携帯電話のディスプレイに映った竹巳の名前。 『お願い・・・!竹巳を助けて・・・!』 その先から聞こえてくるのは、今にも泣き出しそうな女の子の声だった。 哀しみの華『わたし・・・今、竹巳と一緒にいて・・・』 彼女の悲痛な叫び、おびえて裏返った声。 『須釜さんのスキをみて・・・今、あの人から逃げてる・・・』 震えて、疲れ切って、それでも竹巳を守ろうとしている。 『でも、竹巳が・・・竹巳の様子がおかしくて・・・だけど私には何もできなっ・・・』 竹巳が普通の人間とは違っていることも、もうわかっているんだろう。 それでも竹巳を支えるように、ずっと彼から離れようとしなかった彼女の姿を思い返す。 『お願い・・・』 苦しそうにする大切な人を目の前にして、なのに自分は何もできない。 支えたいのに、力になりたいのに。ただ、見守ることしかできない。 『・・・竹巳を・・・たすけてっ・・・』 そんな思いを、私は知っている。 その悔しさも、悲しさも、胸がしめつけられるような思いも。 彼女が隠れているという場所を聞き、私たちはそこへ向かった。 須釜のスキを見て逃げ出したとそう言った彼女。 本当に逃げ出したつもりでいるのか、それとも罠か。 どちらにせよ、そこに間違いなく須釜が待ち構えているだろう。 それでも、行くしか道はない。 竹巳の限界が近づいているというのならなおさら。 一人にしない。一人になんてさせない。何度も何度も思ったのに、それは叶うことはなく、大切な人を失って。 あの時の痛みを、今もまだ忘れることはない。きっと、これからもずっと。 けれど、だからこそ探し続けるんだ。 かっこ悪く、みっともなくても。 たとえ、かすかな光でも。 私たちの生きる道はあるのだと。 「っ・・・さんっ・・・」 「さん・・・!」 須釜がいることを警戒して、翼たちとは途中で別れた。 彼らは気配を消して、近くにいるだろう。 けれど彼の姿は見えない。今この場にいるのはさん一人だ。 「・・・竹巳は?!」 「そこ・・・中に・・・でも、すごく苦しんでて・・・」 さんが指をさしたのは、視界いっぱいに広がる、見上げるほどの大きな倉庫。 私たちは彼女の言葉に頷き、指さすほうへと駆け出した。 「・・・っあ・・・うああっ・・・!!」 扉を開ける前から聞こえてきた、悲鳴ともとれるくらいの苦しそうな声。 そこを開けると倉庫の一番奥に人影が見えた。 「竹巳!」 「おい、待て!!」 ザンッ・・・ 私の横を通り過ぎていったのは、鋭い刃物のような衝撃波。 一筋の線が私の頬に入り、赤い血がじわりと広がる。 一馬が私の体を引いてくれていなければ、傷はもっと深かったはずだ。 「私・・・竹巳に入ってくるなって・・・言われて・・・でも、竹巳は・・・」 さんがその場に崩れおちる。 たとえほとんど見知らぬ私たちでも、誰かが来たことで安堵したのかもしれない。 「・・・赤い・・・。」 「・・・あの時と・・・同じだ。」 竹巳の"実験"。魔の者を絶っていたときに私を襲ったときも、同じ目の色をしていた。 自我を忘れ、魔の者が表に出てきている証だ。 そして、そのとき竹巳が我に返ったのは・・・ 「一馬、さんを外に連れ出して。」 「・・・何するつもりだよ?」 「竹巳に私の気を喰ってもらう。」 「なっ・・・!」 「前はそうすることで竹巳は意識を取り戻した。今はこれしか手が浮かばない。」 「・・・。」 はやく外に連れていってと振り向くと、一馬はさんの手を掴み、体ごと私へと押し出した。 突然のことに驚きながらも私はさんを支え、彼を見上げる。 「何・・・どうしたの、一馬。」 「どっちがその役をやっても一緒だろ。笠井は俺が行く。」 