俺たちが落ち着きを取り戻す間に、椎名と黒川は須釜を捕らえていた。
須釜は相当な能力者ではあったようだけれど、笠井を操り、たくさんの魔の者を呼び寄せたことで、
多くの力を消費していたようだ。追い詰められると観念したかのように両手をあげた。





「・・・悪かったな。本当なら俺たちが・・・」





俺たちの問題に巻き込み、おそらくは西園寺グループの命令に背いたことになる彼ら。
さらには須釜の相手までさせてしまった。申し訳なく思い謝ると、黒川に軽く頭をこづかれる。
何も言葉はなかった。けれど黒川はそんな言葉いらないとでも言うように、俺を見て小さく笑った。





「こいつは僕らが責任を持って対処する。もう二度と・・・今回みたいなこと、させない。」





それに続くように椎名が言葉を発する。
俺たちが茫然としている間に、真っ先に動き、俺たちを助けてくれた。
椎名だって黒川だって、ショックがなかったわけじゃないのに。
俺たちの気持ちを察してくれるように、いつも通りに接してくれることに感謝した。





「・・・。これ。」





差し出されたものは、真っ赤に輝く小さな石。
魔の者と・・・笠井の命を封じ込めた霊玉。





「・・・持っていたくないなら、僕らが預かる。」

「・・・ううん。」





は差し出された紅玉を見つめ、少しの間目を伏せる。
けれどすぐに顔をあげて、椎名からそれを受け取った。





「・・・ありがとう。」





そして、その真っ赤な石を、胸の前で優しく握り締めた。













哀しみの華















、真田。お前たちは僕たちの元に来い。
玲に事情を話して、落ち着ける場所を探すから。」

「い、いいよ、そんな・・・」

「は?今の状態の二人をほったらかしにしろっていうの?バカなこと言わないでくれる?」

「だ、だってお前・・・西園寺グループの命令に逆らったんじゃ・・・」

「そんなことどうにでもなるよ。それよりも今は自分たちのことを考えるんだね。」

「でも、」

「俺ら、命令違反なんて割としょっちゅうだから。気にすんなよ。」

「黒川・・・。」





俺たちは、家を捨て、笠井を連れて別の場所へ移る覚悟だった。
しかし笠井がいなくなり、力を喰われかけた俺の体はボロボロで、だって精神的に参ってる。
椎名の申し出は確かにありがたいものだった。





「ずいぶんと信頼されているんですね〜?羨ましいです。」





捕らえられていた須釜が、俺たちに聞こえるような大声で話す。
もう逃げられない状態だとわかっているだろうに、にやけた表情は消えることはない。





「松下家とどんな取引をしたんですか?人と魔の者のキメラの観察だなんて、
よっぽどの実力者か物好きでなければ引き受けないと思いますけどね〜?

「・・・何言ってるの?松下家は関係ない。今更僕らの動揺でも誘ってるわけ?」

「それはこちらの台詞です・・・ふ、ははっ、本当に気づいていなかったんですか?」

「何を言おうとしてるのか知らないけど、無駄話に付き合ってる暇はないから。
柾輝、そいつの口に何か詰めといてよ。」

「ああ。」





須釜のすぐ傍にいた黒川が動くと、何かの壁にぶつかったように撥ね返され、
奴に近づくことができなかった。驚いたように須釜を見る。





「結界を張ることくらいはできるみたいですね。余力を残しておいてよかった。
さんたちには是非真実を知ってもらいたかったんですよね。」

「須釜っ・・・お前!!」

「ねえさん。初めから、おかしいとは思いませんでしたか?」





須釜の周りにだけ張られた小さな結界。どうやら奴が残していた力らしい。
おそらくほんの数分しか持たないそれで時間を稼いでどうするつもりなのか。何を話そうとしているのか。
柱に縛られ、逃げることは不可能とわかっているのに、彼は笑みを絶やさない。





