『よっしゃ一馬!ナイス飛び出し!』 『そうだね、今のはよかったんじゃない?』 『よしよし、よくやったぞ一馬!俺たちの連携ばっちりだな!』 『頭撫でんな!当たり前だろ、二人の考えてることくらい、わかるっての。』 今でも時々夢に見る。学生の頃、サッカーに明け暮れていた毎日。 信頼できる仲間や親友がいて、俺たちは必死になってボールを追いかけた。 普段はバカみたいなことで笑いあって、喧嘩もして、だけどすぐに仲直りして。 いつだって一緒にいた。ずっとそうやって過ごしていけるものだと思っていた。 『高校卒業して、お互い別々の道に行っても、俺らずっとこうしてるんだろうなー。』 『さあね、大人になって疎遠になるってこともめずらしくないし。』 『うわー、夢のないこと言うなよ英士!俺たちは大丈夫だよ!な、一馬!』 『・・・うん、そうだな。』 『英士も!素直になりなさいな!』 『別に俺たちも同じことになるとは言ってないでしょ。』 『もー、素直じゃないんだからさー!』 そんな会話もしていたなと、思い返しては思わず笑みが浮かぶ。 端から見れば何を宣言してるんだ、なんて思われてしまうようなものに思える。 けれど、そんなこと気にならないくらいに、あいつらと一緒にいることが自然だった。 哀しみの華差し込む朝日に眩しさを感じ、少しずつ思考が覚醒していく。 カーテンの開く音、誰かが近くを歩いている気配。俺はゆっくりと目を開ける。 視界に広がるのは、今まで住んでいた場所とは違う、薄茶色の天井。 「あ、起こしちゃった?」 「・・・う・・・あ?」 「思ってたより天気がよかったみたい。眩しかったよね、ごめん。」 「っあ!」 「え?な、何?!」 が当然のように俺の寝起きに居合わせている状況に、思わず取り乱してしまった。 彼女の驚いた表情を目にしながら、なんとか冷静にここ数日のことを思い出した。 西園寺グループから逃げてきた俺たちは、行くあてもなく、数日の野宿の末にとりあえずどこかで体を休めようという結論に至った。 ちょうど目にとまったホテルがあり、そこに泊まると決めたのはいいものの、空いていた部屋は二人用の部屋がひとつのみ。 同じ部屋で構わないとフロントに告げたを止めようとした俺に、どちらにせよ資金は限りあるものだから節約するべきだ、との正論。 そりゃ言ってることは正しい、だけどそれはどうなんだ・・・? ただ、俺もも精神的にも体力的にもボロボロだったから、それ以上の問答はやめた。 しかしいざ同じ部屋で眠ることになると、俺は正直気が気じゃなく、疲れている割に眠りにつくのは遅かった。 「・・・お前・・・俺のこと・・・」 「え?」 男として意識しないのか、と口にしようとしたけれど、やはりやめた。 そんなこと聞いたって意味がない。彼女の答えはわかりきってる。 「なんでもない。ちゃんと休めたか?」 「うん。一馬は?」 「ああ。」 俺に心配をかけまいと笑う顔は、あまりに弱々しかった。 けれどきっとそれは彼女自身も気づいていないだろうから、何も言わずに小さな頷きだけを返した。 「とりあえずだけど、落ち着ける状況になったし、今後のことを考えようか。」 部屋に常備してある小さなテーブルを囲んで、向かい合わせに座る。 ここ数日は自分たちが放心していたこともあり、さらには警戒してどこかのホテルに泊まることもなかったから、 今後のことを考えている余裕はなかった。 佐藤、笠井がいなくなり、椎名たちとも離れた今、俺たちは改めてこれからについて考える必要がある。 「・・・考えられる?大丈夫?」 「だっ、大丈夫だよ!それよりお前だってそんなに焦らなくても・・・」 「あはは、ありがと。」 わかってる。俺らにゆっくりしている余裕なんて、きっとないんだろうってこと。 須釜に聞いた松下家の動き。そして西園寺グループとの繋がり。 目的もわからず、結局何も知ることが出来なかったけれど、俺たちの居所は思っていた以上に簡単に割り出されてしまっていた。 普通の生活を望んでも、それすら送ることはできないのかもしれない。 「一馬、眉間に皺。」 「あ、え?」 「難しく考えるなとは言わないけど、私といるときくらい、気を抜いてくれてもいいよ?」 