「昔のお前だったら、自分のことに精一杯だったんだろうけど・・・成長したもんだな?」

「なにガキ扱いしてんだよ、1つしか違わないくせに。」

「・・・けど、当然か。」





三上さんはグラスの酒をまた口に含み、それを飲み干すと小さく深呼吸をする。
俺はそれを眺めながら、動揺している自分を抑え、なんとか冷静でいようと必死だった。





「まあ、近いうちに気づくだろうとは思ってたけど。」

「・・・。」

「あれからずっと、を支えてたのはお前らだもんな。」

「・・・ちゃんと、話してくれよ。」

「・・・。」

「大丈夫。さっき成長したって言ったのはアンタだろ。」





迷いはなかった。
自分に余裕があるわけでもない。余裕どころか許容量はきっと、とっくに超えてる。
それでも俺は、を支えると、守ると決めた。



彼女がずっと、俺にそうしてきてくれたように。













哀しみの華















「お前の言ったとおりだ。は魔の者に浸食されはじめてる。」

「!」

「とは言っても、体が弱ってる今、時々"気"の種類の違いに気づく程度だ。」

「そんなの、俺もも気づかなかった・・・のに?」

「俺が何年退魔師をやってると思ってんだよ。なりたてのお前らと一緒にされるとは心外だな。」

「そういうわけじゃないけど・・・」

「それだけ微々たる変化なのかもな。
ただ、その兆候が出てるってことは、魔の者が表に出始めてるってことでもある。」

「・・・。」

「お前、さっきから緊張しすぎだろ。もっと肩の力抜け。」





冷静に話を聞こうとしていたのに、体は強張り、無駄に力が入る。
三上さんはそんな俺を見て、重苦しくならないように気を遣ったのか、軽い口ぶりで話を続けた。





を看たときに、それはすぐに気づいた。だけど、本当のことを伝える必要はないと思った。
わかったところで本人にはどうしようもない。心労を増やすだけだからな。だから、過労と答えた。」

「それは、うん・・・わかる・・・。」

「外に出さないのも無駄に力を使わせないためだ。体も精神も弱ってる今、どこかで魔の者や退魔師に見つかって力を使えば、本人が異変に気づくだろうし、最悪の場合、魔の者が一気にを取り込もうとするきっかけにもなりえる。」

「・・・!」

「けど、変化は既にあったんだな。多少なりとも力を使う魔の者を喰うときはともかく、寝ている間・・・か。」





本人でも気づかないくらいに静かに、ゆっくりと、魔の者は徐々に俺たちを取りこんでいく。
もしかしたら笠井も同じで、気づいたときにはもう、どうにもならなくなっていたのかもしれない。





「真田、お前には異変はないんだよな?」

「え?あ、ああ。自分ではそう思ってるけど・・・」

「気の状態も落ち着いてる。だから自覚なく侵食されてることもないと思ってる。」

「・・・どうして、俺は、」

「俺もそれが気になってた。魔の者に入り込まれる前から霊力があったの方が、あれを抑え込む力は上のはずなんだ。
むしろお前は一般の、それこそ笠井や佐藤と同じ状況だ。それなのに、どうしてここまで差が出る?」





確かに疑問はあった。
無理に力を使い、解放した佐藤はともかく、笠井は俺たちとまったく同じ状況だった。
須釜にそそのかされて魔の者を食べなかった時期もあるとは言え、笠井は須釜に会うより前から異変を感じていた。
魔の者を食べている量も、力を使う機会も俺たちとほとんど変わらないはずだった。

それなのに、俺とにはまったく変化がなかった。





「元の力が同じで、魔の者を取り込んでいた量も、力の使い方も話を聞く限り同じってことになる。
は佐藤を取り込んではいるが、それが今になって影響し出したとは考えにくい。」