「これまでずっと力を隠してきたのに、ある日"偶然"目の前で子供が車に轢かれそうになり、
貴方はそれを助けるために力を使った。」

「・・・。」

「"偶然"その力を感知するものが近くにいた。それが椎名さん。貴方です。」

「それがどうしたんだよ。何か問題でもあるわけ?」

「その頃僕はさんに依頼を受け、笠井くんの居場所を探っていた。
そして"偶然"とあるツテで笠井くんたちの情報を掴みにこの近くへ来ていた。」

「・・・何が言いたいの・・・?」

「僕が笠井くんを見つけたとき、"偶然"彼は限界を迎えかけて弱っていた。
笠井くんがいなくなり、彼を探すさんには四六時中誰かがついていたのに、僕に会うそのときだけは"偶然"一人だった。
ここに来る直前、西園寺グループの監視が"偶然"少なく、貴方たちは何の邪魔もなくここにたどり着くことができた。」





今まで考える暇も、余裕もなかった。あまりにもタイミングの合った多くの偶然。
違和感を感じ出してしまっている俺は、須釜に騙されかけているのかもしれない。





「おかしいと思いませんか?今まで誰にも見つからず、ひっそりと生きてきた貴方たちが、この短期間で彼らや僕に見つかったこと。」





気をしっかり持たなければ。あいつの言っていることなど、ただの戯言なのだと。





「そして、なぜ僕らに見つけられたのに、それ以上の数も力もある松下家には見つけられなかったのか。」





が何かをこらえるように、俺の服を掴む。
須釜にたいして憎しみを持っているのはわかる。
けれど、今はそれと同時に不安や恐怖も襲ってきているようだった。





「椎名さん。一番初めにさんを見つけたとき、そこへ向かう指示をしたのは誰ですか?
3人に1人ずつ付くように言ったのは?笠井くんを探しているときにさんから離れた理由は?」

「・・・っ・・・」

「貴方たちに本当の目的が知らされなかったのは、さんたちからの信頼を得るため。
誰にも気づかせずにそれを進められるだなんて、なかなかの切れ者ですね〜。
そして貴方たちはその思惑どおりに、予想以上の信頼を得ることになった。」

「お前、いい加減にしろよ?!」





怒りを露わにしている椎名とは対照的に、須釜はさらに楽しそうに笑った。





「僕も不思議だと思ったんですよ。松下家に掴めない情報が、あまりにもあっさり手に入りすぎる。
だから、僕は情報源を探しました。何人も経由し、巧妙に隠されていましたが、見つけ出すことができた。」





須釜の言うことなど、真に受けるな。









「情報源は松下家です。」








俺だって、だって、こんな奴見ていたくない。
話だって聞きたくない。そう思っているのに。どうしてもその場から動くことができなくて。





「僕も含め、貴方たちは松下家に踊らされていたんですよ。
もっとも僕は・・・逆にそれを利用してさんを手に入れようとしたんですが、失敗に終わりましたね。」





茫然とする俺たちを見て、須釜が呆れるようにため息をついた。
それは馬鹿にでもしているのか、それとも別の意味があったのかはわからない。





「・・・う、嘘っすよね、翼さん!」

「嘘に決まってるだろ。真に受けるな、藤代。」

「・・・。」

「柾輝も。」

「わかってる。」

、真田。」

「・・・ああ。」





須釜が俺たちを混乱させようとしているだけだ。証拠なんて何もない。
それに、松下家も椎名たちも、俺たちを助けてくれた奴らなんだ。
今更須釜に何を言われたって、迷うことなんてないじゃないか。





「僕は親切で言っているんですよ?このまま西園寺グループに戻れば、おそらくさんも真田くんも捕らえられる・・・いや、それすらも気づかせずに軟禁状態になるといったところでしょうか?まあ、最終的に行く先は同じでしょう。」

「・・・お前の言うことが本当だとして、それなら目的はなんだよ?
松下家が俺たちを見つけてるなら、他に頼ることなんてしないで、自分たちで捕まえにくればいいだろ?」

「さあ、そこまでは僕にもわかりませんね。」

「適当な言い訳もつけられないで偉そうに語ってんじゃねえよ!」

「つまりそのほかは適当じゃない。すべて真実です。」

「!」

「真田、落ち着け!」





でも、俺は迷ってる。それは椎名たちが信用できないからじゃない。
椎名も黒川も藤代だって、信用できるって、本当に俺たちを心配してくれているってわかってる。

だけど、俺たちは最後には松下家に追い詰められた。
信用する人たちは傷つき、もしかしたら立場も追われているのかもしれない。





本当に、このまま頼っていてもいいのか?






