「一馬?」

「・・・あ、え?な、何?」

「じっとこっち見てるから。」





への気持ちを英士たちに言い当てられて。
三上さんに至っては、告白まで勧められた。





「あ、悪い、ボーっとしてたかも。」

「別に謝らなくてもいいけど。疲れがたまってるんじゃない?」





好きな相手に気持ちを伝えられなくて、やきもきしながら背中を押される、なんて一体いつ以来だ。
今まで無意識に抑え込んでいた感情を言葉にしたことも、今余計に意識してしまっている理由なのだと思う。





こそ。ここに籠りっきりで、そろそろ限界だろ。」

「・・・わかる?」

「おとなしくしてるタイプじゃないもんな。」

「それ、三上にも言われた。」

「はは、言いそう。」





どうしたら、何を言えば、を救うことができるだろう。考えても考えても、結論は出なかった。
俺を仲間だと思い信じ切っている彼女に、今気持ちを伝えることがプラスに働くとは限らない。
このまま何も伝えず、仲間として過ごすことが正解かだってわからない。

一時の感情と勢いで動くことはしたくなかった。
選択を誤って、彼女を失うことが何より怖かった。
















哀しみの華

















「昔の一馬?そりゃもう面倒くさいのなんのって!」

「今もたいがいだけどね。」

「お前ら・・・!」





人気のない町の一角。薄暗い店のさらに奥。
気を張り詰めがちな環境の中、響く明るい声。
結人と英士は毎日のようにこの場所にやってきてくれる。
昔話や他愛のない世間話。それでも、そんな日常にいることが、俺たちを安心させてくれた。





ちゃんもそう思ったことない?」

「なくはないかな。」

「おい、・・・!」

「でも、そういうとこも含めて一馬だし、良いところだと思ってるけどね。」

「・・・。」

さん、そういうことさらっと言うよね。」

「だよなー。毎回一馬が照れて面白いけど。」

「て、照れてねえし!」

「ハイハイ。」





と二人きりだとしないような会話も、話題も、結人たちがいると自然と増えていくから不思議だ。
人見知りの俺と違って、話し上手で聞き上手なのも知っていたけど。
こんな状況でも、場所でも、いつのまにか解けこんでしまう二人が誇らしくもあり、羨ましくもある。





ちゃんは?どんな子だった?」

「別に、普通・・・のはずだけど。」

「ふは、はずって何?」

「今とたいして変わらないよ。取っつきづらいだろうって意味でも。」

さん、結構話しやすいけどね。」

「そう?ありがと。」

「俺がちゃんと同じ学校だったら、ほっておかないと思うけどなー!モテたっしょ?」

「全然。」

「またまたー謙遜しちゃって!」

「結人から謙遜なんて単語がよく出てきたね。」

「ちょっと!俺のことなんだと思ってんだよ!」





俺たちは何もかもが変わってしまった。親しかった誰とも、関わることができなくなったと思っていた。
けれど、今はこうして親友たちの存在に救われている。
油断はできない。これが正しかったのかもわからない。でも、俺を諦めないでいてくれた二人に感謝してる。





「そうだ!ちゃんって、どういうのがタイプなの?」





思い立ったように、結人がに問いかけた。
・・・チラチラと俺を見るのはやめてほしい。この間、今以上を望まないと話したのに、相変わらず結人はおせっかいだ。





「おい、結人!」

さんってあまり表情に出ないからね。俺もちょっと気になるかな。」





・・・英士も結人のストッパーのようで、そうじゃないんだよな。
知ってるけどさ。この行動が、俺のためを思ってくれていること。

は少し呆れたような表情を浮かべて、けれど、小さく笑って質問に答える。






「・・・正直、よくわからないよ。」

「え、そうなの?」

「あまりそういうの、考えないんだ。好きなタイプなんて、あってないようなものでしょう。」

「ん?どういうこと?」

「理想と現実は違うって意味?」

「そう。」

「好みのタイプと、実際付き合う相手は違うこともある、ってことだね。」

「あー、確かに。全然考えてなかったのに、頭に浮かんで妙に意識したりな。ふは、甘酸っぱいなー!一馬!」

「・・・俺にその話題を振るな。」





はまた笑った。

俺たちは今まで余裕もなく、気軽に他愛のない話をするような状況でもなかった。
佐藤は自分のことははぐらかしてばかりだったし、俺も笠井も昔話は避けることが多かったから。





「よし、ちゃんも考えてみようぜ!」

「は?」

「考えないなんて勿体ないよ。自分が気づいてないだけかもしれないじゃん。」

「・・・別にそういうのは・・・」

「ほらほら、俺とか浮かんでこない?」

「来ない。」

「即答!ふられたわ俺!」

「バカだよね結人は。」

「お前って本当変わらないよな・・・。」

「・・・っ・・・」

「ほら、さんが怒りで震えてる。」

「え、うそ!!ごめんなさい!!」

「英士も適当なこと言うな。笑ってんじゃん。どう見ても。」





こんな些細な会話でよかったのか。何気ない話をして、呆れながらも、笑いあう。
同じ境遇だからこそ、気を遣いあって、お互いを傷つけないようにしていた。
守りたいから、つらい思いをさせたくないから。大切に思うからこそ、動けないでいることだってあった。

