「こっちにばかり来てていいの?」 「あ?尾けられるなんて間抜けなことはしねえよ。」 「そういう心配じゃなくて・・・」 一馬たちが外に出かけ、部屋には私と三上の二人になった。 再会してから日を空けずに私たちの元にやってくる三上。 以前は相当忙しくしており、私たちの監視役でありながら、たまにしか顔を出せなかったくらいだったけれど。 「三上がここにいるのは仕事じゃなくて自主的なものでしょう?普段の仕事とあわせて・・・無理してるんじゃないの?」 「言ったろ?暇なんだよ。」 「・・・。」 克朗と三上は私たちをかばったせいで、立場が悪くなっている。 三上は本家から遠ざけられ、以前のように大きな仕事も任されず、雑用に近い面倒ごとばかりを押し付けられている。 克朗は逆に本家から出られず軟禁状態。私たちと三上が合流したことも、まだ知らせることが出来ていない。 「そんな顔してんなよ。俺は都合よかったと思ってるぜ? 馬車馬のようにこき使われなくなったし、割と自由も利くようになった。」 「三上は相変わらずだね。」 「どういう意味だよ。」 「別に、ひとりごと。」 ぶっきらぼうで口が悪くて素直じゃない。 だから、誤解を受けやすいけれど、わかりにくい優しさで私たちを助けてくれる。 私たちが気負うことのないように見せる、自信に満ちた余裕の表情に、懐かしさと安心感を覚えた。 哀しみの華「そうだ、ほら、お前が読みたいって言ってた本。」 「ありがとう。」 「ずっと部屋にこもりっきりってのも退屈だろ。この部屋テレビもねえし。」 「それはまあ、仕方のないことでしょう? それに退屈っていうよりも、自分のことを誰かに任せてるのに、安全なところで大人しくして動けないっていう方がもどかしい。」 「お前はそう思うだろうな、性格的に。けど、行動させるわけにはいかねえぞ。」 「わかってるよ。守ってもらってるのに、そこまで我侭は言わないわ。」 「お、少し大人になったかサン?」 「・・・私だって成長するわよ。意地だけ張っていたって、それに見合う力がなければ迷惑をかけるだけだもの。」 「ぜひそれを忘れないでほしいね。俺のためにも。」 「・・・なんで三上のため?」 「お前を見つけておいて、危険な目にあわせたなんて言ったら、松下さんや渋沢になにされるかわかったもんじゃねえよ。」 「三上って他ではかっこつけのくせに、二人に関しては割と弱いよね。」 「俺も自分が大事ですから。」 「なにそれ。」 三上と一緒にいるときは、今起こっている状況以外に、昔の話になることが多い。 昔からの知り合いだから当然の流れではあるけれど、しばらく会っていない松下さんや克朗の話が聞けるのは嬉しかった。 ただ、二人とも今は油断の出来ない状態。必ずしも明るく話せるような話題ではなかったけれど。 「お前、本当理解してねえよな。渋沢にお前のことを連絡したら、すっ飛んでくるぞ。」 「そりゃ私だって会いたいけど・・・。でもまだ連絡は取れないんでしょう?」 「俺のマークはだいぶあまくなったけど、渋沢側がな。あいつはまさに敵の本拠地にいるわけだから。」 「・・・大丈夫なの?」 「あいつはお前が思ってるほど弱くねえよ。松下家の実権を握ってる榊さんと対等にやりあってるんだぜ?」 「・・・うん。」 「松下さんの代わりに上に立って、人を率いて、どんどん仲間を増やして、榊さんに決められた命令も覆しはじめてる。 あの温厚な男がここまでやるとは思ってなかったぜ、俺は。」 「・・・。」 「それが誰のためか、わかるだろ。」 私たちがいなくなった後の克朗を思った。 松下さんに引き取られて、しばらくあの家に住んでいた私は知っている。 多くの退魔師を率い続けている家系。その中には優しさも厳しさも、そして冷たさもあった。 