「気づいてたのか。」 「自分でもおかしいと思ってたし、あれだけ過保護に扱われれば。さすがに気づくよ。」 「そこは気づかないフリしとけよ。隠そうとしてた俺らが間抜けじゃねえか。」 「守られるだけなんて嫌。」 「可愛げってもんがねえな。どこに落っことしてきた?」 「あいにく最初からないわね。」 が自分の体調の変化に気づいていたことを三上さんに伝えた。 三上さんも多少は予想がついていたのか、呆れたようにため息をつく。 お互い言葉は刺々しいが、納得はしているのだろう。隠していたことも、気づいたと伝えたことも。 「・・・まあ、状況がわかってる方が話がはやい。ごまかす必要もなくなるしな。」 「なにか進展があったのか?」 三上さんは横柄にも見える姿勢をやめて、こちらへ体を向き直した。 俺たちも顔を見合わせ、続く言葉を待つ。テーブルをはさんで、緊張した空気が流れる。 「渋沢からの伝言だ。」 哀しみの華真夜中の住宅街。暗闇に蠢く、人ならざる者を感知する。 奴らの中に人間並みの知能があるものはごくまれだ。ほとんどが自分の食欲を満たすためだけに動いてる。 求める力が強ければ強いほど、狙うのは自分の糧となる能力者。俺が近くに現れればそれだけで囮の役割は果たせる。 魔の者の興味がこちらに向いたとわかると、今度は人気の無い広い場所へと誘い出す。 目的の場所へたどり着くと、待機していた複数の退魔師たちが結界をはった。 「・・・ふう。」 ひとつ、ため息をつく。 こうして魔の者と対峙するのにも慣れてしまったが、気が滅入ることはいつまで経っても変わらない。 うめき声をあげて襲ってくるものをかわしながら、手のひらに意識を集中する。 触れた先から流れてくるものは、俺の食欲を満たしたけれど、同時に嫌悪感も増幅させた。 「・・・あと、3体。」 俺を取り囲んでいた、松下家の退魔師たち。 俺を見る彼らは、恐怖、怯え、嫌悪、憎悪。そんな感情が直に感じられるようだった。 「一馬!平気?どこも怪我してない?」 「!?いきなりドアの前にいるなって!びっくりするだろ・・・ってか、お前、どれだけ過保護なんだよ。」 「だって・・・」 「昔だってそれぞれに分かれて行動してたじゃん。」 「それは・・・今とは状況が違うし、西園寺グループに協力してたときは、翼や黒川くんがついてたじゃない。」 「そりゃ緊張はするけどさ。渋沢さんの指示なんだとしたら、迂闊に俺らに手は出せないだろ。」 三上さんから伝えられた、渋沢さんの伝言。 松下家は俺たちの保護に向かって動いている、と。 それは危惧していた飼い殺しのような状態でなく、俺たちの自由も見据えたうえでの保護だ。 ただし、それには条件があった。 松下家の手に余っている魔の者を俺たちの手で解決し、信用にたる存在だと示すこと。 力を暴走させることもなく、俺たちの中にいるものを抑えられていると証明すること。 「お疲れ真田。・・・えーと、驚くほどあっさりと退魔成功。身体能力も底知れない・・・だって。」 「三上さん、なんだよそれ。」 「お前の評価。同僚にまわしてもらってる。松下家も手をやいてる奴らだからな。このままいけば評価はあがっていくんじゃねえ?」 その条件を出されたとき、すぐに頷くことはできなかった。 渋沢さんや三上さんのことは信用しているけれど、松下家自体を信用することは出来なかったからだ。 佐藤のことも笠井のことも、奴らが関わっていなければ、状況は違っていたかもしれない。 「これだけやってるんだ。あがってもらわないと困る。」 「ほー、随分頼りがいのある男になったな、真田クン。」 けれど、松下家ほどの大きな存在を敵にまわし続けながら、生きていくことが難しいともわかっていた。 俺たちを守ろうとしてくれている人たちがいることも知っている。 だから、傲慢とも理不尽とも思えるその条件を受け入れることにした。 「次は私もいくからね。」 「お前はまだ待ち。体調回復せずに魔の者を相手にして、状況悪化したらどうすんだ。」 