「僕自身にそれほど大きな力はないですが・・・"気"のコントロールは得意なんです。」 突然俺の前に現れた、便利屋と名乗る男。 もちろん彼を信用したわけじゃなかった。 「これでも昔、退魔師としての修行を受けたこともあるんですよ。」 ただ、力が暴走しそうになった魔の者を押さえ込んだのも事実。 「さんの依頼もあって、君のことは調べさせてもらいました。 その体のことも、事情も多少はわかっているつもりです。」 彼の運転する車の助手席で、返事をすることもなく。 バックミラー越しに見えるが、祈るように俺を見ていることにも気づかないフリをして。 「貴方が望むのなら、僕は力を貸します。」 平静を装ったまま、必死で答えを探した。 哀しみの華俺たちの存在が西園寺グループに勘付かれ、協定を結ぶことになったのはその頃だ。 もちろん逃げるという選択肢もあったけれど、今の俺では無理だと思った。 力を使おうとすれば、何が起こるかわからない。そんな状態で松下家からも西園寺グループからも逃げるなんて。 だからも真田も納得できるような理由を並べて、ここにとどまることを提案した。 けれど、 「度胸あるよな〜!追われてる身で堂々と塾の講師とか!」 「たくさんの人にまぎれてれば、意外と見つからないものだと思うよ。」 「うんうん!ちまちま逃げ隠れるなんて俺も嫌!」 予想外だったのは、思っていた以上にしっかりと監視がついたことだ。 俺たちの力をはかりかねていただろうから、多少は覚悟していたこととはいえ。 こうまでひっつかれてしまうと、俺の体の状態もいずれは知られてしまう。 「・・・藤代くんさ、」 「なんだよ、誠二でいいって!俺もタクって呼んでるんだし。」 「・・・じゃあ誠二。」 「ん?」 「四六時中監視なんて任されて疲れない?さぼりたいなら協力するよ?」 「お?」 長い付き合いというわけではないけれど、彼は退屈を嫌っていることはすぐにわかる。 俺みたいな男の監視に辟易していてもおかしくはない。任された仕事を忠実にこなすってタイプでもなさそうだ。 多少なりとも彼は俺を信用しはじめてくれているみたいだし、この提案にも喜んでのってくれそうだ。 「そりゃー、監視の仕事は面倒だけど。」 「だろ?」 「でも俺、今回のは仕事って思ってないし。」 「・・・え?」 思っていたことと違う返事に、拍子抜けしつつ、それじゃあ何だと思っているのかと聞き返す。 「俺、タクといるの楽しーんだもん。」 「!」 思わず言葉を失った。・・・楽しい?俺といることが? 俺みたいな、つまらない人間と一緒で? 「・・・楽しいの?本当に?」 「何間抜けな顔してんだよ。そうじゃなきゃタクに言われる前に適当にさぼってるって。」 「俺、君に楽しいと思われるなんてことしたっけ?」 「えー、そうだなー。めっちゃ堅い奴かと思ったら、意外と度胸もあるし、融通もきくし? あとは俺のグチも聞いてくれるしな!タクに話すとなんでかスッキリするよ。時々説教じみたこと言われるけど。」 別に、度胸があったわけじゃない。自分が出来ることを考えて、それしかないと思って実行しただけ。 融通もきかせたつもりはなく、ただ呆れて諦めていただけだ。彼の愚痴だって・・・適当に聞き流していただけ。 たった、それだけのことなのに。俺は自分から何もしていないのに。それでも彼は、屈託のない笑みを俺に向けて言う。 「友達と一緒にいるだけなのに、それが仕事になるだなんて最高じゃん?」 「・・・友達。」 「なんだよー、タクは楽しくないの?」 ・・・楽しい? 自分は監視されているからと、そんなことを考えることもなかった。 監視という立場なのに、対象である俺に気を遣うこともなく、いつも笑顔で俺に接してきた彼。 