「っでも・・・!」 「いいからはやく連れていけよ!時間がないんだろ?!」 「・・・。」 「俺はお前を守るって言った。」 「・・・私だって一馬を守るって言ったわ。」 「わかってるよ。」 「無茶したら怒るからね。」 「お互いさま。」 その言葉を最後に、私は彼女を連れて扉の前に移動する。 同時に獣のような咆哮にも似た悲鳴が倉庫中に響いた。 「おい!目覚ませ笠井!」 「・・・ぐああああ!!」 「・・・っ・・・!」 取っ組みあいの格好のまま地面を転がり、積荷にぶつかって動きが止まると、一馬の顔が苦しそうに歪む。 竹巳の手が一馬にふれている。そこから彼の気を喰っているんだ。 「一馬!!」 「来るな!大丈、夫・・・!!」 苦しそうにしながらも、一馬が自分の上に乗る竹巳を力でねじ伏せるように押さえつけた。 立場は逆転し、竹巳は身動きがとれなくなったようだ。 「・・・っおい・・・笠井!目、覚めたかよこのバカ!!」 竹巳の反応はない。 私の後ろではさんの荒くなった息遣いが聞こえた。 当然だ、こんな光景普通の人は見たことなどないし、恐怖を覚え平常心を失ってもおかしくない。 「さん、ここは閉める。貴方は外にいて。」 「・・・い、いや・・・!私も・・・竹巳の傍に・・・」 「貴方がいると足手まとい。私たち皆で魔の者に取り込まれる気はないの。」 冷たく言い放つ。 けれどこれは本当のこと。中途半端な優しさで、彼女も私たちも危険な状況になりかねない。 「私にも・・・私にも力があったら・・・よかったのに・・・」 「・・・。」 「どうしてあの日・・・竹巳と一緒に帰らなかったんだろう・・・」 「!」 私たちが出会い、魔の者に入り込まれたあの日。 そういえば竹巳は同じ階のレストランに誰かと一緒にいたと言っていた。 まさか、彼女が・・・その相手だった? 「・・・竹巳の後を追えば・・・よかったっ・・・」 「・・・。」 「・・・そうしたら・・・ずっと一緒に・・・」 けれど、今となってはどうにもできない。 どんなに泣いても悔やんでも、あの日にはもう戻れない。 「さ・・・」 ガァンッ!!! 「なっ・・・?!何・・・?!」 彼女の名前を呼ぼうとしたのに、それは目の前の扉によって遮られる。 けれど私は閉めた覚えはない。扉はひとりでに閉まったのだ。 「大丈夫?!」 「は、はい・・・わたしは・・・キャアアアアッ!!!」 「さん!!」 突然しまった厚い扉。 さんの悲鳴を聞いて、私はそれをこじあけようとする。けれどそれはびくともしない。 昔、同じようなことがあった。それはこんな厚い扉でなく、部屋の小さな扉だったけれど。 そしてその原因は、 「・・・結界・・・!」 誰かがこの倉庫に結界をはり、私たちを閉じ込めた。 思い当たる人物はただ一人だ。 そして気づく。それまで何もいなかったはずの、禍々しい複数の気配がこの倉庫を覆っている。 「いや・・・いやああああ!!」 「さん!!!」 倉庫の周りに、その気配の持ち主・・・魔の者が集まっている。 まさか須釜は・・・竹巳だけでなく、さんも消そうとしていた・・・? 私たちや須釜と関わりすぎたから?それとも、さんが彼から本当に逃げ出したからかもしれない。 ただの人間であるさんの目に見えているということは、相当強い魔の者たちだ。 彼女一人では勝ち目なんてあるはずもない。逃げることさえ不可能だろう。 「開け・・・!開けえ!!」 「水瀬?!どうし・・・」 一馬がこちらの様子に気づいた、その瞬間、 「いや・・・いやだよっ・・・!竹巳っ・・・!!」 さんのすがるような声と同時に、大きな轟音が鳴り響く。 そして残ったのは音もない、静寂のみだった。 TOP NEXT |