「・・・一馬だけに任せてるなんて嫌だよ。ただでさえ一人で敵陣に行っているようなものなのに。」 「メンバーは渋沢さん側の人間だって言ってただろ?その言葉通り、この2回に問題はない。大丈夫だ。」 「でも・・・」 「お前が心配する気持ちもわかるけどな。ただ、もう少し真田を立ててやれよ。たぶんこいつ、ちょっと嬉しいって思ってるぜ。」 「おい。」 「違うか?」 「・・・違わなくは、ないけど。」 出された条件は、指定された5体の魔の者を除霊すること。 そいつらがいつどこに現れるかはわからないから、タイミングを調整することは出来ない。 現時点で既に2体は終わってる。残りは3体。 を隠し続けるわけにはいかないから、1、2体は一緒に対応する必要があるけれど、の体調が回復するギリギリまで、俺一人で相手をするつもりだ。 魔の者に取り込まれそうな片鱗を少しでも見せたのなら、それを理由に付け込まれてしまうことがわかっていたから。 「俺、に頼ってばっかりだったし、たまには頼れよ。」 「私はそんなつもり・・・」 「適材適所ってやつ。次俺が困ってたら助けてもらう。そのときは俺も、お前に気を遣って無理なんてしないから。」 頭ではわかっているのだと思う。 だけど、は結構頑固だから。きっかけがないと、素直に休んでいてもくれない。 「たまには格好つけさせてやれよ。」 「・・・シゲもそんな風に言ってたことがあった。男ってのは面倒ね。」 「いや、お前も相当面倒くさいやつだから。」 「失礼な。」 の体調は万全ではなくても、徐々に回復していっているように思えた。 ふらつくことも、うなされることも、少なくなっていった。 俺たちは隠した方が良いと思ったことだったけれど、にとっては自分の状況を知れたことが良い方向へ動いたのかもしれない。 松下家の条件を飲むと伝えたとき、お互いの信頼を得るまでは、今の生活を変えないという条件をつけた。 俺たちの居場所は割れているのだろうけれど、信用にたる人物以外は近づかせない。 もし約束を破れば、俺たちはお前らの敵にまわると。 反抗したところで結果は見えているけれど、松下家にとって脅威となるのは間違いない。 そして今、依頼に従いながら実力を見せつけることで、俺たちを敵にするべきでないと思わせることができれば。 ただ、三上さんが完全に俺たちについていると知られることにはなってしまった。 けれど、彼は上等だと笑い飛ばし、結果的には、再度俺たちの監視役という立場に戻った。 「じゃあ、行ってくる。」 「事前情報は頭に叩き込んでおけよ。」 「ああ。前回と同じ種類の魔の者だろ。油断さえしなければ敵じゃない。」 「お前、本当に言うようになったよな。」 「おかげさまで。」 「・・・一馬一人で行くのは今日でラストね。次からは私も行くから。」 「・・・わかったよ。」 「あ、言った。今わかったって言ったからね。」 「油断もだけど、無茶もすんなよ。」 「ああ。」 3回目の依頼となっても、が出てこないのでは、さすがにあやしまれる。 隠し続けるのもそろそろ限界だし、の体調もだいぶ戻ってきた。俺や三上さんがついて、次からは依頼に参加させるしかない。 心配ではあったけれど、それまでにの体調がもとに戻っていれば、なんとかなるだろう。 二人に挨拶をして、部屋を後にする。 待ち合わせの場所へ到着すると、前回とは違う松下家の退魔師が俺を待っていた。 ただ、反応は同じだ。俺を警戒しながら、嫌悪の表情を浮かべる。 渋沢さん派の人間とはいえ、こいつらが尊敬し従っているのは渋沢さんだ。 渋沢さん自身が俺たちの力になることを望んでいたとしても、それによってあの人の立場はますます悪くなっていく。 俺に対する反応や態度も当然のものなのだろう。 俺たちを知ろうとも近づこうともしない、そんな奴らに興味はないけれど。 結人や英士、そして黒川たちや三上さんたち。俺たちは周りに恵まれていたのだと実感する。 「・・・どうも。」 「来たな。行くぞ。魔の者はここから南東の方角にいる。」 