「・・・俺ら、渋沢さんと三上さんに会いに行くんだよな?」

「うん。何言ってるの今更。」

「でも二人が今どこにいるのかわからないし、まずは情報収集から始めるんだよな?」

「そうだよ。」

「で、ここはどこだ?」





答えのわかりきった質問に対し、が意地の悪い笑みを浮かべる。





「公園?」

「お前、変ににやけるのやめろ・・・!あーもう、教えるんじゃなかった!」





昔、親友である英士や結人とよく集まっていた場所。
未来を諦めろと告げられ、やけになっていた俺にが同行する形で、1度だけだが一緒に来たことがある。

古びたコンクリートの壁に書かれた、四角いサッカーゴールに見立てた白線。
以前よりもかすれて消えかかっていることが年月を感じさせる。
英士と結人と何度も集まり、お互いの近況を話したり、遊んだり、時々本気になったりしながら、飽きることもなく、ずっとボールを蹴り続けていた。














哀しみの華















「いいじゃない。せっかく近くまで来たことだし。」

「いいじゃないって・・・知り合いに会ったらどうすんだよ。
・・・お前、忘れてるかもしれねえけど、俺・・・死んだことになってんだぞ?」

「忘れてないし、油断してるわけでもないよ。今は平日の昼間だし、
私たちの足だったら姿を見られず逃げることだってできるでしょう?それに・・・」

「・・・それに?」

「少し・・・気分転換にもなるかなと、思って・・・。」

「!」





照れくさいのか、俺の表情を窺っているのか、が少し顔を俯けて言葉を濁した。
・・・なんでここに来たのだろうと、何か意図があるのかと考えていたけれど・・・もしかしなくとも、俺のため?





「あまり来たくなかった?ごめん、余計なお世・・・」

「ち、違う違う違う!別に来たくなかったわけじゃない・・・!」

「また松下家や他の退魔師に見つかったら、ゆっくりすることなんて出来ないだろうからさ。
行きたいところに行っておくっていうのもいいんじゃない?」

「・・・。」

「思い出の場所なんでしょう?」

「・・・ああ。」

「私にとっての一馬との思い出の場所でもあるよね。
一馬が割と感情で行動するところを知ったとか、初めて素直になってくれたこととか。」

「その話は忘れてくれ・・・。」

「ええ?なんで?良い話じゃない。」

「お前ばっかりに助けられて、俺が情けなさすぎだろ・・・。」

「情けないとか、全然思わなかったけどなあ。」





夢を諦めるしかなくて、大切だった人たちと離れるしかなくて。
自分のことで精一杯で、たちがどう思っているかなんて考えもしなかった。
動揺を見せなかった彼女たちが理解できなかった。
そうしてそこから飛び出し、かっこ悪くわめいて、に窘められ我に返った。
皆、動揺していないわけじゃなく、それぞれに事情を抱えて、感情が表に出ていなかっただけ。
自分がどれほど子供だったかを思い知った。





「・・・あれから随分経ったね。」





流れていく風が俺たちの間を通り抜け、二人の髪を揺らした。
が何気なく呟いた言葉に、俺たちはそれぞれの思い出を、感情をめぐらせていたのだと思う。
風に吹かれなびく髪に隠れて、彼女の表情は見えなかった。





「一馬、誰かに会うっていうのは無理だけど・・・ここ以外にどこか行きたいところある?つきあうよ?」

「・・・いや、ここで充分。は?」

「・・・私も、ないかなあ・・・。」

「本当か?遠慮するなよ?」

「あはは、本当にないの。私、思い入れが強く残ってる場所ってないんだなあって、今改めて思った。」

「そうなのか?」

「うん、だから一馬が羨ましかったんだよね。
絶対離れたくない人がいて、諦めたくない夢があって、こうして思い出が残る場所があって。」





そういえば情けない行動ばかりとっていた俺を、彼女は羨ましいと言っていた。
あの時は何が羨ましいのかわからなかったし、俺をなぐさめる言葉だったんだろうと思っていたけれど。





「お前だって友達とかいただろ?」

「いたね。だけどひどいことに、離れたくないって、執着できるほどの友達はいなかったの。」

「親・・・家族・・・は?いないとだけ聞いてたけど・・・」

「皆優しいから、あまり突っ込んで聞いてこなかったよね。いない・・・というか、捨てられたのよ。」

「!」

「楽しい話じゃないけど、聞く?」

「・・・お前が、つらくないなら。」





は複雑そうに笑って、小さく頷いた。
遠い昔のことを思い返すように、空を見上げて口を開く。





「元々小さな頃から放任されてはいたんだけど、変な力があるって知られてからは気味悪がられちゃってね。」

「変な力?」

「私は元々"霊感"ってものがあるって言ってたでしょう?普通には見えないものが見えてしまっていた。
でも小さい頃は現実と魔の者の違いなんてわからないから、何もないところに向けて話す私が気持ち悪かったんでしょうね。」

