英士と結人、そして三上さんと再会し、数日が経った。 身を隠す意味はもちろんのこと、が未だ本調子ではないこともあって、その数日間は英士が用意してくれた店にこもっている。 店に備え付けてあるキッチンやトイレ、奥の部屋には仮眠室やユニットバスがあり、最低限の生活はできる。 経営が終了している店から光熱費がかかることで、ここで生活していることがわかってしまうとも思ったけれど、 英士の父親の性格上、今夢中である事業から気がそれない限りは心配いらないという。 ただ、俺としてはひとつ問題があったりする。 「油断はできねえが、そんなに神経質になる必要もない。」 あれから毎日、俺たちの様子を見にやってくる三上さんが、けだるそうにソファに寄りかかりながら言う。 「見つかったらまずいんだろ。」 「それはそうだが、お前ら二人が一所にずっといるのも危険ではある。力を抑えているとはいえ、"気"が特殊なのは確かだからな。 この場所は人気がないメリットがあるが、人ごみにまぎれこめないという点ではデメリットだ。」 「・・・。」 「そもそも今まで逃亡生活を続けてたんだし、身を隠すって言っても今更な話だ。今までだって個々が自由に行動してたんだろ?」 三上さんの視線が、主に俺に向いているのは気のせいではないだろう。 「はまだ安静にするとして、真田、たまには外の空気吸ってくれば? ただし人の多い場所、それから逃げ道の確保が出来る場所だ。」 「え・・・」 「ここには俺がいるし。ちょうどお友達もきたし?」 「よーっす一馬!ちゃん!」 「なに間抜けな顔してるの一馬。」 「一応帽子くらいはかぶれよ。何かあればすぐ連絡しろ。」 俺の返事を待たず、ひらひらと手を振って。 特に疑問を持つことなく、三上さんと同じようにもにこやかに俺を見送る。 何も言えなくなった俺は、英士と結人を連れて外に出た。 哀しみの華「一馬、外に出てもよくなったんだなー。」 「いいっていうか・・・」 あの場所で身を隠すと決めてから、初めて外に出た。 ここに来たときには余裕がなくて、周りを気にしてなんていられなかったが、なるほど、確かに人気は少ない。 夜になれば一転してにぎやかになりそうな煌びやかな外観。こんなことにでもならなければ、自分には縁のない場所だったように思える。 「へー、人ごみの中にまぎれてた方がいいんだ。ま、気分転換にもなるだろうし一石二鳥?」 「それでどこに行くの?一馬、行きたい場所ある?」 「遊ぶなら付き合うぜ!」 「いや、あまり目立つことはできないし、足りないものの買出しに行こうかと・・・」 「いつからそんな所帯じみた奴に!」 「う、うるせえな!」 特に行くあてを決めたわけではなく、どうしようかと悩んだ末、買出しを選択することにした。 あまり遠出は出来ないし、二人と一緒にいるのなら、なおさら危なくなるような場所には行けないし、行動もできない。 この二人は力を持たないただの一般人だから、松下家でどうこうできないと三上さんは言ったけれど、心配なものは心配なのだ。 「ていうか今、三上さんとちゃん二人きりじゃん!いいのかよ、一馬!?」 「へ?」 「あのエロそうな人と!弱ったちゃんが薄暗い小部屋に二人きりとか心配じゃねえの!?」 「ああ、確かに。」 「え・・・あ、いや、いやいや、今それどころじゃねえし、三上さんだってそこまで非常識じゃねえだろ・・・!」 「間があいたな。」 「あいたね。」 「信用ねえな、三上さん。かわいそうに。」 「そうだね。別にかわいそうではないけど。」 「おっ・・・お前ら・・・」 つい考えてしまったけれど、あの二人に限って、それはないだろう。・・・おそらく、としか言えないけれど。 確かに三上さんは女慣れしてそうだけど、に対しては・・・親愛って感情の方があっている気がする。 にとって三上さんは家族で、三上さんにとっても同じような存在なのだろう。 それに、そういうことを考えるのなら、三上さんよりも・・・ 「まあその心配よりも、自分の心配の方が大きかったってことでしょ。」 「!」 「え?どういうこと?」 「仮眠室は部屋、分かれてないからね。別部屋のソファに寝ようとしても、彼女が気にするだろうし。」 「おい英士・・・」 「ん?んん?」 「今更隠す必要あるの?」 「・・・あーそっか!好きなのか!ちゃんいい子だもんな!!」 「とっとと付き合って好きなことすればいいのに。」 「ちょっと待てお前ら!勝手に話を進めんな!!」 突然の英士の発言に、動揺して思わず声を荒げた。 そう、三上さんも、俺がと二人きりの部屋にいることで、疲れが増していっていることに気づいていたってことだ。 