「・・・お前ら、空気読んで席外すとかできねえの?」

「この場所、俺の家のものなんだけど。」

「今更部外者になるなんて嫌に決まってんじゃん!」

「・・・はあ。事態は大体把握してたんだっけ?ったく、なんで情報がこんなに漏れてんだか。」

「俺たちをあまく見てもらったら困るね。」

「英士の親の力とかな!」

「結人、余計なこと言わない。」





答えなどわかっていたかのように肩を落とし、三上は面倒そうに頭をかいた。
二人とも、私たち以上の情報を持っているかのような口ぶりだ。どうやってそれを得たのかはわからないけれど。





「・・・って、言ってるけどどうする?俺はともかく、お前らは聞かれたくない話もあるだろ。」





三上に問われて、私は一馬と顔を見合わせる。
先ほどまでならば、間違いなく頷いていただろう問いだったけれど。
一馬は複雑そうな表情を浮かべ、言葉を見つけられないでいるようだった。





「・・・推測だけで自分勝手な行動をとられるよりはいい。話して、三上。」





三上は呆れたようにため息をつき、私の言葉に頷きを返した。












哀しみの華














「隠しても仕方ねえから、そのまま全部話すぞ。」

「そうして。気を遣われて遠まわしに言われても混乱するだけだから。」






シゲがいなくなったあの日から、私たちは松下家とそれに関わる動向をほとんど知らない。
西園寺グループ・・・翼たちと知り合ってからは、ほんの少し、触り程度の情報なら教えてもらっていたくらいだ。
けれど、出来たばかりの小さな退魔師グループが大手のそれから得られる情報は少ない。
それに、松下家と繋がりがあったのだとしたら、私たちに伝えられた情報が誤っていたものだとも考えられる。





「お前らがいなくなった後、松下さんは意識不明になって病院に運ばれた。今も目は覚ましていない。
そこで松下家の実権を握ることになったのが、榊さんだ。覚えてるよな?」

「松下家当主の・・・側近、だよな?」

「そう。お前らをずっと保護するように働きかけていた松下さんが動けなくなり、榊さんはお前らの排除命令を決めた。
お前らを探し出し、必ず松下家の手で処理をするってな。
膨大な力のある魔の者を取り逃がした原因ごと、無くそうとしたんだ。」

「・・・。」

「もちろん反対派もいた。
その筆頭に立った渋沢は、お前らを匿い、任務に支障をきたしたっていう名目で本家に軟禁状態だ。
俺は逆に本家と関わりのないところに飛ばされた。渋沢と共謀しないように牽制されて、連絡もあまり取れてない。」





克朗も三上も、ずっと私たちを守ろうとしてくれていた。
それなのに勝手に動いて、彼らに迷惑をかけたのは私たちだ。
予想をしていなかったわけじゃない。けれど、改めて聞かされると自責の念が大きくなるばかりだった。





「ただ、渋沢が本家にいることが悪い方向に働いたわけじゃない。あいつはあいつで、榊さんに対抗しようと動いた。
その結果、お前らの排除命令が緩和され、排除ではなく保護として変わりはじめた。」

「保護・・・?」

「榊さんよりも渋沢の方が人を集めるのに向いてる。松下さんの一番弟子って立場でもあったしな。
だけど、それを見越して榊さんも水面下で動いていた。」

「・・・それって・・・」

「ああ、おそらく榊さんはお前らの居場所を掴んでいた。そして、松下家のミスから生まれた、お前らの存在を消してしまいたかった。
しかし、それには松下・渋沢派からの反発が大きくなり、自分の立場も危うくなる。だから、」

「須釜・・・と、西園寺グループ・・・」

「そうだ。松下家の名前がわからないように、いくつもの情報屋を介して情報操作をした。
その結果、お前らにたどり着いたのが須釜と西園寺グループ。」





須釜が残していった言葉の意味も、玲さんが翼へ伝えたことも、全部本当だったんだ。
不確定だった情報が、ようやく線でつながっていく。





「須釜は松下家で修行を積んだこともある。その頃から得体の知れない奴だったぜ。
後から知ったことだが・・・お前に執着してたんだって?」

「・・・。」

「奴はを見つけて手に入れるためなら手段は選ばない。そしてお前らは確実にそれに抵抗するだろう。
おそらくお互い無傷では済まない。そこに西園寺グループを入れ、一網打尽にしようとした。
すべては松下家の関わりのない、他グループやお前らだけで起こった問題。松下家で決められたルールなんて関係ない。」

