胸が締め付けられるかのような痛み。





視界に広がる美しく儚い光。





目の前で灰となり消えていく仲間の姿。





赤い輝きを放つ小さな石が、音を立てて地面へと落ちる。





「・・・っ・・・み・・・」





絞り出すような震えた声。





「っ竹巳ーーーーー!!!」





その悲痛な叫びは倉庫中に響き、目の前の光景を実感させた。













哀しみの華















「いやっ・・・いやあ!たくみっ・・・竹巳っ・・・!!」





涙を流し一心不乱に名前を呼び続ける、笠井の幼馴染。
取り乱し震えながら、笠井の元へ駆け寄ろうとする。





「待って。」





俺たちは茫然とし、動くことも、話すことすらできなかった。
そんな中、落ち着いた声で彼女を止めたのは、椎名だった。





「いやっ・・・!竹巳の傍に行くの・・・!竹巳のっ・・・」

「まだ須釜の動きを封じてない。勝手に動かないで。彼女を守れ、藤代。」

「・・・あ・・・お、俺・・・」

「あいつは柾輝と僕で捕らえる。お前はここで、彼女と・・・真田との傍にいろ。」





藤代が混乱しながらも頷きを返す。
いつも堂々として、自信家で、いつだって明るく笑っていたのに。
茫然とした表情のまま、の体を抑える。

そして既に走り出していた黒川が、須釜と向き合っているのが見えた。椎名も続くようにそこへと駆け出す。
きっと俺も動くべきだったのかもしれないけれど、ただ他人事のようにその光景を眺めていることしかできなかった。





「離して・・・!離してよおっ・・・!!」

「・・・っ・・・嘘だろ・・・・・・タク・・・!」





藤代から逃れようと、が必死でもがく。
けれど藤代も苦しそうな表情を浮かべたまま、それを抑えた。

大切な人が、仲間が、いなくなること。
それがどんなに苦しいものか、悲しいものか、俺は知ってる。
笠井は最後に笑っていた。けれど浮かぶのは後悔ばかりだ。
時間が経つほどに実感する。あいつを思い出すたびに大きくなる喪失感。





「・・・?」





そしてようやく、俺は隣に立つの名を呼んだ。
のように取り乱すことも、泣き叫ぶこともなかった。
ただ、俺の横で立ち尽くしたまま、笠井のいた場所をずっと見つめていた。





「・・・、」





反応のないに、なんと声をかければいいのかわからなかった。
大丈夫かだなんて聞けない。落ち込むななんて言えない。
彼女はきっと、俺が感じた感情以上に味わい、悲しんでいる。
目の前で消えていった仲間を思い出し、後悔の念に苛まれ、深く苦しんでいる。

俺に何ができるかはわからなかった。
だけど、茫然とし色の無い瞳で、言葉すら口にしない彼女を、黙ってみていることなんて出来なかった。





。」





引き寄せた体は、思った以上に細く小さくて。
いつだって強くあろうとしていた彼女は、こんなにも弱々しくて。
たくさんのものを背負おうとして、傷ついて、けれど前を向こうとする彼女を思うと胸が痛んだ。





「・・・一馬。」





そして、がようやく言葉を紡ぐ。
俺はその小さな声を聞き逃すことのないように、彼女の言葉に耳を傾ける。





「・・・助けられなかった・・・」





呟いた一言は、同時に俺の胸を締め付ける。





「・・・ずっと、ずっと・・・思ってたのに・・・。一人にはしないって、苦しませたりしないって・・・。」





俺も思ってた。たとえ性格が合わなくても、何度喧嘩を繰り返していても。
大切だったんだ。大切な仲間だったんだ。





「思うだけじゃ叶わないって・・・知ってたのに・・・結局何もできなかった。」










本当は笠井が紅玉を使ったとき、無理やりにでも、力づくでも止められたのかもしれない。





「力を使えば使うほど、同化の進行が早まるんだ。これ以上俺に力を使わせないで?」





確かに笠井の言葉でそれ以上の行動を躊躇したことも事実だ。
だけど、もうひとつ俺たちが動くことのできなかった理由がある。





「もしも魔の者に取り込まれるようなことがあったら・・・迷わず俺を祓ってほしい。」





知ってるよ。あの言葉が、お前の本音だったって。
俺たちはいつだって同じ不安を持っていた。同じ恐怖を抱えてた。
魔の者に取り込まれたくなんてなくて、小さな希望を持っては儚く砕けて。

脳裏に浮かぶのは、禍々しい姿の魔の者。
俺たちはそれを一瞬見ただけでも驚き、恐怖し、嫌悪した。
そんなものになりたくなんてない。支配されたくない。そして、それが原因で大切な人たちを失いたくない。

少しずつ変わっていく体。鋭く牙のように伸びた爪、変形し色の変わっていく体。
人間でいた姿さえ手放そうとして。俺たちに、彼女や友達に見せたくなんかなかったよな・・・?





「・・・っ・・・」





それでもお前は、力を解放する道を選んだ。
もう自分自身に力がないことを知っていたから。
このままでは魔の者に支配され、俺たちをも襲ってしまうとそう考えたから。
見られたくない姿になってまで、嫌悪していたものに身を任せてまで。





「・・・・・・」





お前がその道を選んだことを、俺たちは責めることはできない。その痛みも、恐怖も、辛さも、わかるから。
実際に追い詰められていた笠井は、俺たちの想像よりももっと苦しんだはずだ。
佐藤を失ったときもそうだった。同じ気持ちを抱えて、葛藤して、だけど俺たちには他に道なんかなくて。

生きていることだけが救いの道だなんて、思えない。
生きていてほしい、諦めないでほしい、そんな言葉は俺たちの願望であり、ただの我侭だ。



そんなこと知ってる。痛いほどにわかってる。





「・・・バカ。言っただろ。」

「・・・」

「俺はお前に救われてるって。」

「っ・・・」

「笠井も・・・佐藤だって同じだった。」

「・・・一馬・・・」

「・・・それでもお前が自分を責めるなら、」





誰もお前を責めたりしない。わかっていても感情は止まらなくて。
俺も同じだ。あのときこうしていれば、だなんて後悔を何度も繰り返す。





「俺も一緒に背負う。」





佐藤を失ったとき、になんて声をかけていいのかわからなかった。
大丈夫か、気にしなくていい、お前は悪くないとか、そんなありきたりな言葉ばかりを並べた。

でも、今は違う。







「一緒に生きていくから。」







上位の魔の者に襲われた佐藤。限界が迫っていた笠井。
俺だって、だって、この先どうなるかなんてわからない。

だけど、いつだって思いは同じで。








「一人になんかさせない。」








俺も、笠井も、佐藤も、お前と同じなんだ。





から返ってくる言葉はなく、俺の体に顔を埋め震える、彼女の表情は見えなかった。

きっと俺は知らないうちに、この小さな肩にたくさんのものを背負わせていたんだろう。
初めて出会ったときから気が強く、お人よしで面倒見もよかった彼女。
最初から俺は頼りっぱなしだった気がする。彼女は強い。けれど同時に弱く儚くもあることを俺はもう知っている。



支えたい。



守りたい。



もう、悲しませたくなんてない。





その思いを口にすることはなく、代わりに彼女を強く、強く抱きしめた。









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