強がりながら隠し続けた臆病な自分。 向き合いもせずに、無意識に避け続けた。 大切な人たちの優しさに、あまえながら。 哀しみの華三上と二人、残った部屋に響いた電話の着信音。 相手の話を聞きながら、三上は何度か頷きを返した。 「ああ、わかった。・・・そっちは郭の家の近くだな。今、一人暮らしだしちょうど良い。」 予想はついていたけれど、英士くんの名前が出てきたということは、相手は一馬だろう。 三上は「ちょっと待て」と相手に伝え、私を見た。 「今日の依頼、魔の者の能力自体はたいしたことがなかったけど、逃げ足が速くて駆けずり回ったらしい。 この時間だし、監視者を置く必要はあるけど、場所の近い郭の家に泊らせようと思う。」 「・・・そう。私はそれで構わないけど。」 「わかった。」 私の意見を聞くと、電話口で先ほどの提案を進める。 三上はあえて言わなかったけれど、英士くんや結人くんの存在も、松下家には既に知られていたのか。 彼らは一馬の親友で、自力で私たちや関係する人たちにたどり着いた。マークされていても当然ではあるけれど。 「・・・相手は一馬よね?かわってもいい?」 「ああ、ちょっと待て。」 彼が友達の家にいくことはまったく問題がない。 気心しれた親友の家に泊ることで、気分転換にもなると思う。 けれど、不安は消えなかった。竹巳も藤代くんと会うと言いながら、まったく別行動をとっていたから。 そしてそれが、取り返しのつかないことになった。だから、本人の声を聞かないと安心できなかった。 「・・・一馬?」 『、悪い。心配かけたか?』 「連絡が遅かったから、少しね。問題はないの?」 『ああ。本当はそっちに帰ろうと思ってたんだけど・・・』 「こんな時間まで動いてたなら疲れたでしょう。こっちには三上もいるから大丈夫。むしろ一馬の方が心配。」 『英士の性格も行動力も知ってるだろ?何かあればすぐに対応してくれるって。後から結人も来るって言ってたし。』 「そっか。それならよかった。」 『何かあれば電話してこいよ!』 「一馬もね。」 声は一馬で間違いなかったし、様子がおかしいとも感じられなかった。 少しだけほっとして、けれど、やっぱり次は絶対私も一緒に行こうと改めて思い直す。 三上に電話を返し、彼も少し話した後、電話をきった。 「つーわけで、今日は俺がここに泊るわ。」 「了解。」 一馬と二人きりになってから、彼がいない夜は初めてだ。 三上がいてくれるとはいえ、なんだか胸がざわついていた。 一馬は私を過保護だと言ったけれど、過保護とは違うのではないかと今になって思う。 私はただ単純に、彼が傍にいないことが不安なんだ。依存にも似ている気がする。 理由は明確で、この世にもうたった二人しかいない、仲間だから。 彼を失いたくないと、そう思う気持ちが日に日に強くなっていくのを感じる。 そしてそれは、一馬にも言えること。 私たちはお互いがお互いを思いあっていることを知っている。 だから、傍にいることで安心する。他の誰かに何度追い詰められても、裏切られても、お互いだけは絶対に裏切らないと信じ切っている。 「最近の私の不調は、魔の者が関わってるんでしょう?」 自分の体調の変化に気づいて不安にならなかったわけじゃない。 でも、大丈夫だと伝えたのは本心だった。 「大丈夫。貴方を一人になんてしない。」 残されることがどんなにつらいことなのか知っている。 一緒にいた貴方が、どれだけ苦しんで、どんな思いで私を支えようとしてくれていたか知っている。 変わっていくことを止めることはできないのかもしれない。 変わっていくことに恐怖を感じ、不安は大きくなっていくのだろう。 それでも一馬がいることが、私の支えになっている。 「なんで笑ってんだよ!不安なら不安って言えよ!そうやっていつも大丈夫だって笑うから・・・だから、俺は・・・」 一馬を不安にさせていたのに、こんなことを言ったら怒られるだろうけれど、必死に私を守ろうとしてくれることが嬉しかった。 「傍にいてくれるでしょう?」 「当たり前だ!」 自然と言葉が出てきた。決して私を否定しないとわかっていた。 私を抱きしめた彼の体温が心地良かった。 「・・・三上、起きてる?」 