結人に連れられるまま、向かったのは見慣れぬ建物の一室。
カウンターと酒棚、いくつかのテーブルや椅子が並んではいるものの、そこには誰もいない。
結人が奥にある扉をノックし、声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。





「・・・。」

「英士・・・」





ずっと会いたかった、もう一人の親友。
けれど、先ほどの結人とは対照的に、表情は何も変わらぬままだった。





「入りなよ。」

「おう!はやく来いよ一馬。彼女、休ませるんだろ?」

「あ、ああ・・・。」





指し示されたベッドにを寝かせ、緊張したまま彼らを見る。
英士はしばらく何も言わずに俺たちを見ていたが、やがて小さなため息をもらし、口を開いた。





「・・・なにびくついてるの?」

「びくつくって・・・だ、だって、俺・・・お前らをずっと・・・」

「騙してた?」

「っ・・・」

「余計な気を遣ってるならやめなよ。そんなこともわからない?」

「えい・・・」

「変わってないね、一馬。」





そう言って穏やかに笑みを浮かべた。その横では結人が嬉しそうに顔を綻ばせる。
久しぶりに会った親友たちは、何も変わることなく、俺を受け入れてくれた。













哀しみの華














「ここ、どこだ?」

「俺の父親の店だよ。始めたはいいけど経営が苦しくなって、もうやってないけどね。」

「ああ、英士の父親っていろんな事業やってたっけ。」

「そう。新しい事業展開に忙しいから、この店もほったらかしなんだ。
普段誰も来ないし、身を隠すには最適なんじゃない?」





何も言わず、突然姿を消し、そして死んだことになっていた俺に、英士も結人も何も聞いてこなかった。
彼らを騙していたことを怒られ責められ、事情を問い詰められたって仕方ないと思っていたのに。
そして俺たちが身を隠したいということも理解しているような言葉。





「俺たちが何もしないで待ってるなんて、汐らしいことしてるわけないだろ?」





結人にしたってそうだ。俺はまだ何の事情も説明していない。
俺のことを気遣って、何も聞かないでいてくれるとも考えられるけれど。





「協力してくれて・・・ありがとな。本当に助かった。でも・・・」

「・・・。」

が目を覚まして落ち着いたら、ここを出て行くよ。」

「それは俺らに迷惑がかかるから?」

「それもあるけど・・・違うんだ。俺はもう普通の人間じゃない。お前らと一緒にはいられないんだよ。」





こんなことを言っても、すぐには信じてもらえないとわかっていた。
実際に目にしなければ、自分の身に起こらなければ、信じようの無い出来事だ。





「魔の者だっけ?」

「!?」





英士の口からポツリと呟かれた一言に、思わず大きく反応する。
なぜ英士からそんな言葉が出てくる?





「人ならざるもの・・・一般人には見えない妖怪や幽霊の類。それが体に入り込み同化した。
見た目には変わらなくても、人間ではありえない身体能力と自己治癒力を持つようになった。
しかし同時に魔の者としての食事・・・生気も喰わなければ生きていけない。」

「なっ・・・お前・・・それ・・・!」

「入り込まれた魔の者の力は大きく、いつ体を支配されるかもわからない。
完全な魔の者となれば、なんの理性も躊躇もなく、他人を襲い生気を喰らい尽くす化け物となる。」





疑う様子も見せず、すらすらと並べられた言葉に、思わず拍子抜けする。
何か文献でも調べたのか?いや、それだけならば、俺たちが魔の者に入り込まれた事実を知っているのはおかしい。
そもそもそれを調べるに至った理由だってわからない。





「・・・最初は信じる気、なかったけどね。」

「なんでだよ・・・!なんでお前がっ・・・」

「一馬、さっき俺言っただろ?俺らが何もしないで待ってるわけないって。」

「調べたのか・・・?どうやって・・・」

「どうやってもなにも、大変だったんだかんな!一馬の様子がおかしくなったって気づいた辺りのこと思い出して、
その周辺から地道に足取り辿っていってさ!お前がいなくなった旅行先にも行ったし。」

「いなくなったフリをしても、情報なんてそこかしこに落っこちてるんだよ。まあ少し・・・親父の力を使ったりもしたけど。」

「あのとき、俺らに声をかけたのも一馬だったんだろ?」





「こんなに心配ばっかさせやがって!絶対帰ってこいよな一馬ーーー!!」

「・・・こんなところで一人で叫ばないでよ結人。」



「ありがとなっ・・・!!」





あのとき・・・と一緒に最後に二人の姿を見に行ったときだろう。
二人の言葉が嬉しくて、思わずかけてしまった言葉。
俺たちはすぐにそこから走り去って、姿だって見せていない。
それでも二人はずっと・・・ずっと俺を探してくれていたっていうのか?