帰り道に退屈だからとカラオケやゲームセンターへと連れていかれることもあった。 いつもならば、わずらわしく思っていたはずだ。自分の都合で、わがままで、振り回されるなんて。 でも、そうは思わなかった。それどころか彼と過ごす時間はあっという間に過ぎていって。 引き離そうと思ったのは、自分の体のことを知られたくなかったから。 でもそれを抜きにしたら、 「・・・そうだね。」 「それどっちに頷いてんの?!」 「さあ?」 「性格わっりー!」 楽しかった。 「もーいいや!俺は楽しいし!あ、腹減っちゃったから、なんか食べに行こうぜ!」 「いいけど誠二、金欠だって言ってなかった?俺は奢る気ないよ?」 「タクのけち!けどいいんだ、これは任務ってことで経費にしようそうしよう。」 「さっき仕事と思ってないって言ったの誰だったっけ?」 「それはそれ、これはこれ。使えるものは使うのは当然じゃん?」 そう、楽しかったんだ。 「じゃあな!また明日!」 「寝坊してもフォローはしないからね。」 「うっそ!そういうときこそごまかしてよ!」 「嫌だよ。」 「タクの薄情者ー!じゃー帰って即効寝る!じゃな!」 誠二と食事をして、気づけばもう次の日をまわっていた。 家の近くの公園で別れ、俺も家に帰ろうと歩き出す。 「竹巳!」 「!」 突然聞こえた声に思わず足を止めた。 「・・・、会いにくるなって言ったよね?」 「連絡をくれるって言って、全然くれなかったのは竹巳でしょ?」 「・・・。」 「あんな状態で別れて・・・心配しないはずないでしょう?」 体は平気?との問いに変わりはないと答えれば、安堵したように小さく笑って俺の手を優しく包んだ。 それほどに俺を心配してくれていた彼女の姿に、胸が痛む。 「・・・一人?」 「うん。誰かに見られるとまずいんでしょう?竹巳と一緒にいるっていう仲間にも・・・。」 「・・・だからってこんな夜中に一人で・・・!」 「そうでもしなきゃ貴方には会えない。」 「っ・・・。」 突き放さなければ。 俺から離れてもらわなければ。 そう思っているのに、頭ではわかっているのに。 どうして俺は、この手を振り払うことができない。 このままでいたって、彼女に幸せが待っているはずなんてないのに。 「タク、これお前の携帯・・・」 「!!」 誠二が俺の携帯を手に戻ってきた。 先ほど電池が切れたからと自分のを貸していたことを思い出す。 一晩ないだけでも困るだろうと返しに戻ってきたんだろう。 「え?あれ・・・俺、邪魔した?」 「・・・。」 「なになに?タクの彼女?!はじめまして!俺、友達の藤代誠二っす!」 誠二が目を輝かせながら、の手をとり挨拶をかわす。 なんと説明したらいい?バイトの同僚・・・いや、でもこんな時間に会っているだなんておかしい。 彼女と説明したところで、誠二のことだ。悪気なんてまったくなく、自然とや真田たちにも話してしまうだろう。 そうなってしまうのならば、 「・・・彼女は。俺の幼馴染だ。」 「幼馴染って・・・え?」 「過去は捨てたつもりだったんだけど・・・俺を探して会いに来てくれたんだよ。」 「わ、うわー!すっげえ愛されてんじゃんタク!」 無邪気に笑う誠二の姿に、少しだけ胸が痛んだ。 俺はそんなに想ってもらう価値なんてない。 なのに彼女はずっと、俺を探し、一緒にいたいと望んでくれている。 「誠二、頼みがあるんだ。」 「何?」 「のこと、誰にも言わないでほしい。」 「え?ああ、変なことに巻き込まれるかもしれないから?」 「それもあるよ。でも、出来る限り誰にも知られなくないんだ。にも、真田にも。」 「何で・・・?」 「俺たちは過去を捨てたんだ。