





知ってるよ。アンタはそうやって、他人任せにしない。
練習の厳しい武蔵野森のキャプテンでも、皆に慕われるのは、信頼されるのは、
克朗がそういう人間だから。





「じゃあ部室に管理表が置いてあるから・・・それでチェックすればいいかな。」

「ああ。そうだな。じゃあそれを・・・」

「・・・克朗?」





克朗の言葉が不自然に途切れる。
不思議に思って、隣を歩く克朗を見上げた。
すると、まっすぐ前を見て歩いていたはずの克朗の視線の先には、一人の女の子がいた。





「ああ、うん。それを見せてくれ。」

「・・・了解。」





バカだな克朗。今更言葉を続けたってもう遅い。
わかっちゃったよ。アンタの好きな人。

一瞬向けた視線の先。
一人の女の子が、重たそうに資料を抱えている。
私との話を続けながらも、克朗は何度もチラチラと視線の先を変える。

克朗は優しい。
例えば誰かが、克朗の視線の先の彼女のように、困っていたら迷わず声をかけるだろう。
いつもの笑顔で、「大丈夫か?手伝おうか?」って。
なのに克朗は、横目で気にするだけで、動こうとしていない。





わかるよ克朗。その子が、不器用な貴方の初めて出来た好きな人。





「・・・行ってあげれば?」

「・・・え?」

「行きたいんでしょ?」

「・・・あ、ああ。すまない。少しだけ待っててくれ。」





顔を少しだけ赤らめた克朗が、重そうな資料を持つ彼女に駆け寄る。
少し話して、彼女の資料を手に持った。
遠慮がちに克朗を気遣う彼女を笑顔でかわして、一緒に教室の方向へ歩いていった。



あんな克朗、初めて見たよ。
誰にでも平等で、人を助けることに疑問を持たない克朗が、躊躇するなんて。
周りに私たちのことをからかわれても、赤くなるどころか顔色一つかえない克朗が、照れながら顔を赤らめるなんて。
あんなにも愛しそうに、誰かを見つめる顔なんて。





初めて、見たよ?





ずっと一緒にいた私が見たこともなかった克朗を、あの子は一瞬で引き出す。
大人しそうな、普通の子に見えた。私は何が足りなかった?

何でもできる貴方に追いつきたいと、勉強もスポーツも人一倍努力した。
格好だって、少しでも綺麗でいたいと、いつも気を使ってた。
克朗が昔、友達に『髪の長い子』が好きだと冗談交じりに言うのを聞いて、髪を伸ばした。

それでも、ダメだった?
私は貴方の、幼馴染以上にはなれなかった?

気持ちを、伝えてればよかった?
そうすれば私を見てくれた?『幼馴染』じゃなくて『女の子』として見てくれた?





ねえ克朗。私、どうすればよかったのかな。
どうすればその視線を、愛しい人に向けるその視線を、私に向けることができてた?





たくさんの後悔と想いが、私の心の中を駆け巡る。
その想いも後悔も、今となってはもう、遅いのだろうけれど。














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