だからあんな顔をして、からかうように俺を送り出した。本人はおそらくただの気分転換だと思っているだろうけれど。 「好きとかじゃなくたって・・・女と四六時中二人きりなんて、その、緊張すんだろ・・・?」 「俺はしなーい!」 「結人はそのまま押し倒す前提でしょ。一馬はそういうことできないんだから。」 「純粋無垢な結人くんになんてこと言うんだ! ・・・でも、同じ部屋にいて何も出来ないってのはストレスたまるよなあ。俺たち男の子だもんな!」 「今までずっと一緒に行動してきたのに、なんともなかったの?」 「今までは・・・部屋も分かれてたし、仲間もいたから・・・寝るときまで二人きりなんてことなかったんだよ。」 彼女とは長い時間を過ごしてきたし、今更緊張なんて、とは思う。 もちろん、一緒にいることが嫌なわけじゃないし、居心地だって悪くない。 ただ、俺に対してまったく警戒なく、無防備に眠る彼女を前にすると、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかと複雑な気持ちになる。 「一馬、お前・・・変わってないなあ。」 「・・・なんかひっかかるんだけど、その言い方。」 「でも、今のままじゃ一馬が疲れていくだけじゃない?限界に達してさんを襲う前に言えば?」 「襲わねえし、言うってなにを・・・」 「さんが好きってこと。」 「だから好きとか、そういう・・・」 「好きじゃないの?」 「っ・・・」 英士が確信を持ったように、まっすぐに俺の顔を見るから、思わず言葉につまる。 隠す必要はないし、隠そうと思ってたわけでもない。もう俺自身だって気づいてる。 「・・・好きだよ。」 ただ、それを言葉にしていいのか、迷っていただけ。 「うわー!いいじゃんいいじゃん、ちゃんだって一馬のこと大事って感じだったもんな!」 「・・・その割には浮かない顔だね。なにを迷ってるの?」 「迷ってるわけじゃない。ただ・・・」 いつからこの気持ちが芽生え、それを自覚するようになったのか。 明確なきっかけなど、なかったように思う。ただ、あまりにも自然に、当然のように。 彼女と話す時間も、一緒に過ごしているその空間さえ、大切な愛しいものになった。 最初は尊敬と憧れ。 絶望的な状況でもまっすぐに前を見ていられる強い人間。それでいて、誰かを気遣うことだって出来て。 対して俺は情けないところばかりを見せて、心配ばかりかけて、彼女の強さに頼るばかりだった。 「誰かを思って必死になることは、格好悪いことなんかじゃないでしょ?」 「そう、よかった。じゃあ来た意味あったね。」 「・・・うん。それじゃあ、行こう!」 けれど、いつしか俺は、彼女が強いだけの人間ではないと知る。 佐藤にも、笠井にも、俺にだって、弱いところを見せようとしなかった。 弱音だって、泣くことすら、佐藤がいなくなったあの時以来、見たこともない。 それは彼女自身の性格によるものだったのだろうけれど。 それでも、 「・・・泣いてるのか・・・?」 「代わりに泣かせるなんて・・・最後まで・・・ずるいんだからさ・・・。」 俺は、守りたいと思った。 助けたいと、支えになりたいと、強く願うようになった。 「思うだけじゃ叶わないって・・・知ってたのに・・・結局何もできなかった。」 何度も何度も、必死で涙をこらえていたことを知っていた。 「私も、何一つ忘れない。」 本当は、泣いてほしかった。 「私、皆に会えてよかった。」 震える彼女を抱きしめたかったんだ。 「が俺を大事に思ってることは知ってる。だけど、俺と同じ気持ちでは、ない。」 「な、なんでそんなことわかるんだよ・・・?」 「わかるよ。どれだけ一緒にいたと思ってる?」 「・・・。」 ずっと、一緒にいた。 ずっと、彼女を見てきた。 だから、この気持ちを伝えても、戸惑うだけなんだって知ってる。 を想っていた、佐藤のことが脳裏を過ぎらないわけじゃない。 だけど、それ以上に、 「が望んでるのは、"仲間"なんだ。」 友達でも、恋人でも、家族でもない。 今はもうこの世の中に、たった二人しか存在しない同類であり仲間。 片方がいなくなったのなら、残るは自分ひとりだけ。 決して切れることのない信頼と絆。 けれど、その繋がりが大きすぎて、彼女の中でそれ以外のものになりえない。 「いいんだ。大切なことにはかわりないから。」 この先関係が変わらなくても。 俺の気持ちを知ることがなくても。 彼女が望むなら、それ以上の関係を望むことはない。 TOP NEXT |