も真田も必死で前を向こうとしてるのに、俺は一人でルールを破ってる。」 「・・・。」 「嫌なんだ、そんな自分を見られるのも、二人に心配をかけるのも。 それに・・・はもう元の場所に帰ってもらうから。」 「・・・竹巳?!」 縋りつくような目で俺を見上げるを見ることもなく、言葉を続けた。 「初めから言ってるだろ。迷惑なんだ。」 「私だって言ってるよ!一緒にいたいって・・・!」 「俺はもう普通の人間じゃない。それがわかっててどうしてそういうことが言える?」 「普通の人間だろうがなかろうが竹巳は竹巳だからよ!」 まただ。彼女の言葉に何も返せなくなる。 理屈を並べて人を説得するのは得意だったはずなのに。 「・・・そんなこと・・・」 「・・・あのさー、タク。」 「・・・何、誠二。」 表情も声もいつもと変わらぬ様子で、誠二が俺たちの言い合いを遮る。 俺もも一呼吸ついて、彼を見た。 「お前はちゃんが好きなんだろ?」 「!」 「いつも冷静なくせに今は全然隠せてないあたり、重症だよな!」 誠二が少し意地悪く笑って、俺との肩を軽く叩いた。 すぐに違う、そんなことないと返せばよかったのに、言葉が出てこなかった。 口に出せば出すほど、誠二にも、にも、嘘を見透かされてしまうような気がして。 「俺たちにとって重要なのは、お前が普通の人間とか、そうじゃないかとかじゃないんだよ。」 「・・・?」 「タクはどうしたい?」 俺がどうしたいかなんて、どうでもいいんだ。 そんなことよりも彼女を危険な目にあわせるほうがよっぽどつらい。 だから、はやくこの手を離して、俺から離れてもらうほかなくて。 「そういう問題じゃないだろ?俺といれば危険なことなんてわかりきってる。 魔の者が入り込んで、俺自身だってどうなるかわからないのに・・・!」 「そうだよ、わかんないんじゃんか。」 「・・・は?」 「先のことなんて誰にもわからねえんだよ。」 「!」 でも俺の体は、や真田と違って、もうきっとボロボロだ。 魔の者が表に出てこようと暴れだして、あの日だって須釜さんがいなければ・・・ 「なあ、何ですぐ諦めようとすんの?」 「・・・っ・・・」 「諦めなくたっていいんだよ。過去を捨てなくたって、自分を抑えなくたっていい。 お前だって俺らと同じ人間なんだ。いくらだって望みがあるだろ?」 たくさんのことを諦めて、それでも少しずつ幸せを見つけて。 俺はもう充分だと思ってた。過去の光を失っても、自分が魔の者に脅かされても。 大切に思う人たちが幸せであればと。 「タク、お前はどうしたいんだよ。」 けれど、知っていた。そんなの建前だ。 何かを望めば望むほど、それが無意味だと知っていたから。 叶うことはなく、自分が余計に惨めになるだけだからとわかっていたから。 誰かの幸せを願い、自分のことは諦めたフリをしていた。 「竹巳・・・。」 が俺の手を強く握り締めた。 彼女の手は震えていた。俺が怖かったんだろう。 それは俺の体のことではなく、ずっと彼女を傷つけてきた言葉に。 もう、望んではいけないと思っていたんだ。 俺は今の幸せで充分だと、そう思っていたんだ。 なのに、彼女の声を聞くたびに、姿を見るたびに、 感情はあふれ出して。自分を抑えることに必死で。 いいのだろうか。 こんな俺でも。 たくさんの人に嘘をついて、欺いてきた。 体には魔の者が入り込み、もう普通の人間とは違う。それでも、 願ってもいいのだろうか。 望んでも、いいのだろうか。 言葉にすることはできなかった。 けれど、俺は彼女の体を抱き寄せて、強く強く抱きしめる。 一緒にいたい。 失いたくない。 俺はまだ、ここにいたい。 これからも、生きていたいんだ。 TOP NEXT |