伝統としきたりを重んじながらも、大きな組織の上に立とうとする人も後を絶たなかった。 水面下でたくさんの権力争いがあったことも知っている。同じ組織内でも、信用できる人間は限られていた。 「ずっと、謝りたかったんだ。今回のことは俺たちの責任だ。」 「・・・見つける。必ず、元に戻れる方法を・・・!!」 「・・・ちゃんと、守ってやりたかった。」 そんな中で穏やかで争いを好まなかった克朗が、榊さんと対等になれるまでにどれほどの苦労をしたのだろう。どんなに苦しい想いをしたのだろう。 松下さんもおらず、頼れる人も、信用できる人も多くなかっただろう。それでも。 「はやく、克朗に会いたいな。」 「・・・ああ。」 「ありがとうって言いたい。」 「そんなこと言ったら、あいつの返事は想像できるな。」 「『礼なんていらない。当然のことをしただけだ』?」 「ははっ、わかってんじゃねえか。」 「子供のときから一緒にいたからね。」 自分の体がどうなるかはわからない。松下家から追われていることも変わらない。 だけど、私たちを守ろうとしてくれる人がいる。大切で、かけがえのない存在。そう思うだけで、心が穏やかになる。 「子供のときから、ね。」 「?」 「、お前ってさ・・・」 「なに?」 「・・・いや・・・。そういえばお前、真田とは何もねえの?」 「何もって?」 「俺だって心配してなくはないんだぜ。お前と真田を同じ部屋で二人きりにさせておくこと。」 「・・・そういう心配?別に何もないよ、今更。」 なにか話題を逸らされたような気もするけれど、特に気にすることもなく、そのまま三上の質問に答える。 確かに同い年の男女が同じ部屋でずっと過ごすといえば、何か起こると考えることもおかしくはない。 「状況の変化が激しすぎて、そういうの、考えられなかったもの。」 皆がいた頃は一緒に暮らしていたとはいえ、部屋が別れていたし、自分のことに精一杯で、男女で暮らすことについて考えている余裕はなかった。 そうしていつしか、4人で暮らすことが当たり前になった。 性格も考え方も生き方も違う私たちは、家族でもなく、友達でも、恋人でもない。同じ運命を歩む"仲間"になった。 「・・・それなら、ちゃんと考えたらどうなる?」 「・・・どうしてそんなこと聞くの?」 「興味本位。」 「大切な仲間であることに変わりはない。」 「ふーん。真田も同じ?」 「聞いたことはないけど、同じだと思う。」 私は一馬が大切で、一緒にいて居心地もいいと思ってる。 仲間であることを抜きにしても、彼の人間性が好きだ。 一緒にいて、お互いを支えあえる。大切だと思える。それだけでいい。 「お前って昔からそういうところあるよな。」 「え?」 「ガキじゃねえんだし、考えを強制するつもりも否定するつもりもないけど。家族だから、仲間だから、なんてのは、ただの建前に聞こえる。」 「・・・何が言いたいの?」 「余裕が無いのはわかってる。強制する気もない。だけど、お前は本当にそう思ってるか?無意識に諦めてることも、抑えてるものもあるんじゃねえの?」 「・・・なにを・・・」 ピリリリリ 言葉の意味を問おうと声をかけたところで、三上の携帯電話が鳴る。 どうやら仕事関係の連絡のようだ。少し話し、何か指示をしてから電話を切った。 「悪い、仕事の電話。」 「うん。大丈夫なの?」 「ああ、大丈夫。」 「・・・三上、」 電話の音で会話は途切れた。 先ほどの言葉の意味を聞こうとしたけれど、わざわざ蒸し返すような話でもないだろうと言葉を止めた。 「何でもない。お茶淹れるけど飲む?」 「・・・ああ。」 三上がいつもとは違う、複雑な表情を浮かべていることには気づいていた。 けれど私は、それに気づかないフリをしたまま、何事もなかったかのようにキッチンへ向かった。 TOP NEXT |