自分のことに触れられるのは苦手だった。
成長していく中で、友達が話す生い立ちと、自分のものはかけ離れているのだと知った。
自然と過去の話題を避けるようになっていた。

過去を思い出して苦痛を感じることはなかった。そんな時期はとうに過ぎた。
ただ、その話をして、無闇やたらに触れられること、安易な同情を受けることが嫌だった。





「楽しい話じゃないけど、聞く?」





なのに、一馬の問いに驚くほど自然に言葉が飛び出て、何も気負うこともなく話を始めていた。



だから、何かを期待していたわけじゃなかった。





「今の、お前の居場所は?」





多くの言葉があったわけじゃない。ほんの、一言。





「そこで無いだなんて言ったら、俺怒るぞ。たぶん、笠井も佐藤も。」





張り詰めていた心が溶かされていくように、すっと軽くなった。
ガチガチに固まっていた部分が、温かさに包まれるように。





嬉しかった。





本当に嬉しかったよ。














哀しみの華

















「使い方なら教えたことあんだろ?覚えわりいなー。」

「こ、こっちは別のことに必死だったんだよ!大体向き不向きがあるって言ったのもそっちだろ!」





ふと気づいて聞こえた、懐かしい声。
そういえば彼は昔から、ああやって誰にでも食ってかかっていたっけ。
要領がよさそうに見えて、おかしなところで不器用で、クールに見えて意外と熱くて、時折見せる優しさもわかりづらかった。

4人で生活を始めたときから、話す機会が格段に増え、会うたびにシゲや竹巳と言い合ってたな。
それになぜか一馬も巻き込まれて、二人で反論して、墓穴を掘ってさらにからかわれて。

懐かしい夢を見ていると無意識に感じながら、ゆっくりと目を開けた。けれど、彼らの言葉はそれでも途絶えることはない。





「まあお前、綿密な力のコントロールとか向いてなさそうだもんな。」

「なっ・・・」

「その点俺は何でも出来る。俺を頼ったのは正解だったな。」

「左遷されて暇だもんな。」

「何でも出来るっていうか、器用貧乏っぽいよね。」

「ああ?!お前ら・・・って、!目、覚めたか?」





いまだ夢でも見ているのかと思った。
一馬はともかく、何で三上がここに?それに、隣に並んでいるのは確か、昔に見た一馬の友達だ。
それにこの場所は一体どこ?私は一馬と一緒に公園にいたはず・・・





っ「どうも!俺、若菜結人って・・・」」

「っ・・・」






差し出された手を思わず振り払ってしまった。
状況が理解できない。一体何がどうなっているの?





「やめなよ結人。彼女も混乱してる。」

「あ、ごめん・・・!」

「おい真田。説明してやれ。今俺がここにいることも現実味ねえんだろうし。」

「わかってる!、大丈夫か?調子がおかしいところとか・・・」

「一馬・・・。」





混乱する私に、一馬がゆっくりと、順を追って状況を説明する。
あの公園で私が倒れたこと、その後に一馬の友達、結人くんと英士くんに助けてもらったこと。
そして、既に二人と繋がりを持っていた三上を呼びだし、少し前に彼がここへやってきたこと。





「さっき三上さんに看てもらった。お前が倒れた原因は過度の疲労だって。
だから安心しろ・・・っていうのもおかしいか。」

「そっか・・・心配かけてごめん。」

「しばらくこの場所借りれることになったから、ゆっくり休めよ。な?」

「でも・・・」

「気にしないでいいよ。どうせ元からほったらかしだった場所なんだし。
それとも・・・俺たちのことが信用できない?」





いくら一馬の友達とはいえ、私とはまったく関係のなかった人たちだ。
心から信用できるかと聞かれたら、頷くことはできないけれど。





「・・・ううん。ありがとう。」

「割とあっさりだね?」

「私個人としては突然信用なんて出来ないけど・・・一馬の親友で、三上とも繋がりがあるんでしょう?
この気難しい二人と打ち解けられるんだから、悪い人たちではないんだろうなって。」

「誰が気難しいんだよ誰が!」

「俺らのことどう思ってんだよお前・・・」

「はは!違いない!」

「なるほどね。」





そもそも親友というだけで、ここまで調べ上げていた彼らに驚いたくらいだ。
過去に何も残さないように、そして近しい人たちの未来に影響がないようにと、一馬は存在すら無くしたというのに。
それでも一馬が生きていることを信じ続けてきた彼らを疑う気にはなれない。





「だけど、それ以上は望まない。」

「え?」

「少しの間この部屋を貸してくれるだけでいい。これ以上、こちらの世界に踏み込んでこないでほしい。」

「・・・。」

「私たちの体のこともあるし、それに、力の無い人が傍にいても、私たちにはそれを助けられる余裕も保障もない。」

「・・・。」

「せっかく一馬に会えたのに・・・勝手なことを言ってごめんね。」





長い時間をかけて探してきた親友を見つけたのに、彼らにはあまりに不条理な言葉だろう。
嫌われるのも怒られるのも、ここを追い出されても仕方がない。





「一馬と同じこと言うんだな。」

「・・・え?」

「こんなにボロボロなのに、他人の方が優先なんだな・・・。」

「結人くん?」

「どうしよう!抱きしめていいですか!」

「待てー!!駄目に決まってんだろ結人!!」

「な、なに・・・?なんなの・・・?」

「一馬にも同じようなこと言われたよ。だけど、俺たちはこう答えた。」

「・・・?」

「今までだって勝手に一馬を探してた。だからこれからも勝手に動く。
俺たちが君らに関わろうと、逃げる選択をしようと、それは俺たちの自由。」





巻き込んでしまうことは、彼らにとってマイナスにしかならない。
下手すれば命の危険すら伴うかもしれないのに。なのに、あまりにもまっすぐな瞳に、伝えるべき言葉が見つからない。





「無茶はしないし、それにまあ、いざとなれば、優秀な退魔師サマが助けてくれるんじゃない?」

「あ?それは誰だ、俺のことか?」

「あれ?優秀は余計だった?」

「そこじゃねえよ!勝手に突っ走った奴らを助けてやるほど暇じゃねえんだよ俺は。」

「暇でしょ。あまり仕事ないって言ってたくせに。」

「うるせえな!それとこれとは話が別なんだよ!」





言い合いというのか、じゃれあいというのか、にぎやかな空間で一人唖然としていると、三上がこちらを見て、私の頭に軽く手を置いた。複雑そうに小さな笑みを浮かべる。





「お前は自分のことだけ考えてればいい。」

「みか・・・」

「気張りすぎだ、バーカ。」





たくさんの人に迷惑をかけて、心配をかけて、それを何も返せなくて。
反省も後悔もたくさんある。大切な人たちを守るために、もっともっと頑張らなくちゃいけないのだと思っていたのに。
いつもみたいに、憎まれ口をたたいてくれればいいのに、突然そんな言葉は反則だ。





「お前もだ、真田。」

「っ・・・」

「頼るのが自分たちしかいないなんて思うな。状況は変わってる。」





私の頭から手を離し、目の前にあったソファに乱暴に座ると、小さく息を吐く。
そして顔をあげ、私たちをしっかりと見つめた。





「今の松下家の状況、そしてこれからのことを話す。」





先ほどとは対照的に、張り詰めた空気が流れた。誰も言葉は発せず、息を飲む音が聞こえる。
そんな私たちを見渡して、三上は静かにゆっくりと口を開いた。






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