「確か魔の者は分裂して俺たちの中に入った。分裂した大きさに差があったっていうのは?」

「それもない。直後のお前らの世話をしてたのは俺たちだ。中に潜んでる力の量は把握してた。」

「それなら、何が違うんだ・・・?」

「・・・これは俺の憶測でしかないけど。」

「憶測でも何でもいい!それがを助けられる手がかりになるなら・・・!」

「お前は、たち三人と決定的に違ってたな。」

「違う・・・?」





元々持つ能力がという意味でならば、俺ではなくのはず。
松下さんたちにも、俺たちに特別な能力はないと言われていたし、三上さんだって今そう言ったばかりだ。





「お前らが魔の者の存在を知って、今までどおりの生活が出来なくなったと聞かされたとき、お前パニック起こしたんだって?」

「パニックっていうか・・・なんで今そんな話・・・」

「なに照れてんだよ。別に可笑しいことじゃない。お前の反応は当然のことだ。」

「は・・・?」

「妙な化け物に遭ったと思ったら、その直後に自分は普通の人間じゃなくなったと聞かされて、今まで生きてきた環境も周りとの関係もすべて捨てろなんて言われて、冷静でいられるわけねえだろ。
突然のことで実感が沸かないにしたって、なんでもないって顔で受け入れたりできねえよ。
そのときの環境に不満があったとしても、迷いが生じるのが当然だ。」

「・・・。」

「だが、あいつらは違った。」





「あ、ホンマ?それなら別に問題ないわ。」

「捨てなきゃ生きられないと言うのなら・・・全て捨てます。拘るものも、ないし。」

「私の場合は松下さんもいるわけだし。元々捨てなきゃいけないものなんてなかった。」





あの日の三人の言葉を思い出した。
突然の理不尽な出来事に、混乱して取り乱してその場から逃げ出した俺とは対照的に、3人はすぐにそれを受け入れた。
俺にはまったく理解できなかった。人生の中のほんの十数年。だけどそれは俺がずっと過ごしてきた時間。
なににも変えがたい、俺が今まで生きてきた年月だ。それを捨てるだなんて、考えられなかった。





「あいつらは感情を隠すのがうまいんだよ。年なんてほとんど変わらないのに、大人びてるっていうかさ・・・」

「否定はしない。ただ、大人びてるっていうのとは違うだろ。」

「え?」

「あいつらは達観しすぎなんだよ。だからこそ、諦めも早かった。」

「どういうことだ?」

「どうしようもない状況だから仕方ないんだと、ならばそれを受け入れてその中で次の術を考える。
育ってきた環境によるところが大きいんだろうが、無意識にそう生きていく癖がついてるように思えた。」

「・・・。」

「そういう考えがすべて悪いこととは言わない。だけど、それだけ諦めも早い。無意識っていうのもやっかいだ。
お前らが今まで生きてきて、変わったことがあることもわかる。でも、根本の性格っていうのは、変わって見えてもどこかに残ってるもんだ。」

「・・・三上さん、何が言いたいんだ?」





確かに最初は、俺は3人とは考え方がまったく違うのだと感じていた。
一緒に暮らすことになっても、必要以上は近づかず、お互いの出方を牽制しているようにも見えた。
人見知りである俺以上に、3人はお互いに壁を作っていて、笑いあっていてもどこか自分を隠していた。
もちろん、3人にもそれぞれの生き方があって、想いがあることを後から理解することになったけれど。





