「・・・一馬・・・やっぱり一馬だ!」

「ゆ・・・」

「何やってたんだよお前っ・・・」

「・・・っ・・・」

「やっぱり・・・死んだなんて・・・嘘だったんだよな!?」





振り向くべきじゃなかった。驚いた表情を浮かべるべきじゃなかった。名前を呼ぶべきじゃなかった。
姿を見られる前に、俺だと確定してしまう前に、ここから離れるべきだった。
わかっていた。そんなこと、全部わかっていたんだ。





「・・・っ・・・よかった。」





だけど、誰よりも信頼していた親友の姿に、そんな考えは吹き飛んでしまって。





「生きてて、よかった・・・!一馬・・・!」





その言葉に、表情に、身動きなんて取れなかった。















哀しみの華
















「何があったんだよ。今までどこにいた?」





小学生のときに出会ってから、学校も違ったというのに、いつでも一緒にいたかのような錯覚を覚えていた。
喧嘩して笑いあって、性格だってバラバラなのに、いつしかお互いのことを分かり合えるようになってた。
俺が死んだのだと知らされても、また会えるのだと信じてくれていた。帰ってこいと言ってくれた。
俺は本当に嬉しかった。お前らのあの言葉が、大きな支えになっていたんだ。



俺だって、会いたかったよ。ずっと、そう思ってた。



だけど、





「それ以上近づくな、結人。」





俺が存在を無くすことになったのは、お前らや大切な人たちを巻き込まないため。
そして、俺自身がお前らに危害を加えないためだった。

だめなんだ。関わってはいけないんだ。





「・・・俺は、生きてる。だけど、お前らと一緒にはいられないんだ。だから死んだことにして、姿を消した。」

「・・・かず・・・」

「理由は聞かないでほしい。俺のことを思ってくれるのなら、このまま見なかったことにして忘れてくれ。」





腕の中には倒れたままのがいて、本当は不安で、誰かに頼りたい気持ちでいっぱいだった。
だけどそんな姿を見せるわけにはいかない。ただでさえ心配をかけて、こうして出会ってしまい、すぐに逃げることも出来ず。
それならば、俺は大丈夫なのだと。強くなったのだと、心配はいらないのだと少しでも伝えたかった。





「・・・なんで姿を消す必要があった?」

「・・・。」

「なんで、何も言わなかった?」

「・・・。」

「俺の、俺たちのこと、そんなに信用できなかった?」





どうすればよかった?何を言えばよかった?
結人の悲しそうな表情に、胸がしめつけられるかのようだった。
きっと今、何を言っても、どんな言い訳をしても、俺は結人を傷つけることしか出来ないんだろう。





「・・・その子は?」

「仲間。」

「気失ってるみたいだけど、平気なのかよ。」

「平気。」

「・・・本当に?」

「ああ。」





もう、ここから離れるべきだ。本気になればいつだって逃げられる。
納得なんてしてもらえるはずがない。それどころか、話せば話すほどに傷つけるだけだ。
もどこか落ち着ける場所へ連れていかなければならない。
意識を失った理由も、いつ取り戻すのかもわからないけれど。

に視線を移している間に、上から影が差した。結人が目の前まで近づいてきたのだろう。
もう行こう。最後に一言、別れの言葉を告げて。二度とこの場所へは来ない。





「一馬。」

「ゆ・・・」





顔をあげようとした瞬間、ペシッと間抜けな音がした。
それは、昔ふざけあっていたときに、軽く頭を叩かれていたのと同じ。





「バーカ!ばかずま!!」

「なっ・・・」

「なにかっこつけてんだよ!強がってんだよ!そんなのすぐわかるってんだよ!ふざけんな!」

「ゆ・・・」

「本当お前って昔からそう!かっこつけで、プライド高くて、それなのに気づかないところで人を気遣ってばっか!
要領悪いし、人見知りで初対面だと自分の意見も言わないし、かといって何か言ったら嫌味とか言ってるし!」





叩かれた部分を思わずさすりながら、突然好き勝手言い出した結人を見上げた。
そして結人の顔を見た瞬間、俺はもう何も言い返すことが出来なくなってしまった。





「お前ってすっげえわかりにくい!誤解もよくされるしさ・・・!でも、俺らはわかってるよ、お前のそういう性格・・・!
だから何も言わずに姿を消したってことも、何か理由があるんだってこともわかるんだよ!だけどっ・・・」





見上げた結人の顔は逆光でよくは見えなかった。だけど、その頬から伝うものははっきりと見えていた。





「嫌だよ・・・嫌なんだよ!俺たちの知らないところで、お前はずっと苦しんでて、それがわかってて力になれなくて・・・!
何も手伝えなくたって、わからなくたって、それでも話くらいは聞いてやれるかもしれない。支えくらいにはなりたいって思うんだよ!!」





俺だって、知ってる。
本当のことを話せば、お前らが協力してくれるって。
普通の人間ではなくなった俺でも、見捨てないでいてくれるって。

でも、だから、俺は離れる決意をした。
お前らまで何かを犠牲にすることはない。今までの生活を変える必要だってない。
俺一人のために、お前らの人生まで狂わせるなんて考えられなかった。
自分自身にすら怯えたまま、お前らの傍にいることなんて出来なかった。





「困ってるんだろ?」

「・・・。」

「言えよ。何をすればいい?」

「・・・俺・・・」

「何も言わないで逃げるなら、俺、黙ってなんかいねえからな。
絶対忘れてなんてやらない!ずっとずっと探し続けてやる!」





それが本気の言葉なのだと、すぐにわかった。
そしてこうなった結人が、決して意見を曲げないことも、知ってる。
迷惑をかけたくなくて、心配をかけたくなくて、存在を消したのに。俺は・・・どうすればいい?





「余計なこと考えんな。」

「っ・・・」

「俺は・・・俺たちは、いつだってお前の味方なんだから。」





緊張の糸が切れたかのように、一気に視界がぼやける。
やめろ。やめてくれ。今、そんなことを言うなんて反則だろう?







「いなくなるな!迷惑だなんて思うな!!・・・もっと、俺たちを頼れよ・・・!!」







必死で涙をこらえ、唇を噛む。
そして、こらえることすらせず、涙を流す結人を見上げた。





「それが現実から逃げてるのだと言われても、俺は信じたい。また一馬に会えるって信じる。」

「・・・俺も・・・俺も信じる・・・!」





少しの沈黙の後、俺は言葉を発する。





「・・・を、彼女を休ませたい。なるべく人気のない・・・落ち着いて休める場所はあるか?」

「ある!あるよ!もっと早く言えバカ!」

「お、俺だって事情ってものが・・・というか、大体そんな場所すぐに見つかるわけ、」

「あ、もしもし!俺!一馬見つけた・・・いや、いやいや、ちょっと待って落ち着けよ!え?いや違うよ、泣いてねえし!」

「おい、結人!?」

「そんでそっち連れていくから、部屋用意してくれよ。
倒れてる子がいるから落ち着いて休めて・・・人気もないとこな!」





俺の一言を聞くと、結人はすぐさま誰かに電話を入れた。
俺と会ったことしか相手に話していないのに、なんの話かは通じているようだ。
こうなることがわかっていたかのように、やけに手際が良い。
ポカンとしたままでいる俺に気づき、結人がこちらを振り向く。





「俺たちが何もしないで待ってるなんて、汐らしいことしてるわけないだろ?」






そう言って、結人は少しだけ自慢げに、以前と変わらぬ笑顔を向けた。








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