ピリリリ、ピリリリ






そんな俺の思考を遮ったのは、椎名の携帯の着信音だった。
ディスプレイに映った名前を見て、椎名は少し考えた後に電話に出た。

相手は玲さんだろうか。椎名は電話の相手と二、三言話すと、大きくため息をついた。
そして俺たちに向き直る。





「悪い。真田、。」

「?」

「状況が変わった。すぐにここから離れる。」

「な・・・?」

「二人を捕らえるために、西園寺グループは動き出した。直にこちらに来るそうだ。」

「な、なんなんだよいきなり・・・!」

「どういうことっすか!翼さん!」

「・・・まさか、須釜の言ってることが・・・」

「全てを鵜呑みには出来ないけど、西園寺グループがたちを捕らえようとしていることは確か。
それから玲からの伝言。たちを助けてやってくれってさ。後でゆっくりと事情は聞くけど今は、」





椎名が俺たち二人を見つめる。強く、まっすぐな瞳で、決意したように頷く。





「二人を逃がすことが最優先。絶対に捕まらせるな!」

「・・・うっす!」

「了解。」





事情はわからない。どうして今になって突然西園寺グループが動いたのかも、
玲さんから連絡が来たのかも。須釜が言っていたことが、どこまで本当なのかも。

けれど、どうやら事は急を要する。
俺たちはまた追われる身になったのだ。





、行くぞ・・・、?」





いつの間にか俺の傍から離れて。
の目の前に立っていた。





「・・・さん、私たちは行くね?」

「・・・っ・・・う・・・」

「竹巳の言葉、忘れないで。」

「・・・っ・・・!!」





誰かを構う余裕なんてなかっただろうに。
どうしてお前はいつも、自分以外の誰かを心配ばかりしてるんだよ。
一番助けが必要なのは、きっとお前なんじゃないのか?





「・・・私はっ・・・貴方みたいに強くないっ・・・!
そんな風に・・・すぐに・・・立ち直ることなんて、できないっ・・・!」

「・・・うん。」

「竹巳が・・・私は竹巳が大好きだったの・・・!
一人で寂しそうにしてるあの人の傍にいたかった・・・ずっと、ずっと一緒にいたかったっ・・・!」

「うん。」

「忘れることなんて出来ない!立ち直ったりなんか出来ないっ・・・!」

「私も、何一つ忘れない。」





強くなんてない。いつだって必死で、大丈夫だって強がって。
きっと自分が悲しむことで、他の誰かが悲しむことを知っているから。










「絶対、忘れない。」










そんなお前の言葉だから、こんなにも胸に響く。










「・・・っ・・・う・・・ううっ・・・うあああああっ・・・・・・!!」










こんなにも、切なくて、苦しくて、なのに暖かくなるんだ。


















逃げようと走り出したルートには、既に西園寺グループの奴らが大勢いた。
俺たちが須釜と戦っている間に、道をすべてチェックされ、見張られていたようだ。
倉庫には須釜と、そして見張り役として藤代と黒川を残し、俺たちは椎名の用意していた車に乗った。





「・・・この先はチェックされてるな。後は走っていくしかない。」





見張りをかいくぐり、しばらく走っても、西園寺グループを巻くことはできなかった。
椎名が人気のない場所で車を止め、どうするかと思索する。俺はと視線をあわせ、小さく頷きあった。





「椎名、ここまでありがとな。ここからは俺たちだけで大丈夫だから。」

「何言ってるの?お前らをほっとくことなんて出来ないって、さっきも言っただろ?」

「車が使えないのなら、自分たちで走った方が速い。ここまで連れてきてくれただけで充分よ。」

「お前らには本当に感謝してる。・・・黒川にも、たくさん八つ当たりしてごめんって言っておいてくれるか?」

「藤代くんにもね。いつも明るくて、重苦しさなんて吹っ飛ばしてくれて、楽しかったって伝えて。」

「・・・。」

「翼も、たくさん助けてくれてありがとう。私、貴方の考え方も、行動力も好きだった。
仲間以外でそんなこと思えたことに自分でびっくりしたくらい。」





椎名の返事はなかった。奴の世話好きな性格としては、俺たちのことが心配なのだろう。
そんなことはわかってる。だけど、これ以上巻き込むわけにはいかない。
こうして最後まで俺たちに協力してくれるだけでも、感謝しているくらいなのに。