「ああ。」 仕切り越しにいる三上に話しかけると、すぐに返事が戻ってきた。 電気はついていなかったようだけれど、眠れなかったのだろうか。 それとも職業柄、頭の一部は起きていたのかもしれない。 「話しても良い?」 「なんだよ。」 「この間、言われたことを考えてたんだけど。」 「ああ。」 「どの話だよって言わないの?」 「あー・・・思い当たる節があるから。」 三上とは年齢がひとつしか変わらないけれど、私よりもよっぽど大人だと思えるときがある。 もちろん、子供みたいに喧嘩をしているときは、その逆に見えたりもするけれど。 彼は私の考えてることも、言いたいことも、見透かしているかのように淡々と返事を返した。 「家族だから、仲間だから、なんてのは、ただの建前に聞こえるって。無意識に諦めてることも、抑えてるものもあるんじゃないかって、そう言ってたよね。」 「ああ。」 「私、そんな気はなかった。だから三上が言ってることも見当違いだって思ってたよ。」 「そりゃ悪かったな。」 「でも、あのとき会話が途切れて、ほっとしたの。だからあれ以上会話を続けようとしなかった。」 「・・・。」 「その時点で、私はもう気づいてたんだと思う。」 きっと、松下さんも克朗も三上も、そして一馬も。皆が気づいていたのかもしれない。 だけど、皆優しいから言わなかった。私自身が避けている話題を蒸し返す必要なんてないって。 「昔から何回も拒絶されて生きてきたから。拒絶されることが怖かったから、無意識のうちに今以上に変わることを避けてた。」 「・・・。」 「上辺だけで生きてた。そうすることが一番平和で楽だったから。その結果が今。一馬にとってのあの二人のように、思ってくれる友達すらいない。」 「あれはあれで特殊だぞ。やりすぎっつーか。」 「あはは、知ってるよ。でも、一馬だからこその友達でしょ。」 「・・・まあな。」 「松下さんたちに対してもそう。大切だったのに、負い目ばかりが大きくて、彼らの優しさや願いを素直に受け取ることができなかった。それに・・・」 「好きやで。。」 シゲが最後に、私に伝えてくれた想い。 信じられなかったわけじゃない。嬉しくなかったわけじゃない。 けれど、私自身が考えることを避け続けていたから、彼に何も返すことができなかった。 「お前が悪いなんて、誰も思ってねえよ。ただ、」 言葉を失った私を見て、三上がポツリと呟く。 「そろそろ応えてやれよ。あいつらが気の毒だ。」 信頼していた。これからも一緒に生きていきたいと願えるほどに。 けれど、私は本当の意味では、彼らの想いに向き合えていなかった気がする。 「お前はずっと、大切にされてた。」 引っかかっていた重石が、少しずつ消えていくように。 皆の顔が浮かぶ。 思い出すたびに、じわじわと胸に温かいものが広がっていく。 「考えないなんて勿体ないよ。自分が気づいてないだけかもしれないじゃん。」 考えたくなかった。考えて、その結果、今大切にしているものまで失ったら? 変わっていくことで壊れてしまったら?子供の頃のように、拒絶されてしまったら? 大切にしたかった。守りたかった。 たとえそれが私に返ってこなくたってよかった。 皆、そんな私を見捨てることもなく、守ってくれた。 自分は強いと思い込みたくて、抵抗していた私を見守りながら。 考えることを強制することもなく、傷つけないように、ずっと。 「・・・それなら、ちゃんと考えたらどうなる?」 「・・・。」 先ほどまでとは違う、冷たく低い声。 私の名前を呼んだ三上の声に、何かがあったのだと察する。 「誰かが来た。」 「・・・もしかして一馬が帰っ・・・」 「それはない。」 「どうして言い切れるの・・・って、ああ、三上なら気の種類でわかるってこと?」 「いいから。すぐ動けるように準備しとけ。」 それから少しして、カツン、カツンと靴音が響く。松下家ほどの大きな組織にとって、この部屋の鍵なんてあってないようなものだろう。 気配を潜めることもなく、あまりにも堂々としていることが逆に不安を大きくさせる。 ゆっくりと開かれる扉。 態勢を整えて、息を潜めながら、扉の先の人物を見据えた。 TOP NEXT |