「どこに行くの?」





次の日の早朝、ドアの前に立っていた人物。
彼のいつもより低く、冷静な声が私たちを引き止める。





「・・・翼。」





その後ろには黒川くんと藤代くん。
二人も翼と同じように、けれど複雑そうな表情を浮かべて私たちを見ていた。





「散々心配も迷惑もかけておいて、何も言わないで行くつもりだった?
そんなの許すわけがない。わかってるよね?」





冷たく言い放たれた言葉に、張り詰めた空気が流れる。





「話せよ。そうしなきゃここは通さない。」





身体能力は確実に私たちの方が上だ。
通さないといわれても、彼らから逃げることはできたはずだ。
それでもそうしなかったのは、そうすることができなかったのは、彼らが私たちを本当に心配してくれていると、伝わってきたから。





信用などできないとそう思った彼らを、私たちはもう信頼していたから。

















哀しみの華















「・・・そうか、笠井が・・・」

「・・・なんだよ・・・!俺、そんなの聞いてない・・・!
タク、あんなに嬉しそうにしてたのに・・・!俺が・・・俺のせいで・・・!」

「藤代くん、竹巳は貴方がそんな風に思うことを望んでない。」

「・・・だけどっ・・・」

「落ち着け藤代。今更どうこう言ったって仕方ない。問題はこれからどうするかだ。」

「・・・。」





昨日のことを正直に話せば、思ったとおりに三人ともに動揺した姿を見せる。
私だって昨日のことを思い出すだけで体が震える。
けれど、悲しんで悔やんで、立ち止まってしまったら、それこそもっと後悔することになる。





が戻ってきたのは良い判断だったと思う。
その場にが残れば、笠井と一緒に須釜って奴にいいようにされていただけだ。」

「・・・。」

「それで?ここを出てどうするつもりなの?」





翼のまっすぐな視線がつきささる。
竹巳を助けに行こうとしてる、なんて正直に言えば止められるだけだろう。
けれど彼は簡単な嘘が通じる相手ではないことを私は知っている。





「竹巳を助けに行く。」





だから、嘘はつかない。
誤魔化したりもしない。





「ずいぶん正直に言うんだ。」

「翼に嘘をついても仕方ないからね。」

「さすが。よく僕のことがわかってるね。」

「あれだけひっつかれてれば自然とそうなるわ。」

「はは、なるほどね。」





止められたとしても、私たちは行く。そう決めたんだ。





「そういうことだから私たちは行くわ。須釜には私たちがここに住んでることはばれてる。
本人が出向くのを待つ手もあるけど、ここじゃ力を十分に出せないし、周りにも迷惑がかかるから。」

「どこへ行くの?」

「それを伝える必要はないでしょう?」





彼らとは元々、お互いのメリットから手を組んだだけ。
今の私たちの状況は明らかにデメリットでしか与えない。
彼らのことは信頼に値する人たちだと思ってる。だけどそれと今回の問題とは別問題だ。





「・・・俺も・・・俺も連れてってくれ!」

「藤代くん。」

「俺だってタクを助けたい・・・!またタクに会いたいんだ!」

「・・・。」

「自分のせいだと思ってるとか、そんな理由じゃない!
俺はタクと一緒にいて・・・本当に楽しかった。友達だって、そう思ってたんだよ!」





いつも軽く笑って、何事にも動じないような大物ぶりを見せていた、そんな藤代くんの叫び。
必死の形相。二人が楽しそうに笑っていた姿が目に浮かぶ。
冷静な竹巳が、呆れたように、けれど楽しそうに話す人。
藤代くんとあんなにも一緒にいたのは、須釜やさんのカモフラージュというだけじゃなかったはずだ。





「俺も行く。」

「・・・黒川?」

「お前、表情かたすぎ。どれだけ背負い込もうと思ってんだよ。」

「・・・っ・・・」

「こんなに深く関わることになるとは思ってなかったけど、これも何かの縁だろ。」

「縁とかお前・・・そんな簡単なもんじゃ・・・ていうかそんなもんで命かけようとすんな!」

「命かけても協力するくらいの縁だって、そう思ってるから言ってるんだけど?」

「!」





昨日からずっと、何かに追いつめられたような表情をしていた一馬。
同じような状況の私に、一馬の表情を変えることはできなかった。
けれど黒川くんは静かに言葉すくなに、一馬の表情を変えた。
素直じゃなかった一馬だけれど、この二人の間にも信頼は芽生えていたのだろう。