お互いしか見ていなかった。お互いしかいないと思っていた。
でも、そうじゃない。環境が違って視点も違うからこそわかることだって、いくらでもあるんだ。























結人と英士が帰っても、後から話題にあがるくらいは、も二人に気を許しているようだ。
会話を思い返すように、穏やかに笑う。





「良い友達を持ったよね、一馬は。」

「たまに暴走して疲れるけど。」

「あはは、でも付き合えちゃうんだから、相性があってるんだよ。」

「・・・それは、まあ、そうかもしれないけど。」

「友達がいなくても不都合はないってそう思ってたけど・・・今は少し、一馬が羨ましく感じるなあ。」

「・・・友達がいなかったわけじゃないって言ってただろ。」

「まあね。でも、私は上辺だけ取り繕って過ごしてた気がする。もう少し真剣に向き合ってたら、今の彼らみたいに、諦めずに探し続けてくれる人もいたのかもしれない。」

「・・・でも今は、違うだろ。」

「そう思ってくれる?」

「ああ。」

「ふふ、それは嬉しい・・・っと、」





ソファから立ち上がろうとしたが体制を崩した。
俺はすぐさまそれを支えた。いつもなら、立ち上がるくらいで体制を崩すなんて、にしては珍しい、と思っていたところだ。
そして俺も。目の前で倒れそうになる彼女にすぐ反応できるような、器用なことはできなかった。





「大丈夫か?」

「・・・おおげさ。ちょっとふらついただけなのに。」





反応できたのには理由があった。
ここ数日の間に、何度も見てきたからだ。

しっかり者で物につまづいたりすることも少なく、体調が悪くふらついても周りに気づかせなかったような彼女が、バランスを崩すところを。





「一馬?」





心臓の鼓動が速くなる。
支えた彼女の体を離すことができない。





「・・・どうしたの?」





出会った頃は、冷静で淡泊な印象を受けたけれど。
今は違う。確かに彼女は俺よりよっぽど落ち着いていて頼りにもなるけれど、それだけじゃない。
優しくて、強くて、弱いところを隠そうとする。大切だからこそ、自分よりも相手を優先し、守ろうとする。
体調の変化も、追い詰められていることも気づかせようとせず、弱音ひとつこぼさない。

今この時でさえ、自分よりも俺を心配そうに見つめる彼女の姿に胸がつまった。








「・・・。」









一時の感情や勢いで動くつもりはなかった。
その結果がどうなるかなんて、誰にもわからない。負担にすらなりえる。それでも。

俺は、彼女の支えになりたかった。
これからの未来を、強く願うほどの存在になりたかった。









「俺、お前が・・・」








応えてくれなくてもいい。
自分を想う人間がいる。それだけでも支えになれるんじゃないか。そう思った。








「わかってる。」








その一言が何を指すのかすぐには浮かばず、唖然とした表情を浮かべ彼女を見た。
他の奴らにはことごとく言い当てられた。も同じように、俺の気持ちなんてとっくに見抜いていたのだろうか。





「・・・やっぱりそっか。ごめん、心配をかけたくなかったんだ。」

「え・・・?」

「最近の私の不調は、魔の者が関わってるんでしょう?」

「!」





返ってきたのは、予想外の台詞。
俺でさえ気づいて三上さんに確認したくらいだ。自身が気づいていたっておかしくはない。
動揺を隠しきれなかった俺を見て肯定と受け取ったのだろう。は一瞬だけ目を伏せて、けれどすぐに顔を上げ言葉を続けた。





「でも、別に意識を支配されてるわけでも、飢餓感が強くなってるわけでもないから。」

「ちょ、ちょっと待て、それは・・・!」

「気を遣わせちゃったよね。」

「違う!俺はっ・・・」







心細くて、不安で、泣き出したって当然のこの状況で。
それでもお前は、強い意志で目をそらさず、まっすぐに俺を見据えていた。









「大丈夫。貴方を一人になんてしない。」









弱さを見せることで、俺を不安にさせるとわかっていたから。
すべてを抑え込んで、大丈夫なのだと。安心してほしいとでも伝えるように。



彼女はいつだって優しく、強い。その姿に憧れたことだってある。



けれど、今はただ悔しくて。





「・・・なんで・・・」





弱音も涙もこぼさず、強くあろうとする。
彼女にそうさせることしか出来ない自分が、情けなくて悔しかった。








「・・・一馬?」

「なんで笑ってんだよ!不安なら不安って言えよ!そうやっていつも大丈夫だって笑うから・・・だから、俺は・・・」








もっと冷静に、を安心させられるように話すことが出来ればよかった。
感情に任せて、不安な気持ちが先立って、それを考えなしに相手にぶつけて。
だから彼女は笑うんだ。俺を不安にさせたくないから、傷つけたくないから。
俺だって同じなのに。彼女を大切にしたいのに。








「不安はあるよ。それでも、大丈夫だって思ってるのは嘘じゃない。」

「だからっ・・・」

「だって、一馬がいる。」

「っ・・・」








が穏やかに笑い、俺の体に触れる。
こみあげた感情は言葉にならない。








「傍にいてくれるでしょう?」

「当たり前だ!」









言葉で伝えることができないのなら、せめて、不安を少しでも消し去りたい。



決意に、覚悟に応えるように、彼女の体を強く強く、抱きしめた。







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