ガチャリ、と扉が開かれた。 三上と並び、いつでも逃げられるように態勢を整えて、目の前の人物を見据える。 徐々に見える範囲が大きくなっていくシルエット。 その人が声を発した瞬間、私は反射的に警戒を解いていた。 「・・・?」 それは聞き覚えがある、なんてものじゃない。 懐かしくて、温かく、心から安心できる声。 「・・・克朗・・・」 お互いが見つめ合ったまま、動きが止まり、静寂が流れる。 目の前にいる人が誰かはわかっていたけれど、どうしてか体が動かなかった。 「・・・っ・・・!!」 いつも優しく、穏やかだった克朗の表情が変わった。 つらさや切なさをかみ殺すような、そんな表情。 松下家を出ていった、あの夜を思い起こさせた。 「なぜ、なぜお前だったんだろう・・・。どうして・・・。」 「会いたかった・・・。」 「うん、私も。」 伸ばされた手が、私の髪に顔に触れる。 そして壊れ物を扱うように、優しく静かに私の体を抱きしめた。 哀しみの華「お前が来るなんて、聞いてねえぞ。」 「ああ、言ってないからな。」 「あのしつこい監視をどうやって撒いてきたんだよ。」 克朗に会えて単純に嬉しいと思ったが、三上から聞いた話だと、彼は榊さんとの対立が原因で、松下家に軟禁状態のはず。 個人的に私たちに会いに来るのは難しいと聞いていた。 今の三上の様子からしても、その状況は変わっていなかったようだ。 「今日の仕事に同行するはずだった者が体調不良になってしまった。だから、偶然にも今日は俺一人で動いていたんだ。」 「・・・。」 「今は忙しい時期で、代わりの監視者も探せなかったし、相手がかなりの上客でね。こちらの都合で予定をずらすこともできない。というわけで特例が許された。」 「同行者の体調不良に、予定のずらせない上客、ね。ちなみにお前、携帯はどうした?」 「家に忘れてきてしまった。だから三上にも連絡をいれることが出来なかったんだ。すまない。」 「人畜無害な顔してよくやるぜ。」 「・・・どういう意味?」 「全部仕組んだんだろ?一人で動けるこのタイミングを狙ってた。携帯を忘れたのも、位置検索でここに来ていると悟られないため。」 「人聞きが悪いな、三上。全部偶然だよ。」 「そういうことにしとく。ま、こうでもしなきゃここに来ることなんて出来なかっただろうし。」 どうやら私たちと会うために、無茶をしてくれたようだ。 ずっと私たちを心配して、かばい続けて、慣れないことまでさせている。 申し訳なく思いながら、それでも、こうしてまた会えたことが嬉しかった。 「そういうわけだから、長居は出来ないが・・・の顔を見られただけでもよかったよ。」 「私もずっと克朗に会いたかった。私たちを守るために、無理をさせて、つらい思いをさせてごめん。 それから・・・ありがとう。」 「謝罪も礼もいらないよ。俺が好きでやってるんだ。」 「「・・・。」」 「・・・?何か変なことを言ったか?」 「なんでもない。克朗が相変わらずで安心したの。」 「ありがとうって言いたい。」 「そんなこと言ったら、あいつの返事は想像できるな。」 「『礼なんていらない。当然のことをしただけだ』?」 以前、三上と予想したとおりの反応で、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。 久しぶりに会った克朗は全然変わっていなくて、相変わらず優しくてお人好しで、そして大きな安心感をくれる。 「こちらの事情と、お前たちを受け入れる条件。気を悪くしただろう。だが・・・」 「わかってる。でも、その条件をクリアすれば、交渉もしやすくなるでしょう。」 「・・・ああ、そうだ。情けないが、俺はまだ榊さんを負かす力は持てていないんだ。」 「充分よ。克朗がいなかったら、私たちは危険人物として追われて、いつか殺されていただけだわ。」 「・・・。」 「の言うとおりだぜ、渋沢。お前は一人で抱え込みすぎ。」 「三上・・・。」 「こいつら、大人しく守られてるタイプじゃないだろ。いっつも自分が自分がって前に出てきやがる。だから、お前が一人で考え込む必要なんてねえんだよ。」 松下さんのいない場所で、彼と同等の立場の榊さんと渡り合い、私たちを必死で守ろうとしてくれている。 あの家の特殊さやしがらみは、一緒に住んでいた私も多少なりとも知っている。それが私の想像以上に深いだろうことも。 