佐藤や笠井がいなくなって、自分の無力さが際立つ気がしていた。 あいつらならどうしただろう、どうするだろうって、そんな考えばかりが頭を巡っていた。 を支えるどころか、気を遣われている自分に腹が立って情けなかった。 「選択肢はいろいろあると思うの。前と同じように住むところを探して、細々と暮らしていくのでもいいし、 今みたいにホテルを転々としていく方法もある。まあこっちの方が逃げる生活には向いてるかもね。資金調達が少し面倒だけど。 一馬はどう思う?」 「俺は・・・正直どちらも難しいと思う。須釜の言葉を全部信じるわけじゃないけど、俺たちの所在が元から知られていたのは恐らく事実だ。俺らは身を隠せてなんていなかったんだ。」 「そうだね。松下家が何で私たちの居場所を知っていながら、ほっておいたのかもわからない。」 「かと言ってホテルを転々としていくっていうのもどうかと思う。短期間ならそれもありだろうけど・・・。 俺らが普通の体だっていうならともかく、体力的にも気力的にも負担が大きい。」 「うん。」 「情報が足りなすぎるな。どうにかもう少し情報を掴めれば、対策も考えられると思うんだけど・・・。」 「そうなんだよね。私もそこに行き着く。それで考えてたんだけど・・・」 「何?」 はそれを口にするのを一瞬戸惑い、視線を泳がせる。 何を言いたいのかわからず、俺はただ彼女の言葉を待った。 「こっちから接触するっていうのは?」 「・・・は?」 「逃げても見つかるなら、こっちから攻め込んでいくしかないじゃない。」 「・・・ちょ、ちょっと待て!?俺ら捕まったら何されるかわかんねえぞ!?」 「わかってる。別に本家に殴りこみに行く訳じゃない。」 「え・・・?」 「克朗と三上。二人に会いにいく。」 俺たちが魔の者に取り込まれた直後、一番世話になった人たちだ。 とも知り合いで、彼女を大切にしていた二人なら、確かに俺らの味方になってくれるだろうけど・・・。 「本当は松下さんにも会いたいけど・・・きっと、そんな状況じゃないだろうし・・・ね。 それに、克朗と三上の方が会いやすいと思う。二人なら一馬だって信用できるでしょ?」 「それは、まあそうだけど・・・でも、そんな簡単に会えるのかよ? あっちだってバカじゃない。俺らがあの人たちを頼るかもってくらい予想してんだろ?」 「予想はしてても泳がせてはくれるんじゃない?今までそうだったように。」 「泳がされて捕まったんじゃ意味ないんだぞ。」 「そこはもちろん逃げるわ。一馬と二人いればなんとかなるでしょう?」 「っ・・・」 「私はこの状況をしっかりと知りたい。松下家が何を考えていて、私たちをどうしようとしているのか。 それを知れば、これ以上・・・」 が唇を噛んでそれ以上の言葉を止めた。けれどその先は声にしなくともわかる。 ひざの上で握られた拳が、小さく震えているのも。 「・・・賭けではあるな。」 「うん。」 「でも、お前はそうしたいんだよな。」 「うん。」 「わかった。」 「・・・いいの?」 「いいも何も、それ以外に何がいい方法かだってわかんねえしそれに・・・」 「?」 「お前が一度決めたら考えを曲げないこともわかってるしな。」 どうしたら彼女を安心させてあげられるんだろう。 どうしたら彼女が弱さや震えを隠さないようになるだろう。 明確な答えなど、見つけることはできなかった。 「俺を置いていくつもりだったとか言うなよ。お前、言いそう。」 「い、言わないよ!」 「本当か?」 「本当!」 危険だと思った。無謀だって考えが思い浮かばなかったわけじゃない。 佐藤だったら、意外だって笑うだろうか。笠井だったら、勝算のない選択はするなって怒るだろうか。 でも俺は、お前らのようにはなれないから。 選ぶ道が違うことだってある。彼女を守る方法だって、きっと。 「間違っても、一人で突っ走んなよな。」 「そ、それはこっちの台詞・・・」 「二人ならなんとかなるって言ったのはお前だからな。忘れんなよ!」 が少し驚いた表情を見せたあと、穏やかに笑う。 そこにあったのは、弱々しく今にも壊れてしまいそうな、悲しいものじゃない。 ようやく、いつもの彼女の笑顔が見られた気がした。 TOP NEXT |