魔の者に襲われた傷は深く、俺は退魔師に支えられながら、近くにあったベンチに腰掛けた。 青い顔ではやく治療をした方が良いと言われたけれど、俺はそれを聞き流し、携帯に手をかけた。 大丈夫。安静にして、明日になればまともに動けるようになる。 こんな状態の自分をに見せれば、彼女はもう俺を一人で行動させたりしなくなるだろう。 俺が傷つかないように、俺を守れるように、今以上に自分よりも俺を優先するようになってしまう。 心配なんてせず、安心して送り出してほしいのに。 なかなか思う通りにはいかない。自嘲するように笑み、電話の相手の反応を待った。 哀しみの華「・・・三上さん?近くにがいるなら、態度に出さずにいてほしい。」 電話の相手、三上さんは、俺の第一声で何かが起こったと気づき、そしてそれをに伝えるべきでないと察した。 不自然さを見せず、いつもどおり、淡々とした返事が戻ってくる。 「魔の者自体は祓ったんだけど・・・悪い、ちょっと・・・しくじった。 怪我もすぐには治りそうにないから、今日はそっちに戻れない。・・・に、見せたくない。」 の動揺は、彼女の中にいる魔の者にも影響を与えるかもしれない。 かけなくていい心配をさせたくない。 『ああ、わかった。・・・そっちは郭の家の近くだな。今、一人暮らしだしちょうど良い。』 三上さんは俺の言葉を受け入れ、自然に今日の行き先を示した。 確かにこのままでは、治療の名目で俺は松下家に連れていかれるだろう。 しかし俺はそれを受け入れる気はない。一度連れていかれたら、それこその傍に戻れる保証はなくなる。 近くに英士が住んでいたことも幸いだった。英士ならば、連絡を入れればすぐに駆けつけてくれるだろう。 迷惑をかけることにはなるけれど、あいつらほど信用できる人間などいないのだ。 『相手は一馬よね?かわってもいい?』 電話の奥での声が聞こえた。 三上さんがいくら自然に答えていたとしても、俺が突然帰らないと聞けば不安なんだろう。 当然だ。佐藤も、笠井も、俺たちの知らないところで動き、最後にはいなくなってしまった。 『・・・一馬?』 「、悪い。心配かけたか?」 呼吸を整えて、いつもどおりの自分を装う。 大丈夫だ。俺はなんともない。そう言い聞かせた。 と数言のやり取りをかわし、再度三上さんが電話に出た。 英士に連絡を入れておくこと、松下家の監視がつくだろうことを説明され、電話を切る。 電話を終えると一気に気が抜け、ベンチの背もたれに体を預けた。 「お、おい・・・真田・・・。手当を・・・」 先ほど魔の者に襲われた退魔師だ。 そうだった。まだまだ、少なくとも英士が現れるまで、気は抜けない。 「いらない。体を休めてれば治る。」 「しかしその怪我・・・出血量も・・・!」 「・・・俺は、アンタたちの世話になる気はない。」 「!」 予想外の出来事に身動きひとつ出来ないような能力者たち。誤って伝えられた情報。 この状況にたいし、青い顔をしたまま、凍り付いている。 信用などできるはずがない。それどころか疑心は大きくなるばかりだ。 先ほどの電話でこのことを三上さんに伝えるべきか迷った。 けれど、当人たちがいる前ではさすがにできる話ではないだろう。 「・・・これほど弱っているのなら、すぐにでも本家に連れていくべきでは?」 「で、でもそれでは約束が・・・」 「本家に閉じ込めようってわけじゃない。怪我の手当だ。」 「・・・あんたら、さっきの話を聞いてたか?それとも俺を本家に連れていって手柄でもあげようとしてるのか?」 「!」 「言っておくけど、今の俺でもアンタらよりは強い。俺に何かあれば、もう一人だって控えてる。 そっちが約束を反故にするなら俺たちは敵にまわる。アンタたちの勝手な行動で、松下家に大きな脅威が出来る覚悟があるなら、好きにすれば良い。」 「っ・・・」 今の弱った俺ならば、労せずして松下家に引き込める。 そんな考えが出てくるのも予想は出来ていた。 それを差し引いても、俺は驚くほどに冷静だった。焦ることも怒ることもなく、淡々と言葉を返す。 「け、怪我の手当だと言っただろう!別に無理強いをするつもりはない!」 「あーそうかよ・・・。」 「けど、本当に大丈夫なのか・・・?お前は俺をかばって・・・」 「かばったわけじゃない。アンタのところから魔の者が逃げようとしたから、結果的にそうなっただけだろ。」 「・・・そうか・・・いや、それでも、」 「?」 