「そういうことだから、自分たちだけでなんとかしようとしたって無駄だよ。」

「・・・バカじゃないの?自分たちから危険に巻き込まれようとするなんて。」

「その危険に二人だけで向かっていくのはバカって言わないわけ?」

「・・・。」





いつでもまっすぐで正直で。
厳しいと思わせるような口ぶりなのに、優しくてお人よし。
はじめから周りを疑ってかかっていた。油断なんてできない。
周りはすべて敵だと、そう思わなければならないって思ってた。

けれど、彼らに嘘はない。



本当に思ってくれている。私たちの力になりたいと。
そう、信じさせてくれる。


















「それで?策はあるの?」

「いたってシンプル。私が囮になって一馬が竹巳を連れ出す。」

「ちょ、ちょっと待て!お前が囮になるなんて俺は認めてな・・・」

「でも須釜が狙ってるのは私らしいから。それが適任でしょ?」

「適任とかそういう問題じゃねえだろ!」





昨日話したときにも納得はいっていなかったみたいだけれど、やっぱり今もダメみたいだ。
一馬が私を心配してくれているのはわかっているけれど、可能性が高いのはやっぱり私が囮になることだ。





「僕は真田につくな。」

「・・・え?何で?」

「確かにが囮になるほうが須釜をひきつけることはできるだろうけど・・・
それほど執着してる相手だ。いくらの身体能力がずばぬけてても、逃げ切れる可能性は高くない。」

「そんなこと・・・!」

「ないって言える?笠井を犠牲にしてまで君を手にいれようとしていた男相手に。」

「っ・・・」





「・・・けれど、そんなリスクを背負ってでも手に入れたいと思ったものが僕にはあります。」





背筋が凍るような笑顔。ずっと私を見つめていた瞳。あのとき感じた恐怖がよみがえる。





「でも作戦自体は単純だけど使える。ただ相手を変えよう。
須釜を抑えるのは僕たち。笠井を連れ出すのはと真田だ。」

「え?」

「須釜の能力を聞く限りじゃたちが奴に近づくほうが危ない。
なら必然的に僕らが行ったほうがいいに決まってる。」

「でも・・・」

「笠井は迷惑をかけたくないって、帰ろうとしないだろう。
だけど、なんとしてでも説得しろ。ダメなら力づくで連れて帰ってこい。」





私の気持ちも、一馬の気持ちも汲んでくれているように。
けれどそんな様子は見せずに、てきぱきと行動を決める。
命令口調なのに、逆らう気になんてならない。





「それでいい?嫌だって言っても文句なんて言わせないけどね。」





それは彼の行動も言葉からも、優しさを感じることが出来るから。





「さてと。それじゃあその辺に散らばってる西園寺グループの奴らを撒くことから始めようか?」

「・・・え?」

「どういうことだよ?」

「俺らの役は、お前らの監視。一緒に行動することなんて命令に入ってないんだよ。」

「なっ・・・」

「まあ俺、別に西園寺グループの言いなりになる気はないし!」

「でもそしたら後で・・・」

「僕らが自分で決めたことだ。問題ないよ。」





堂々とそう語る彼らを前に、一馬と顔を見合わせて。
呆れたような表情をお互いに見せた後、小さく笑いあった。












「それで、行く場所は?笠井の行き先の見当はあるんだろ?」

「まだわからない。だけど、探す手段はある。」





視線を一馬に向けると、頷いてポケットから携帯電話を取り出す。





「竹巳は電源を切っていたみたいだけど、今は須釜かさんがつけてるんじゃないかって思う。
たとえば今繋がらなくても、何かしらの形でコンタクトをとってくるはず。私の携帯はもうないから、かかってくるのは一馬の携帯でしょうね。」

「・・・ずいぶん自信があるんだ。」

「翼も言ってたでしょう?あの執着心は異常よ。」

「・・・。」

「こんな力の・・・何に惹かれて執着してるのかなんてわからない。わかりたくもない。
できるならすぐに諦めてほしいって思うけど・・・今だけは許さないわ。今更諦めて竹巳を見捨てて逃げ出すなんて絶対許さない。」

・・・。」





力をこめて握った拳が震える。
それは怒りか、憎しみか、それとも哀しみなのか不安なのか。
いろいろな感情が入り混じって、その正体はわからない。





「!」





そして、言葉の後の沈黙と同時に、一馬の携帯電話から機械音が鳴り出す。





「もしもし?!」





一馬が緊張した様子で問いかけた電話の先には、





『・・・たすけて・・・』





今にも消え入りそうな、か細い声。





『お願い・・・!竹巳を助けて・・・!』





涙ながらに願う悲しい、悲しい声が聞こえた。












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