一度は見つけ、けれど失い、封じ込めたもの。





誰かと心を通わせることなんてないと思ってた。





自分以外の大切な誰かにまた出会うことなんて、もうないのだと。













哀しみの華













どんなときでも冷静でいて、自分の感情を隠すことなんて簡単だった。
面倒見よく見せることも、人当たりよく見せることだって、昔からずっとしてきたことだ。

ただの偶然から、一緒に暮らすことになってしまった見知らぬ他人の集まり。
魔の者に入り込まれたなんて、悪夢のような現実を受け入れた割に、その日常は実に淡々としていた。
騒がしくてお調子者のようで、自分のことをごまかし続けるシゲ。
俺たちの中で一番人間らしく、いつでも必死でまっすぐな真田。
たった一人の女の子なのに怖がって泣くこともせずに、強い意志を持っていた

もともと淡白な性格の集まりなのか、それとも寄せ集められただけの関係で仲良くする気もないのか。
俺たちは一緒に住んではいても、お互いの生活に干渉したりはしなかった。
俺は人の心をわかるフリはできても、本当にわかることなどできない。
だからその距離感がちょうどよかった。顔をあわせたら笑って、優等生のフリをして、時間を過ごしていく。



ただ他人の彼らと過ごす日々は、少しずつ、ほんの少しずつの変化をもたらす。
過ごす時間が増えていくほどに、感じていた違和感。今まで感じたことのない感情。





「仲良くお食事かい。笠井、俺にはくれへんの?」

「ああ、悪いけどもう余分はないから。」

「つーか、最初っからその気なかったやろ?」

「あはは。よくおわかりで。」





静けさしかなかった、自分の家とは違う。





「シゲ、いい加減からかうのはよしなよ。叫び声が二つになるとさすがに近所迷惑だ。」

「なっ・・・!」

「笠井てめえ!なんかバカにしてんだろ?」

「いえいえまさか。バカになんてしてませんよ?」





"優等生"しか演じてこなかった自分に、いろんな一面があることを知った。





、大丈夫?」

「大丈夫。ありがと竹巳、助かったよ。」





時が経つたびに今まで知らなかった自分が、次々に飛び出してくる。
両親の人形ではない、飾った優等生でもない、貼りつけたような同じ笑顔じゃない。
そんな自分がいることに驚きながらも、気分は悪くなくて。
そんなことを考えてる自分が、なんだか可笑しかった。














もちろん、平和なだけじゃなかった。





「シゲを・・・シゲを止めないと・・・!早く・・・!」





シゲが俺たちの前から消え、人を喰ってしまったあの日。
俺は必死でシゲを止めようとした。彼を助けたいと、そう思った。
他人など皆同じだと誰かの言いなりになっていた自分が、本当に心から願ったことだった。

彼らといると少しずつ、少しずつ自分が形作られていく気がした。
ただの他人だったのに。偶然、同じ運命をたどることになっただけの・・・





「もっと自由になっていいんだよ?もっと怒って、笑って、自分の好きなことを楽しんでいいの・・・!」





自分の幸せなど、もう願うことも考えることもないのだと思っていた。
彼女を傷つけて、自分の家を捨てて、失うものさえ何もないと。



でも、俺にもまた出来たんだ。





「これで私たちは・・・松下さんたちに逆らうことになる。本当にもう、ただの被害者じゃなくなる。
私たちを守ってくれるものも無くなるわ。」

「何を今更。」

「わかってるに決まってるだろ。そんなこと。」





自分よりももっと、もっと大切にしたい人たちが。





悲しませたくないと、苦しませたくないと、そう思える人たちが。















シゲが消えてしまったと聞いたとき、胸が締め付けられるようにひどく痛んだ。
俺は結局何も出来なかった。冷静なフリをして、自分の情けなさに声さえ出なかった。

なのに、一番つらかったはずのがシゲの最期を伝えてくれた。
泣きそうな顔で、けれど涙を流すまいと必死でこらえて。
自然と体が動いて。俺は、彼女を抱きしめていた。





「・・・ごめん・・・。一人で・・・つらい思いをさせたよね・・・。」





俺にはそんなことしかできなかったけれど、彼女は笑ってくれた。
笑う気力さえなかっただろうに、それでも、俺たちを安心させるために。



どうしたら、彼女のようになれるだろう。



どうしたら、彼らのようになれるだろう。







どうしたら、大切に思うこの気持ちが伝わるだろうか。








人とは違う体。人とは違う食料。
異形の者の姿と叫び声。自分の中に入り込んだ魔の者。
消えることのない不安や恐怖も。





決して一人で押さえ込んでいたことじゃない。





一人じゃないから、ここまで来れたんだ。





助けたい。守りたい。





今度こそ、大切な人たちを俺の手で。






















そう、思っていたのに。





偶然運命をともにし、けれど少しずつ距離が近づいて。かけがえのない大切な存在となった仲間たち。



周りからの反対も受け入れず、俺たちを守り抜こうと戦ってくれた人たち。



利益目的だといい俺たちに近づいて、なのに馬鹿みたいにお人よしな退魔師の新進グループ。



過去を捨てるなんておかしいと、興奮まじりに語り俺に協力すると言った監視者。





彼らと過ごす日々の中で、確かに自分の幸せを見つけていたのに。










どうして俺は、それ以上を望んでしまったんだろう。











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