そんな中であの家に閉じ込められながら、少しずつ仲間を増やし、今の状況をひっくり返そうとしている克朗。 そんな彼を心から尊敬しているし、私に出来ることがあるのなら、何でもいい。力になりたいとそう思う。 「そうだ、。お前の体のことなんだが・・・」 「え?」 「お前の体調の変化については、信頼のおける者しか知らされてない。そこは安心してくれ。 それで、ずっと考えていたんだが、ひとつ可能性を見つけたんだ。」 「・・・可能性?何か、原因があるってこと?」 「昔、お前に渡した『紅玉』は、いつも身に着けているのか?」 「!」 『紅玉』と呼ばれる、松下家に伝わる大きな力を持った霊玉。 最後に別れたときに、克朗から託されたもの。 なるべく手元から離れることのないように今も首にかけていた、赤い宝石を手にとった。 「ずっと、着けてるよ。自分から離すことの方が少ないくらい。」 「そうか・・・。」 「克朗の独断で私に預けてしまったみたいだし、これが無いせいで立場が悪くなったりもしたんじゃない?」 「そんなことはないよ。」 「返さないといけないよね。」 克朗に再会できたら、すぐにでも返そうと思っていた。 けれど、いざそのときになっても、私はなかなかそれを手放せない。 理由は、わかっている。 「・・・そこには笠井がいるんだよな。」 そう。この赤く小さな宝石に封印される形で、竹巳は消えてしまった。 私たちを助けるために。私たちのこれからを祈りながら。 「ずっと、つらい思いをしてきたんだろう。」 「・・・。」 「助けたいと、守りたいと思っても、行動が伴わなかった。・・・本当にすまない。」 「・・・そこで私がその通りって頷いて責めると思う?」 「・・・思わない。」 お互い、思うところはいくつもあるんだろう。 誰も助けられなかった、誰も救えなかったと、何度思っただろう。 でも、私たちは前を向かなければ、進まなければ。 誰が悪いだなんて思わない。ましてや、私たちのために戦ってくれていた克朗にそんな考えを向けるわけがない。 「お前の気持ちはわかっているつもりだ。・・・でも、そうだな。一旦俺に預けてくれないか?」 「・・・うん。」 「先ほど言った可能性のことだ。お前の変化は、大きな力を持つその石を長く身に着けすぎた反動かもしれない。 それはお前にとって毒にも薬にもなりえるものだ。」 「そう、なんだ・・・。」 「そこまで考えが回らなかった俺に落ち度があった。そして、お前にとってそれは大切なものになってる。 だから、落ち着いたらまた返すよ。それでどうだ?」 「そもそも私のものじゃないし、最初から克朗に返すって約束で・・・」 「いいんだ。」 「渋沢、お前そんな簡単に言って良いのかよ。」 「ああ。」 この石を渡してしまうことで、自分が不利になるとか、立場が悪くなるとか、考え付かないはずがないのに。 この人はいつだって、私の気持ちを優先してくれる。どんなに大変でも、問題はないと優しく笑う。 「克朗は優しすぎるよ。」 「昔、言っただろう。優しいのはにだけだ。」 「私も言ったよ。そんなことないって。」 首にかかっていた紅玉のついたネックレスを外して、克朗に手渡す。 克朗はハンカチで慎重に包み、それを鞄の中にしまい込んだ。 「。」 克朗がまっすぐに私を見つめた。 真剣な、覚悟を決めたかのような鋭い眼差しからは、いつもの穏やかさは感じられなかった。 「待っていてほしい。必ず・・・必ず、助ける。」 今も負担をかけ続けているのに、これ以上彼に望むものなんてない。 それでも、この人はいつだってそうだ。 「今度こそ、お前を守るから。」 いつだって、その言葉で、優しさで、私に力をくれる。 私を本当の家族のように大切にしてくれる。 「ありがとう、克朗。」 周りに拒絶され、親からも見放されて、誰にも認められなかった自分。 そんな私を救ってくれた温かな人たち。 意地を張って、受け入れられなかった言葉も優しさも、今なら。 「待ってる。」 笑顔で受け止められる。 私たちのこれからを願ってくれた、大切な仲間。 それを実現しようと奔走してくれる、尊敬し信頼できる人たち。 傍にいてくれると言った、一緒に生きていきたい人。 諦めないと、諦めたくないと、そう思わせてくれる存在。 懐かしさと温かさに包まれるのを感じながら、短い再会の時間は過ぎていった。 TOP NEXT |