傷が痛む。 血を流し過ぎて、気分が悪い。 辛くて、苦しい。 足りないんだ。 あんなものじゃ足りない。 そういえば、ずっと近くに感じてる。 ああ、なんて・・・ 哀しみの華「・・・ずま、一馬!」 「・・・え、いし・・・結人も・・・」 「起こすべきじゃなかったかもしれないけど、随分うなされてたから・・・気分はどう?」 「・・・ああ、うん。少しは回復した・・・。」 自分を呼ぶ声が聞こえて、目を覚ますとそこには心配そうに俺を覗き込む親友二人の姿。 時計を見ると午前3時。うなされていたと言っていたから、俺の声で二人を起こしてしまったんだろう。 「起こして悪い。二人とも寝てくれ。」 「お前がそんなんで寝れるかっつーの!」 「わ、悪い。」 「責めてるわけじゃなくて・・・あーもう!お前は気遣いすぎ!」 「とりあえず落ち着きなよ。随分汗かいてるみたいだし、まずは水分補給。」 「さ、さんきゅ・・・。」 英士に手渡されたコップを口につけ、一気に飲み干す。 指摘されたとおり、汗もかいていて、相当喉がかわいていたようだ。 再度つがれた2杯目もすぐに空になる。 「傷、どう?」 「治ってきてるよ。そういう体、だから。」 「・・・お前、本当に命がけなんだな・・・。」 「・・・な、なんだよ、今更。」 「聞いてたけどさ・・・血まみれのお前を見て、初めて実感したのかもしんない。」 「・・・正直、俺も同じかな。一瞬頭が真っ白になった。」 「ごめんな。そんな思いさせて、迷惑もかけて。」 「だーかーらー!謝るなっつーの!」 「一馬に謝られたら、俺たちも謝らなきゃいけなくなるね。口先だけで、情けなくてごめんって。」 「な、なんでそんなこと!!」 「な?お前もそうやって怒るだろ?俺らも同じなの。」 巻き込みたくなかった。 だから離れようとして、けれど、戻ってきてしまった。 誰よりも信頼できる、強くて優しい、俺の親友。 結局巻き込んでしまったことに、引け目を感じていたことは否定しない。 俺に関わらなければ、探したりしなければ、俺たちが戦っているものも、こんな世界も知らずにいられた。 「お前が強がりで格好つけなのに、実は気が弱いことも、俺ら充分知ってるから。」 「そうそう。今更だよ。」 それでも、心のどこかで思っていた。 二人が傍にいてくれたらと。二人がいるだけでどんなに心強いだろうと。 「どんなに強がっても、隠してみせても、俺たちの前では無意味ってわかってるでしょ。」 「つらいならつらいって言えよ。弱音だっていくらだって聞く。助けてほしいなら、絶対に助けにいくから。」 「言ったよね。頼れって。」 強くなれたと思っていたんだ。 二人がいなくても、日々現れる化け物にだって対抗できる。 昔のままだったら、慌てて、解決策も見つからずに墓穴を掘るような場面でも、冷静に対応できるようにだってなった。 ずっと、ずっと、強くあろうとしていたんだ。 「・・・っ・・・」 それなのに、簡単に見透かされる。 今、そんな言葉をかけるだなんて卑怯だろう。 体も精神も弱っているこの時に。 「・・・・・・つらいし、怖いよ。」 隠していたかったんだ。こんな弱い自分。 「怖いんだ。松下家も、魔の者も・・・自分自身も。」 誰にも、見せたくなかった。 「諦めるなって、前を向けって、そう思ってるのに。俺にはまだ信頼できる仲間がいて、支えてくれているのに・・・ いつ捕まるだろう、いつ殺されるだろう、いつこの体を乗っ取られるだろうって、そんなことばかりが頭を過ぎる。」 未来を諦めていないことも、と一緒に生きたいと思ったことも本当だ。 それでも、不安は決して消えない。いつだって頭を過ぎっては俺を苦しめた。 「こんな怪我なんてしないくらいに、松下家に何を言われても対抗できるくらいに、強くなりたい。」 こんなこと、誰にも言えない。そう思っていた。 にも、俺たちのために全力を尽くしてくれてる三上さんや渋沢さんにだって。 「を守りたい。一人に、させたくない。 そう思うのに・・・俺は臆病で、情けないままだ。それでも、俺は・・・」 不安にさせられない。心配をかけて負担に思ってほしくない。 優しくていつだって俺を守ろうとする彼女は、俺のためにすぐに無茶をするから。 いつだって何でもないと、大丈夫だと、笑うから。 「死にたくない・・・お前らと、と、一緒に生きたい・・・!」 瞬間、体に少しの痛みと重み。 結人が俺に抱き付いているのだと気づく。 「・・・っ俺だって、そうだよ!そんな当たり前のこと、そんな顔して言うな!!」 「っ・・・!!」 見せるべきじゃなかった自分を、伝えるべきでなかった弱音を、真っ向から受け入れるように。 「結人、一馬は怪我人ってこと忘れないようにね。」 「あっ」 英士が冷静に結人に声をかけ、そのまま俺をまっすぐに見つめた。 「ひとつ、覚えておいて。」 小さく、穏やかな笑みを浮かべて。ポツリと呟く。 「だから、俺たちがいるんでしょ。」 お互いに無いものを補いあって、協力して、一緒に戦って。 俺たち3人揃えば怖いものなんてなかった。 特殊な力は無くても、生きる世界が違っていても、その存在がどれだけ俺を救ってくれたか。 皆を騙す形でいなくなった俺を忘れることなく、探し続けてくれて、どんなに嬉しかったか。 どんな俺でも受け入れてくれる、絶対の信頼を寄せられる相手がいることが、どれだけ俺の支えになっていたか。 ありがとう。 俺を探してくれて。信じて、待ち続けてくれて。 二人がいれば、俺は戦っていける。 心から思う。 お前らが友達で良かった。 出会えて、再会することができて、本当に良かった。 体が熱い。 ズキンズキンと疼くように、体も頭も痛む。 足りない。 あんなものじゃ足りない。 あの程度の魔の者を吸収したくらいじゃ、足りないんだ。 この飢餓感は、満たせない。 「っ・・・!!」 意識が一気に覚醒した。 恐る恐る周りを見渡し、目に入ったのは床に広げた布団に眠る、二人の姿。 規則正しく繰り返される寝息。今度は二人とも起きてこないようだ。 今のは、夢? それとも、この怪我を治すために、体が力を欲しているのだろうか。 これだけの怪我だ、魔の者を吸収した直後とはいえ、多少の飢餓感を持つのはわかる。 けれど、それならなぜ、俺は今こんなにも焦っている? どうしてこんなにも自分自身を恐れている? 気づいたからだ、先ほどまでうなされていた理由に。 俺は今と同じことを思っていた。 力が足りない。 吸収した魔の者では、補いきることが出来ない。 それを補うために、近くの生気に目を向けた。 そして、感じたからだ。 よりにもよって、この二人に。 ああ、なんて・・・ なんて美味しそうなのだろう、と。 TOP NEXT |