「・・・ありがとう。」 予想外の台詞に思わず言葉を失う。 つい先ほどまで魔の者だけでなく、俺に対しても怯えていたというのに。 一緒にいた退魔師たちも、俺と同じように唖然とした表情を浮かべていた。 「・・・礼を言うくらいなら、もっと実戦経験を積めよ。あの場面で結界を解くとか自殺行為だ。」 「悪かった・・・。俺らは修行を終えたばかりで・・・」 「は?」 「俺たちの役目はサポートで、指定の場所で魔の者が逃げないように、結界を張っておくことが任務だった。 正直、あんな凶暴な魔の者だとは・・・。」 修行を終えたばかりってことは、実戦経験はほぼゼロに近いんだろう。 対象の魔の者の情報が正しかったとしても、荷が重い。 松下家は俺たちを信用しておらず、何かが起こってもフォローできるような人材があてがわれていたはず。 それなのになぜ・・・ 「おい・・・そんなこと話したら・・・」 「・・・だって俺、こいつが悪い奴には見えないんだよ。」 「!」 「お前らだってわかってるだろ?こいつが俺たちの存在を気にしなければ、魔の者を祓うのはもっと簡単だったはずだ。 それをせずにこんな大怪我までしたのは、俺たちをかばったからだ。だから俺たちは今、全員無事でいられる。」 「・・・。」 「人を喰った化け物で、俺たちの言うことに耳なんて貸さない、人の命なんて紙屑同然に思ってるって・・・ それが真実じゃなかったなら、接触禁止令だって必要ないだろ!?」 向けられていた、恐怖や嫌悪。 元々こいつらには、俺らは非情な化け物とでも伝わっていたようだ。 そんな話が前提にあったのなら、向けられる感情は当然のもので、実戦経験がないのならそれは尚更だっただろう。 「一馬!!」 聞こえた声に視線だけを向けた。緊張が解け、自然と安堵していた。 「・・・っ・・・なに・・・これ、」 英士が息を切らせてこちらへ駆け寄ってくると、俺を見た瞬間に表情を強張らせる。 「お前ら、一馬に何を・・・!!」 ・・・一瞬、思考が止まったけれど、すぐに合点がいった。 そういえば俺の姿は今、血まみれだ。普通の人間ならばパニックを起こしたっておかしくない状況。 英士だって例外じゃない。 「英士、ストップ。これは俺が仕事をしくじっただけ。事情は三上さんに聞いてるだろ?」 「そ、それにしたって・・・!」 「この血も見た目ほどじゃない。今の俺の回復能力は常人の比じゃないんだ。だから、安静にしてれば治る。」 「っ・・・とにかく!俺の部屋に行こう。車で来てるから・・・そこまで歩ける?」 「おう。迷惑かけるな。」 「この状況でなに言ってるんだか。」 英士は何か言いたそうだったけれど、どうすることが俺にとって一番良いのかを瞬時に理解した。 英士に支えられながら歩き出し、近くに止めてあるという車へ向かう。 するとすぐに、片腕が別の肩にかけられる。 「俺も手伝わせてくれ!真田は俺をかばって怪我をしたんだ!」 先ほどの退魔師だ。 英士は怪訝そうに、俺にどうするのかと表情で問う。 本当は振り払った方が良かったのだろうけれど、俺ははもはやそんな気力もなく、そして。 「好きにしろよ。」 「!お、おう!!」 久しぶりに向けられた他人からの優しさが、少しだけ嬉しかった。 英士の家に着くと、家の周りには松下家の監視者が、部屋の中には結人が待機していた。 俺の姿を見て驚いたように目を丸くして、英士と同じように、いや、英士よりもよっぽど騒がしく、動揺を見せた。 けれど、その理由よりも先に、手当が優先だと英士に止められる。 用意してあったガーゼと包帯でてきぱきと処置をされ驚いた。俺たちと出会ってから、三上さんに教わったそうだ。 松下家に監視されているだけですんでいる今の状況と言い、あの人は本当に頼りになると改めて実感する。 手当を終えると、体を拭き、着替えてベッドに寝かされた。 英士も結人も何も聞いてこなかった。話すべきことはあったのだろうけど、先ほどまで気を張っていた分、話すことすらしんどかったから、助かった。 近くに、同じ部屋に、英士がいる。結人がいる。それだけでこんなにも心強かった。 安心していた。 一緒にいれば何でもできると、何も怖くないと、そう思えた親友たちの傍で。 錯覚していた。 俺たちはずっと変わらないと。これからも昔のままでいられると。 あの頃に戻りたいと思っても、懐かしさに頬を緩めても もう元に戻ることなどできないと、知っていながら。 TOP NEXT |