「・・・。」

「魔の者に襲われても、家の中に逃げ込めばやり過ごせることも多かったのに、ある時ついに外に放り出された。
逃げる場所がなかった私を助けてくれたのが、松下さん。」





の話に現実味が感じられなかった。それは俺が幸せな家庭で育ってきたからだ。
小さな喧嘩はすれど、本当に家を追い出されることはない。いつだって俺の味方でいてくれるような存在だった。
非現実な物語に出てくるような話を淡々と語っていくの姿に、なんだか胸が苦しくなる。





「親のこともあって、なかなか心を開かなかったんだけどね。松下さんは根気強く私に会いに来てくれて、助けてくれた。
私が松下さんを信用するようになった頃、そのとき既に片親になってた母親まで蒸発しちゃって、それをきっかけに松下さんに引き取られたの。」

「・・・・・・あ、」

「気を遣わなくていいよ。だから楽しい話じゃないって言ったのに。」





の苦しみがわからない俺が、一体なんて言葉をかけたらいいのかわからなくて。
逆に俺を気遣い、こんなの何でもないとでも言うようにがケラケラと笑う。





「松下さんたちには迷惑をかけちゃったけど・・・引き取られてよかった。
この力のこともわかったし、克朗や三上にも会えた。私は・・・幸せ者だったと思う。」

「・・・そっか・・・。」

「あの人たちはまるで本当の家族みたいに信頼できるし、大切。だけど・・・」

「?」





俺の表情を窺うような表情を浮かべると、少しの間を置いて言葉は続く。





「自分の居場所だとは、思えなかった。」

「・・・。」

「私自身が彼らの荷物であるって想いが消えなかった。
あの由緒ある家で私みたいな見知らぬ子供を引き取るなんて、前代未聞だったはず。
私はきっと彼らが受けるべき評価を落としていたと思う。」

「そんなこと・・・!」

「皆、否定してくれたけど、どうしてもその負い目が消えなかったの。
本当に私を大切に思ってくれている彼らに、純粋な感情が返せなかった。」





好意を向けてくれる相手をどんなに大切に思っていても、応えることが出来ない。
これだって俺には理解しがたい感情だ。でも、はそれを持ってる。
整理できず、自分でどうにもならない複雑な感情。





「・・・それなら、今は?」

「え?」

「今の、お前の居場所は?」





気の利いた言葉なんて浮かばない。
浮かんだとしても、彼女の感情を理解できない俺が言ってもただの気休めでしかない。
松下さんたちがをどう思っていたのかだって知らないし、それを俺が語るべきでもない。





「・・・それは・・・」

「そこで無いだなんて言ったら、俺怒るぞ。たぶん、笠井も佐藤も。」

「っ・・・」





あの日、すべてに絶望していた俺に、手を差し伸べてくれたのはだった。
自暴自棄になって部屋にこもっていた俺を連れ出してくれたのも、すべてを諦める必要なんてないって教えてくれたのも、強くなろうと思うきっかけをくれたのも。
なあ、誰なのかわかってるか?





「・・・魔の者に入り込まれたっていうのに、いいことがあっただなんて、思っていいのかな。」

「嫌なことばっかりの方が腹立つだろ。」

「あははっ、そうだね。」





が俺の服を掴み、胸の辺りに額をつける。
俯いている彼女の顔は見えない。あえて見えないように隠しているのかもしれない。










「私、皆に会えてよかった。」











その言葉に俺たち皆が救われているか、気づいてるか?
どれだけ嬉しいか、同じ想いを持っていたか、知ってるか?





「・・・。」





俺もそうなのだと伝えたかった。彼女の名前を呼んだけれど、反応はない。





?」





まだ、ない。
そして俺の服を掴んでいた手が、するりと力なく離れた。いや、落ちていったという方があっているだろう。





・・・!?」





そして、今度は腕ではなく、体ごと俺に寄りかかったまま倒れこむ。
・・・嘘だろ?一体なんなんだ突然・・・!今の今まで俺と話してたのに・・・!!





「おい!しっかりしろ!!」





脳裏に過ぎっていたのは、笠井の姿だった。あいつも眠っていて、目が覚めたとき、突然を襲った。
もしかしたら今のと同じように、眠ったのではなく、意識を失っていたのかもしれない。

にも限界が近づいてる?別の病気?それとも・・・

わからない。笠井みたいに医学の知識があるわけでもない。大きな不安が俺を襲う。
倒れ、意識を失ったを抱きしめて、必死で思考を巡らせる。



どうしたらいい?どうしたら・・・










「・・・一馬・・・?」











ずっと聞いていなかった懐かしい声。それが誰かなんて、考える必要もないくらいに聞きなれていた。
自分の存在を隠さないといけないとわかっていたのに、反射的に振り向いた。



そこには、ずっと会いたかった、俺の大切な親友の姿があった。









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