「・・・僕も一緒に行くって言ったらどうする?」

「・・・え?」

「悔しいけど騙されていたのは事実で、結果的に僕はお前たちを危険な目にあわせた。
笠井のことだって・・・いや、言い訳したって仕方ないな。」

「椎名、気持ちは嬉しいけど・・・」

「・・・心配なんだよ、お前らが!この先たった二人で・・・今回みたいな目にあって、裏切られて、
それでも必死で悲しいことを押し隠して、大丈夫だって笑う。そんなのは嫌だ!」

「翼・・・」

「僕はお前らが好きだよ。お前たちの・・・助けになりたいんだ。」





初めて出会ってから、それほどの長い時を過ごしたわけじゃない。
それどころか最初の出会いはの力試し、だなんて最悪の出会い方で。
なのに、俺はこの人たちといる時間が嫌いじゃなかった。

どうしてだろうと考えていた。もっと警戒しないといけないのにと。
だけど、今ならわかる。この人たちが信用できたのは、いつだって彼らが正直だったからだ。
俺たちを怖がることもなく、言いたいことは遠慮なく伝え、時には人をからかうような態度まで見せて。
まるで友達みたいに。バカ騒ぎをして、誰かが呆れて、結局皆で笑ってる。

椎名の言葉が、本当に嬉しかった。それはきっと、も同じだっただろう。
だけど、だからこそ。





「私たちは行くよ。翼は、ここに残ってて。」

!」

「別に頼りにしてないわけじゃない。」

「それなら・・・」

「翼はここにいてよ。また、戻ってくるから。」

「!」

「これからもきっと、簡単な道じゃないと思う。今回みたいなことも・・・それ以上につらいこともあるかもしれない。
もう嫌だって、もう駄目だって、すべてを諦めてしまいそうなときが来ても、」

「・・・。」

「自分たちには戻ってくる場所があるって、頼れる場所が、大切な場所があるって思えたら・・・
それはきっと、大丈夫、頑張れるって、そう思えるものになる。支えになるんだよ。」





だからこそ、これ以上一緒にいるわけにはいかなかった。
大切だから、信頼できるから。巻き込みたくないんだ。





「・・・っ・・・わかってるよ。僕じゃ足手まといになることは。
運動神経がいいって言っても、お前らの能力には叶わないしね。」

「そういうことを言ってるわけじゃ・・・」

「・・・いつでも、待ってる。絶対帰ってこい!」

「・・・うん!」





二人同時に抱き寄せられ、なんだか照れくさいと思いつつも、安心感を覚えた。
俺は自分でも自覚するくらいの人見知りだったはずなのに、こんなにも心が許せる奴らに会えたなんてな。





「・・・じゃあな!」

「二人とも、また絶対会うからな!」

「うん、わかってる!」





そうして走り出すと、瞬く間に椎名の姿は見えなくなった。
状態は万全ではないけれど、もう少し本気で走るくらいは出来そうだ。
体調が変わらないうちに、少しでも遠くへ離れなければ。

はどうだろうと、隣を走る彼女を横目に見る。
視線はまっすぐ、ただ、まっすぐ前だけを見ていた。
ただ、それは全てを吹っ切ったような、前向きなものじゃない。、
前を見るしかないと、前を見なければならないと、自分を追い詰めているようで。





落ち込むななんて言えないし、言わない。
逃げ出す場所があれば、いつだって逃げたっていいのに。今の俺たちには、その道すらないから。

せめて俺が支えになれればいい。気の利いたことなんて何も言えないけれど、
お前が自分をさらけ出して泣き出せるような場所じゃないかもしれないけれど、強く、強く思ってる。



俺が傍にいる。



一緒にいるから。



お前を一人になんか、させない。








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