「たとえば、『今お前は魔の者に侵され、もうどうにもならない』と言ったなら、佐藤も笠井も・・・おそらくもそれを受け入れる。」

「なっ・・・」

「だけどお前は?」

「え・・・?」

「かっこ悪くわめいて、あがいて、最後まで抵抗する。方法なんて見つからないかもしれない。結局何も変わらないかもしれない。でも、諦めない。」

「!」

「お前との決定的な違いだ。3人は達観しすぎてあがこうとしない。」

「そんなことねえよ!あいつらがどれだけ、お互いのために動いてたか・・・追い詰められた状況で必死でいたか、俺は知ってる・・・!」

「仲間にたいしては、だろ?自分に対しては呆れるくらいに淡白だ。」





三上さんの言葉に、思わず声が詰まった。

昔の同僚を助けるために一人で無茶をして、俺たちから離れようとした佐藤。
須釜にそそのかされ、体に異変が起こり、利用されそうになった笠井。
二人とも生きようとしていたはずだ。けれど、自分でどうしようもなくなったときの判断は驚くほどに冷静ですばやかった。
佐藤はに喰われることを、笠井は特殊な石の力を使い、魔の者ごと消えることを選んだ。





「お前には元々夢があって、失いたくないものもたくさんあった。一度は捨てることになっても、また取り戻そうと思ってるんだろう?」

「・・・。」

「根性論で魔の者が抑えられるだなんて甘いことは思わない。だが、"気"は精神の強さでもある。気の持ち様って意味では的外れでもない。」

「・・・それは、」

「お前は自分の目指すもののために生きようとしてる。諦めるつもりもない。」

「当然だろ!」

「同じことをに聞いたら、なんて答えると思う?」

だって同じ・・・」





同じ考えなのだと、そう言おうと思った。
だけど、三上さんの言葉がひっかかって、言い切ることが出来なかった。

は俺を大切に思ってくれている。だからこそ、俺が傷つくことを恐れ、危険な目にあわせないようにする。
心配をかけないように、無理をして笑う。自分が傷つくことは厭わずに俺を守ろうとするんだ。





「そうだな、同じことを言うとは思う。しかし、心の中では諦めはじめてる。」

「ふざけるなよ!そんなことわからないだろ!?それに諦めかけた俺を元気付けてくれたのだってアイツで・・・
いつだって諦めたくないって、最後まであがくってそう言ってたんだ!」

「言葉と思考は必ずしも一致するわけじゃない。それくらいあいつはボロボロなんだよ。本人も気づいていないくらいに。」

「!!」

「精神力が落ちれば、本来持つ力も落ちる。強力な魔の者を宿してるお前らにとっては致命的だ。」





無理をして笑って。大丈夫だと言いながら、強くあろうとする。
泣き出すこともせず、ただただ、大切な存在を守ろうとする。
誰かが傷つくならば、迷うことなく自分が傷つくことを選択する。

俺はそんな彼女の支えになりたかった。
彼女が疲れたなら、つらくなったのなら、いくらでも弱音を吐き出せるような、涙を流せるような場所でありたかった。
そんな存在でいられるのならば、仲間のままでよかった。彼女にこれ以上の負担を与えたくなかった。
それなのに・・・