彼らの役目は魔の者をおびき出した場所に結界をはり、周りに影響が出ないようにすること。 そして、俺の実力を見極めることだろう。 割と重要な役目だと思うけれど、今日来ているメンバーの能力は前回までに比べ、確実に見劣りしているように思える。 よっぽどの人手不足なのか、それとも軽く見られているのか。これまでが全く問題なく終わったことも関係しているのかもしれない。 目的の場所へ向かう途中に、事前に伝えられていた今回の相手の特徴や弱点を再確認する。 前回と同種の魔の者。今回もすんなり終われば良いけれど。 前回と同じく、敵をおびき寄せ、誰もいない広場へ誘導する。 松下家の退魔師たちが、結界をはる。ここまではすべて同じだった。 けれど、流れはすぐに変わった。 魔の者が標的としたのは俺ではなく、結界をはっていた一人だったからだ。 戦術としてはわからなくはない。自分より上位の能力を持つ相手よりも、自分でも勝てそうな相手を狙った方が確実性がある。それにこの人数。勝ち目がないと察し、逃げだすために、一番弱い相手を狙ったのかもしれない。 でも、相手は知力を持たない魔の者だ。そんな考えに行き着くだろうか。 それとも、元の情報が間違っていて、本当は知力を持っていたのか? 考えている暇はなかった。 俺が向かわなければ、ほかの誰も間に合わない。 『・・・ァァア・・・アアア!!』 言葉にもならない声。重くかすれたダミ声が響く。 向かってきた魔の者に、退魔師は驚いたのか思わず結界を解いた。 実戦経験がないのだろうか。それはあまりも無謀な行為だ。 「お前の相手は・・・俺だろ!!」 襲い掛かろうとしたそいつを無理やり引きはがす。 そして体制を崩した俺に、向けられた色の無い瞳。 思わず背筋に寒気が走った。 『・・・ッガァァァッッ!!』 素早さが前回の比じゃない。 どういうことだ!?伝えられた奴の情報がまったく違っている。 噛みつかれた肩から大量の血が飛び散った。 「・・・あ、ああ・・・」 俺の血を浴びた退魔師が呆然としている。 そのまま俺に向かってくると思った魔の者は、また彼に照準を向けた。 俺と戦うよりも、逃げることを優先したということか。 俺が奴を引き留めていた間に、周りの退魔師が加勢するかと小さな希望もあったけれど、 実力は目の前の彼と同様らしい。目の前の出来事に圧倒され、誰も動かずに、いや、動けずにいた。 もう一度地面を蹴って、奴の前に立ちはだかる。 血を流しているせいで、多少ふらついても、まだ俺の方が実力は上のはず。 獣のような咆哮の後、向かってきたそいつを素手で受け止める。 思っていた以上にパワーがある。肩を負傷している分、力が入らない。 その隙をつかれ、今度はガードしていた腕に激痛が走る。 「ああああっ・・・!!」 血を流し過ぎて、意識が朦朧としかけたけれど、痛みがそれを繋ぎ止めた。 俺は噛みつかれたまま、奴の体を捕え、そのまま手のひらに力をこめる。 なかなかうまく喰うことができない。けれど、ここで奴を離せば、逃げられるどころじゃない。ここにいる俺たち全員が危険に晒される。 全神経を手のひらに集中させた。 耳を劈くような悲鳴のあと、魔の者の力がだんだんと弱まっていくのがわかった。 やがて、その姿を失い、残った灰は風に乗って消えていく。 「はあ・・・はあ、はあっ・・・」 「お、おい、お前・・・大丈夫か!?」 「これが大丈夫に見えるかよ・・・」 「み、見えないけど・・・!俺は何をすれば!?」 「何もしなくて良い。ただ・・・少し、休ませてくれ。」 恐怖や嫌悪しかなかった、退魔師たちの表情が変わった。 一番大きかったのは怯えだったけれど、それはきっと俺に向けられたものじゃない。 彼らはきっと、俺たちが今まで出会ってきたどの退魔師よりも弱い。 松下家が手を焼いている魔の者なのに、どうしてそんな彼らがついたのか。 あまりにも違う情報が伝えられたのはなぜなのか。 今の俺に、考える余裕はなかった。 TOP NEXT |