「な、んだよそれ!!もう大人しく聞いてらんねえ!そんな卑怯な奴引き摺り下ろせよ!!」

「・・・結人。」

「なんなんだよ!一馬やちゃんがこんな風に逃げてるのだって元はといえばそいつらが原因なんだろ!?
そうやってこそこそ証拠だけ消すような真似して追い詰めて・・・!許せねえよ!!」

「結人!」

「だって英士・・・!一馬たちもなにか・・・」





結人くんのように、怒って、叫ぶことが、当然の反応だったのだろう。
けれど私たちはただ茫然として、言葉なんて出てこなくて。
怒りがなかったわけじゃない。理不尽だと思わなかったわけでもない。
その出来事だけを情報として取り入れて、それ以上の感情をどう表せばいいのかわからなかったのだ。





「西園寺グループは・・・どうして?」

「それは俺もよく知らねえが・・・榊さんと西園寺グループの上層部が旧知の仲だったからかもしれない。」

「・・・そう・・・。」





翼も黒川くんも藤代くんも、私たちは今でも信頼しているし、彼らも利用されたのだとわかっている。
玲さんも、あの笑顔が嘘だとは思いたくない。けれど、他人を今までよりももっと信じられなくなったのは事実で。
何を信じて、何を疑えばいいのか、わからなくなった。





「それなら、」

「何だ?」

「それなら、二人が松下家に自分から出向けば、保護されるってこと?
今までみたいに逃げ回らなくても良くなるってことじゃないの?」

「・・・いや、」

「?」

「二人は間違いなく本家預かりになるはずだ。渋沢がいたとしても・・・まだ榊さんの勢力には叶わない。
たとえば少しでも魔の者が出てくる危険があれば、それを言い訳に最悪の結果になりかねない。
お前ら、今までそういう前兆が出たことはあったか?」

「・・・私は、ない。一馬も・・・だよね?」

「ああ。」

「・・・笠井はどうだった?」

「・・・竹巳は・・・」

「笠井は、前兆があった。おそらく・・・それが理由で須釜につけこまれたんだ。」

「・・・そうか・・・。」





竹巳のことも、三上はもう知っているのだろう。
目を伏せて少しの間をおいて。その表情は見えなかったけれど、再び顔を上げた三上の瞳は迷いなどなかった。
おそらく自分が迷えば、私たちも迷ってしまうことを知っていたから。





「松下さんが目を覚ませば、勢力を増やしつつあるこちらが有利だ。渋沢は中でずっと動いてる。」

「・・・。」

「お前らを助けたい。だから、もう少しだけ・・・待てるか?」





だから私たちも、それに答える。





「うん。」

「ああ。」





私たちの言葉に、三上がほっとしたように目を細めた。
普段わかりづらく素直じゃないこともあって、彼のこんな顔を見たのは久しぶりだ。





「身を隠すのは・・・しばらくここでいいか。俺へのマークも薄くなってるとはいえ、なるべく関わりのないところのほうが都合がいい。
お前らも絶対口外すんじゃねえぞ。」

「当然だろ!」

「自分こそマークされてるなら、尾けられてこの場所がばれるなんて間抜けなことしないでよ。」

「ったく、相変わらず生意気な奴らだぜ。」





張り詰めていた緊張感が解け、自然と笑みが浮かぶ。





「で、お前らは学校さぼらず行けよ。しばらくは俺がいるから。」

「は?学校どころじゃないだろ!?ていうか三上さんだって・・・」

「まあ俺は暇人ですから?」

「それなら俺だって、」

「・・・真田くーん。このわからずやに一言。」

「え?俺?!・・・あっと・・・俺、お前らの生活壊してまで助けてほしくは・・・ないぞ?」

「・・・う・・・」

サン、もう一声。」

「そんなことされたら、こっちが気を遣っちゃってゆっくり休めないよ。」

「・・・うう!」

「・・・最低限は行くようにするよ。確かに俺らに一日中居られても困るだろうし。」

「そうそう、わかったか若菜?」

「もー、わかったよちくしょう!」






絶望を感じては、小さな希望を持ち、またそれを打ち砕かれて。
何度も繰り返しては、心が引きちぎられそうになった。



それでも、たとえ小さな光であっても、たくさんの人たちに支えられて、ここに立っていられる。



大丈夫、私たちはまだ前を向いていける。







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