「体に異変を感じたら、すぐ僕に連絡をください。まだしばらくはここに滞在するつもりですから。」

「はい。」





諦めることでなく、前に進むことを。
突き放すのではなく、一緒にいられる道を。





「僕を信用できるようになったら、さんと真田くんも連れてきてくださいね?
何か力になれるかもしれない。」





そのために俺は賭けに出た。





「・・・本当にいいんですか?貴方にはメリットなんてないだろうに。」

「君たちの力になりたいといえば聞こえはいいんでしょうが、実際のところは興味があるんです。」

「・・・興味?」

「悪い意味ではないです。同じ能力者として、貴方たちの中の魔の者に興味を持つのは当然でしょう。」





その相手が、天使なのか悪魔なのか知ることもなく。













哀しみの華















誠二にのことが知られたのは、結果都合の良いものになった。
俺の望みを聞いて彼はたちにはもちろん、のことを誰にも言わなかった。
それどころかかなり協力的で、と一緒にいたいのだろうとアリバイ作りまで申し出てくれた。

俺はその時間を使って、に会い、同じホテルに滞在する須釜さんを訪ねた。
力のコントロールの方法も教えてもらおうとしたけれど、やはりそれは特殊な能力らしい。
俺には真似できるものではなかった。





。」

「竹巳!須釜さんとのお話は終わった?」

「うん。でも後少ししたら帰るよ。昨日も遅かったし、仲間に心配かけるから。」

「・・・はやく、一緒にいられるようになればいいなあ。」

「・・・そうだね。」





彼女の言葉をずっと否定し続けてきた俺が素直に言葉を述べることが嬉しいのか、
が幸せそうに笑い、俺に抱きついた。
俺も今までのように抑えることなどなく、彼女を抱きしめ、静かに髪を撫でる。





「・・・でも、学校は?」

「今はこっちの方が大事。」

「なっ・・・」

「取り返しがつくこととつかないことがある。今貴方を見失ったら、ずっと会えなくなる気がするの。」

「そんなこと・・・」

「私は決めたの。竹巳の傍にいるって。」





覚悟を決めた、まっすぐな瞳。
こうなった彼女はもう何を言っても動かない。
俺が何度傷つけても、決して諦めなかったように。

本当はきっと、そう思っても彼女を追い返すべきだったんだろう。
でも俺は彼女の言葉が、覚悟が嬉しくて。もう一度彼女を抱きしめた。



温かくて、優しくて、幸せな時間。



この時間がいつまでも続けばいいと、強く思った。










けれど、その時間は長くは続かない。
飢えを感じる頻度は日々狭まっていき、魔の者を須釜さんに押さえ込んでもらう回数も増えていく。
それは今までよりもさらに速く。魔の者の力が俺を蝕んでいく。

そんな中で俺の今の状態を知りたいという須釜さんの言葉に従い、限界まで魔の者を喰うことをやめた。
危険なことだとはわかっていた。もしかしたら完全に取り込まれてしまうかもしれないことも頭に無かったわけじゃない。





「・・・どうして、一人でこんなことしたの・・・?」





その結果は、に、真田に迷惑をかけ苦しませるだけだった。





「行かないで・・・。」





の言葉が、胸に突き刺さり締め付けられるようだった。
俺はきっとシゲのことを思い出させた。あの時と同じ思いを彼女にさせたんだろう。

あんなに苦しんだ彼女を、もうこれ以上苦しめたくない。
そう思っていた。けれど、このまま俺が傍にいれば彼女はまた仲間を失うことになる。
それならば、いっそ・・・自分から、姿を消そう。



何も言わない。彼らを納得させられる理由なんて思いつかない。
当然、心配をかけるだろう、それでも。

俺がどうなっても、それを知らずにいればいい。
どこかで生きていると、そう思い続けてくれればいいんだ。
大丈夫、二人とも一人じゃない。
真田ならを守ってくれる。なら真田を支えてくれる。

もう、そうすることしか、俺には出来ない。



勝手なことをしてごめん。



心配をかけて、迷惑をかけて、二人を置いていって。





もう手に入れることのないと思っていた日常を、幸せをくれたのは、彼らだった。












その頃にはもう、須釜さんに何か裏があることは気づいていた。そして、彼の能力の正体も。

俺は選択肢を誤ったのだ。
と一緒にいる時間を望み、や真田と一緒に魔の者から解放される未来を願った。
もっと、慎重になればよかった。藁にも縋るような思いで、彼の手を取ってしまった。
けれど、これはすべて自分の責任だ。俺がなんとかしなければ。

彼が俺に近づいた目的がはっきりしない。
単純に考えれば、俺たちの力を自分のものにしたいということだろうか。
それならば、彼をここにとどめておくわけにもいかない。
力が欲しいというのなら、俺の力を使えばいい。にも真田にも手は出させない。





「・・・ぐっ・・・はあっ・・・はあ・・・」





まただ。俺の中で魔の者が暴れだす。
外に出ようと、俺を乗っ取ろうと、体全体をはいまわるような感覚。

意識を手放してはならない。須釜さんをここから引き離すまでは。





「おや、笠井くん。顔色が悪いですね〜。はやくこちらへ。」

「・・・須釜さん。俺、この町から出ようと思うんだ。」

「・・・そうですか?それはなぜ?」

や真田に黙っているのももう限界だ。だけど、俺は極力二人を危険な目にあわせたくない。
二人はまだ体に変化はないみたいだし、すぐに俺みたいな状態になることはないだろう。」

「なるほど。」

「だからここから離れた町で、様子を見たいんだ。
俺の体ならこの間みたいな実験をしてもいい。もちろん他のことも。
須釜さんも一緒に来てくれませんか?もちろん報酬は払います。」

「・・・そうですねえ〜・・・」





須釜さんはいつもの笑みを浮かべると、静かに俺の体に触れた。
彼の手に光が集まる。





「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ話は・・・」

「笠井くん、まずは休んだほうがいい。話はそれからにしましょう。」





抵抗する力も、気力も尽き、彼の手から放たれた力。
魔の者が動きを止め、同時に俺も意識を失う。限界はすぐそこまで来ていた。





「ふふ、そろそろですかね。」





須釜さんがポツリと呟いた一言は、誰にも聞こえることはなく、
彼の浮かべた表情もその意味も、そして彼が本当に望むものも、俺はまだ知らなかった。






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