生まれたときから俺の未来は決められていた。





親の敷いたレールの上を自分の意志も持たずにただ歩く。





友達や好きになる人まで決められた人生。





それらを壊すきっかけになった出来事。





絶望でしかなかったはずのあの日、少しだけ安堵の気持ちもあったと言ったら、





彼らは俺を軽蔑しただろうか。















哀しみの華
















『病院の跡取りとして、常に優秀であれ』



それが父親の口癖だった。



『私たちの言うことを聞いていれば、間違いなど何もないわ』



それが母親の口癖だった。





大病院の長男として生まれ、その日から俺の未来は決められていた。
物心ついたときには既に専属の世話役や家庭教師がおり、自由は制限されていた。
両親に従うことが絶対だと思っていたし、それが当たり前だから疑問も持たなかった。

決められたレールの上を歩き、決められたこと以外は何もしない。
笑ったり、怒ったり、泣き喚いたりすることもない。まるで、人形のように過ごす日々。





「竹巳くん!遊ぼ!」





それでも俺が"感情"というものを持つようになったのは、同い年の幼馴染がいたからだろう。
彼女は別病院の娘で、彼女もまた生まれたときから未来は決められていた。
別病院長の妻となること。つまり、俺の婚約者。
俺の家とは違い、最低限の教育はあれど自由に育てられた彼女は俺にとって不思議な存在だった。
もともと同世代の友達などなく、大人に囲まれてばかりいたから俺は彼女に疑問を持ってばかりだった。





「竹巳くんは何で笑わないの?楽しくないの?」

「笑う必要がないから。」

「必要とか、関係ないんだよ?楽しかったら笑うものなんだよ?」

「笑って、どうするの?」

「笑ったら嬉しくなるでしょう?」

「嬉しい?」

「わたしは竹巳くんが笑ってくれたら嬉しいよ。すっごくうれしい!」





彼女は、は俺の前ではいつも笑っていた。
表情が乏しい俺にたいし、屈託のない笑みを何度も見せてくれていた。
いくら自由に育てられたとはいえ、つらいことがないわけではなかっただろう。
それでも、いつだって変わらずに。

この頃の彼女は、俺が婚約者だとか病院の息子だとかそんなこと考えてもなかっただろう。
ただ、俺と仲良くなりたい。その一心だったんだと思う。
何の打算もない純粋な思いは、かたまって冷たくなった俺の心を徐々にほぐしていく。
息苦しい家に彼女が来て、いつものように笑ってくれるだけで救われるような気持ちになった。
彼女が笑えば自分も嬉しい。いつしかその言葉の意味がわかる自分がいた。












さんとの婚約は解消することにした。」

「え?」

「あそこは最近、経営が思わしくない。」

「そんな理由で・・・ずっと言い続けてきたことを覆すんですか?
ずっと彼女が俺の婚約者だと・・・一緒に生きていく人なのだと思って・・・」

「別の相手は近々探す。竹巳は私たちの言うとおりにしなさい。」

「・・・っ・・・」





普通ならば、なんて理不尽なことをいうのかと怒り、怒鳴ってもおかしくない状況だっただろう。
けれど俺はこの両親に逆らう術をもっていなかった。ずっと、そうやって育てられてきたから。









あの日はと会う、最後の日にするつもりだった。
俺はきっとこの先も両親には逆らえない。
どんなに彼女を愛おしく思っても、彼女を傷つけ続けるだけだ。





「話は聞いた?。」

「・・・うん。」

「そういうことだから、会うのはこれで最後にしよう。」

「・・・でも・・・でも、私はっ・・・!」

「・・・。」

「家のことなんて関係なく、竹巳のことが好き・・・!ずっと一緒に・・・一緒にいたいよ・・・!」





それならば、





「それはの勝手な感情だろ?俺はそんなこと思ってない。」





自分で、終わらせよう。





「相手なんて誰だって同じなんだ。俺は両親の言われたとおりにするだけだから。」





元々彼女は、あんなにも冷たい家に入るべき人じゃない。
関わり、傷つくべき人じゃない。





「・・・全部、嘘だったって、そう言うの?」

「・・・。」

「竹巳が笑ってくれたとき・・・本当に嬉しかった。竹巳のこと、もっともっと好きになった。」





俺の歩む道は、彼女の笑顔を曇らせるものでしかない。





「竹巳は・・・竹巳はもっと自由になっていいんだよ?
もっと怒って、笑って、自分の好きなことを楽しんでいいの・・・!」





とっくにわかってた。だけど、親が決めた婚約者だからとそれを理由に、見ないフリをしていただけだ。





「私のことが好きじゃなくても・・・それでも私は・・・竹巳に笑っていてほしい・・・!」





だから俺は彼女とは違う世界で、願っている。





「・・・さよなら。」





真っ暗な世界にいた俺を照らしてくれた、光のような彼女の幸せを。















魔の者に入り込まれ、俺の運命が変わったのはその直後。
突然の体の変化に驚き、そのとき一緒にいたに会いにデパートに向かって、真相にたどりつく。
それが自分の身に起こっていなければ、決して信じることなどなかっただろう悪夢のような出来事。





「俺たちに起こっているおかしなこと。それは貴方の言う"魔の者"のせいってことですか?」





松下さんの話を聞いて、も、真田も、シゲでさえも。全員が混乱し、動揺していただろう。
なのに俺は、そんな中で驚くほど冷静だった。
魔の者に入り込まれるということが、どれほどのことか実感できていなかったからかもしれない。





「人でも貴方たちの言う"魔の者"でも・・・食べないと生きていけない。違いますか?」





それでも、俺は思っていた。
俺が今まで過ごしてきた世界には、もう戻れないのだと。

全員が絶望に打ちのめされただろう。けれど俺が持った感情は、





「捨てなきゃ生きられないと言うのなら・・・全て捨てます。」





真っ暗だった道から、逃げることのできなかった道から開放される。
大きな不安と、正体のわからない寂しさ、少しの安堵感。そして、





「家のことなんて関係なく、竹巳のことが好き・・・!ずっと一緒に・・・一緒にいたいよ・・・!」





浮かんだの姿を打ち消すように小さく首を振った。
こうなる運命だったのなら、離れることを選んでよかった。



こんな俺を好きだと、そう言ってくれた。



こんな俺に自由になってもいいのだと、必死で叫んでくれた。



いつだって温かな笑顔を向けてくれた。





俺は充分すぎるほどに、彼女からたくさんのものをもらった。









憎んでくれていい。



ひどい奴だったと、最低な奴だったとそう思ってくれていい。



そうしていつか俺を忘れ、他の誰かと幸せになれ。



もう二度と会うことはなくても、君が俺を忘れても、俺は決して忘れない。



君の言葉も、笑顔も、温もりも。





俺に心を教えてくれた君の幸せを、祈っているから。











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