「なんつー顔してんだよ。」

「・・・。」

「俺はお前をへこますために、こんな話してるんじゃないんだけど。」

「・・・わかってるよ・・・!だから今、これからどうするかを・・・」

「どうするかなんて決まってる。」

「・・・え・・・?」

「どうしても生きていたいって思わせろ。」

「・・・何・・・」

「絶望的な状況になっても、どんなことをしたって、それでも生きたいって思わせるんだよ。
それ以上に強い願いがあるか。お前だって同じだろ?」

「それは・・・そう、だけど・・・」

「お前は、が好きなんだろ。」

「っ・・・」

「生きて、一緒にいたいと思うだろう?」

「そんなこと、聞かれるまでもねえよ!」





そうだ、悩んでる暇なんてない。
後悔なんていくらだって出来る。落ち込んで、自分を卑下して、何も出来ないなんて絶対に嫌だ。





「けど、強い願い・・・って言ってもな。何から始めるべきなのか・・・」

「将来を夢見る。心残りを増やす。それから・・・置いていけない、いや、いきたくない存在ってところか。」

「・・・。」

「まあ、にとってお前がそういう存在なのは間違いないんだろうけど。それでも、お前ら次第で今以上になることもできるんじゃねえの。」

「・・・っ・・・簡単に言うなよ。それがにとって重荷になるかもしれない。
そもそもは俺のことをそういう対象には見てない・・・ってアンタもわかってんだろ?」

「そこをなんとかすんのが男だろ。」

「ぐ・・・」

「苦労性の真田くんにひとつ教えといてやる。は鈍いわけじゃない。恋愛対象に見ないのは、お前だけじゃない。」

「・・・?」

「あいつも強がってるけど、いろんなことから逃げてるんだよ。」

「・・・どういう意味だ?」

「これ以上は自分で気づくべきだろ?」

「ぐっ・・・わかってるよ!」





捨てなければならないものはないと言っていた
元々なにかに執着するということは少ないのかもしれない。

でも、これからも生きたいと願っているはずなんだ。
つらいことばかりでも、希望は捨てていない。未来を諦めてなんかいない。

負の感情になんて、負けてほしくない。



生きてほしい。



ずっと、一緒にいたいんだ。



















「・・・そういや三上さん。」

「なんだ?」

「三上さんは、渋沢さんと仲いいんだよな?」

「・・・仲がいいかは置いといて、付き合いは長いな。」

「さっきのこと、渋沢さんに言ってないのか?」

「さすがに直接じゃなきゃ言えねえ内容だからな。まだ伝えてない。」

「・・・ふーん。」

「なんだ?」

「いや、渋沢さんものことを心配してるだろうなと思って。」

「・・・なんだ、渋沢の気持ちもバレバレだな。」

「そ、それくらい・・・俺にだってわかる。」

「・・・もしかしてフェアじゃないとか考えてんのか?この期に及んで余計なこと考えてんなよ。」

「そこまでは思ってないけど・・・!仲がいいなら俺に言うより先に、渋沢さんに話してそうだと思っただけだよ!」

「渋沢にだって話すつもりだぜ?正々堂々とを巡って戦えばいいんじゃねえ?」





渋沢さんがに特別な想いを持っていたことは、気づいていた。
少しの間とはいえ、一緒に暮らして世話もしてもらった。
とは家族同然だと言っていたけれど、きっとそれだけじゃなかった。

少し、不安も持っていた。
を一番理解しているのも、安心させてやれるのも、渋沢さんなのかもしれない。

だけど、彼女を想う気持ちは、俺だって同じだから。





「・・・面倒なとこもあるけど、妹みたいなもんだからな。
正直、を生かせるのなら、どっちとくっついたっていい。」

「・・・そういうことかよ。」

に振られて、今度はお前が弱るなんて面倒なことにだけはなるなよ?」

「ならねえよ!・・・多分。」

「おい、最後。自信なさげに付け足すな。」





この人たちは俺たちを生かそうとしてくれている。
魔の者をどうにか引き剥がそうと、日々動いてくれていることも知っている。





「言っておくけど。」

「なんだ?」

「お前もだぞ。」

「?」

だけじゃない。何を支えにしてもいい、二人で生き残れ。」

「!」





この人はいつだってそうだ。

優しい言葉なんてかけそうもないのに。
いつも人をからかって楽しそうにしているくせに。
なんでもない顔をしながら、ポツリと呟く。

その言葉は俺にも、そしてにも、力をくれるんだ。





「さてと、随分長居したな。今日はもう面倒だから泊まってくわ。よし、俺の寝床を準備してこい。」

「ああ、わかっ・・・って、自分でしろよ、それくらい!」





を心配していると言いながら、俺のことも気にかけていると知っている。
普段と変わることなく、いつもどおりでいる三上さんに安心する。
言いにくいことも、隠すことなく、まっすぐに受け止め話してくれることに感謝している。





「渋沢は手強いからな、覚悟しとけよ真田。」

「・・・望むところ。」

「お、めずらしく強気。」





望む未来はいまだ見えてこない。





それでも俺は、俺の出来ることをする。





後悔なんてしないように。





自分の一番の願いが何かなんて、わかりきっているから。










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