「一馬の死はあまりにも不自然だったし、せめて自分が納得いくまで調べようと思った。」

「正直、途中で諦めかけたりもしたよなー。」

「ああ、結人だけね。」

「ええ!?なんだよそれ!!」

「まあ手がかりも尽きた頃に、便利屋って名乗る男に会ったんだ。」

「・・・便利屋・・・?」

「須釜って知ってる?」

「!!」





そこでまさか奴の名前が出てくるとは思っていなかった。
思い出すだけでも憎しみや、苦しさに襲われる。の意識がない状況だったのは、不幸中の幸いだ。





「須釜は一人の女の子を探してた。そしてもう一人、実際会ってはいないけど、幼馴染を探してる子もいるって言ってたな。
その二人は一馬がいなくなった時期や様子、状況が近かった。」

「魔の者の話を聞いたのも、須釜からだよ。松下家っていう大きな退魔師の家が関わってるっていうのも。」

「あいつ・・・!英士や結人にまで・・・!」





なぜ、と思ったけれど、考えてみればありえないことではない。
須釜はおそらく、俺たちに近しい人間を利用して追い詰め、を手に入れるつもりだったんだ。
自身の近しい人間が松下家という大きな組織となれば、矛先は俺か笠井になる。





「胡散臭かったけど、他に手がかりもなかったし、話を聞くことにしたんだ。まあ、途中でいなくなったんだけどね。」

「事務所ごと消えてるとか本当ありえねえよ。やっぱり俺ら騙されたんだろうなって。」





つまり、須釜はその時点で俺や俺の親友ではなく、笠井とを利用することを決めたんだ。
その後英士や結人が混乱しようとも、きっとどうでもよかった。だから特にフォローすることもなく姿を消した。
もしかしたら俺だって、笠井と同じことになっていたのかもしれない。
魔の者に乗っ取られそうになり、大切な人を傷つけて、だけどそれ以上傷つけたくなくて、苦しみ続けて・・・





「・・・一馬?」

「おい、一馬!大丈夫か?」

「だい、じょうぶ。話、続けてくれ。」

「・・・これ以上はやめとくか?一馬も疲れてるんだろ?ここは俺らが見張ってるから安心して休めよ。な?」

「いや、いい。が目を覚ますまでは眠る気はない。」

「なんで・・・」

「目を覚ましたときに、どんな状態かわからないから。俺の仲間の一人は、我を忘れて俺たちを襲った。」

「!」

「嘘じゃないんだ。本当なんだよ・・・!だから俺はお前らに・・・」

「・・・彼女を看れる人間は?」

「・・・いない。病院には行けないし、少し・・・そういう知識がある奴はいたけど・・・もう、いないから。」





悔しい。情けない。俺はもっと冷静でいなければ、強くなければならないのに。
二人に会って安心したのは確かだ。だけど、気を抜いている場合じゃないんだ。
は眠った状態のまま。突然倒れて、これから何が起きるかもわからない。
俺は彼女を守ると決めた。動揺して、不安になっていてどうする。



わかっているのに。



不安は押し寄せる。体が震える。



が目を覚まして、俺のことをわからなかったら?
魔の者に体を乗っ取られていたら?そんな考えばかりが頭を過ぎる。





「それなら、看れる人間を呼ぼう。」

「なに言って・・・」

「一馬、さっきの話の続き。
俺たちは須釜と会って、いろんな情報を得た。それから出会った人間もいる。」

「・・・だからなんだよ・・・!少し実力があったって、能力者はきっと俺たちを知ってる・・・!
正体が知れればすぐにでも祓いにかかるかもしれない。
信用できない!こんな状態のを看せられる訳ないだろ!?」

「一馬。」

「お前らに会いたいと思ってたし、こうして助けてくれて感謝してる!
だけど、頼むからこれ以上関わらないでくれ!何をするにも疑ってかからなきゃいけない・・・!
一歩間違えればすぐに足元をすくわれる!昔とは違うんだよ・・・!」

「おい、落ち着け一馬!」

「っ・・・」

「・・・話は最後まで聞きなよ。今から呼ぶのは一馬も、そこの彼女も知ってる人間だよ。」





声を荒げた俺を結人が止め、英士は動揺もせずに言葉を続けた。








「名前は三上亮。二人ともよく知ってるはずだ。」









思わず言葉を失い、動きが止まる。
英士の口から告げられたのは、俺たちが探していた人物の名前だった。






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