「・・・はっ・・・はあっ・・・」 力の限りに走った。 誰にも気づかれないように、誰にも追われることのないくらいに速く。 「逃げるんだ。きっと・・・道はあるから。それが俺の願いだって忘れないで。」 脳裏に浮かんでいた彼の言葉。 一人、あの場所に置いてきてしまった竹巳の言葉。 哀しみの華バンッ 「・・・っ?!」 どんな道順で、どうやって帰ってきたのかもはっきりとしない。 全速力でただひたすらに走ってきた私は、家に着くとその場に崩れた。 私を待ちわびていたかのように、一馬がこちらへ駆け寄ってくる。 「お前っ・・・どうしたんだよ!椎名たちが今必死になって・・・俺だってずっと・・・」 「・・・っ・・・」 私を支える一馬の手が暖かくて、優しくて。 そのまま一馬の服を掴んで、倒れこむように彼の胸に顔を埋めた。 「・・・?」 「・・・ごめ・・・ごめん・・・か、ずま・・・」 必死で走ってきて、息は荒く言葉もうまく紡げない。 「・・・わたしは・・・竹巳を・・・」 一馬が驚いたように体を反応させた。 けれど、すぐに私を抱きしめるように背中をさする。 「・・・。」 「ごめんっ・・・私っ・・・」 「大丈夫、ゆっくりでいい。落ち着いてからでいいから。」 「・・・っ・・・」 たくさんの悔しさや後悔。彼を救うことが出来なかった自分。 私は何度繰り返しているんだろう。助けられてばかりで、支えられてばかりで。 なのに、一馬の声は優しくて。私を包む腕は温かくて。胸がつまって、言葉にならない。 震える私の体を一馬はずっと抱きしめてくれていた。 「・・・ああ、うん。悪いけど少し時間をくれ。落ち着いたらちゃんと話すから。」 私の体の震えが止まると、一馬は私を座らせ温かい飲み物を手渡した。 それから私を探していただろう翼たちに連絡を取る。 私はそんな一馬の行動を思考の鈍った頭でずっと眺めていた。 「・・・ごめん一馬。」 「何謝ってんだよ。ていうかお前、もう休んでいいって言っただろ?話は明日聞くから。」 「・・・ううん、もう落ち着いたから大丈夫。話させて。」 「・・・。」 一馬が心配そうに私を見る。 今の私の状態を見れば、とても大丈夫そうには見えなかったんだろう。 それは私もわかっている。けれど、私は話さなければならない。 彼には、一馬にだけは。 私は少しずつ彼に話し始めた。 今日出会った須釜のこと。連れられたホテルにいた竹巳とさん。 須釜が私たちを騙そうとしていたこと。そして、 竹巳の体はもう、限界まで来ていたこと。 「・・・限界・・・」 「・・・もっとはやく気付くべきだった。竹巳の様子がおかしいこと、わかってたはずなのに・・・。」 違和感は感じていた。 もっとちゃんと考えていれば、竹巳の体調の変化に気付いていれば、こんな結果にはならなかったかもしれない。 それに気付いたところで、私たちにはどうすることもできなかったのかもしれない。 けれど、竹巳を一人で苦しませることはなかったし、彼を止めることだってできたかもしれない。 「竹巳は・・・きっと残りの力を振り絞って私を助けてくれた。 ずっと寝込むほどに体だってボロボロなのに・・・力を使って・・・あの場から逃がしてくれたの・・・」 何度振り返ろうと、何度戻って彼を迎えにいこうと思ったかしれない。 けれど、窓から落ちた私の姿は見られていなかったとはいえ、突然割れた窓は人を集めるには充分だった。 そんな場所で力を使うことなんてできなかった。 ましてや、あの場で捕まってしまえば・・・竹巳が私を逃がしてくれた意味がなくなってしまう。 「逃げるんだ。きっと・・・道はあるから。それが俺の願いだって忘れないで。」 竹巳の言葉を思い浮かべて、ただひたすらに走った。 走って、走って、そこから逃げ出した。 竹巳の優しくて儚い笑みが、頭から離れなかった。 けれど、どんな理由があっても、どんな言い訳をしても私は、 「・・・私は・・・一人で逃げた・・・。竹巳を置き去りにして・・・一人で・・・」 また体が震えだす。 自分の身勝手さが、情けなさが悔しくて仕方がない。 「・・・・・・」 一馬の声で、私はゆっくりと顔を上げる。 彼がどんな表情でいるのかが怖かった。大切な仲間を置いてきた私をどう思っているのかが怖かった。 「・・・よかった・・・」 一馬の口から聞こえたのは、予想もしていなかった言葉。 私は目を見開いて彼を見た。 「・・・な、何が・・・?だって私は竹巳を・・・」 「・・・笠井のことはショックだし、正直今だって混乱してる。 でも・・・お前が、が戻ってきてくれて・・・よかった・・・。」 「・・・どうして?私は・・・私は竹巳を見捨ててきたのに・・・!責められても仕方ないって・・・そう・・・」 「俺だってお前と同じ状況なら・・・同じことをしてる。そのときお前は俺を責めるのか?」 「!」 そんなことはない。そんなこと、しない。 もしも一馬がそんな状況になったら、本人が一番苦しんでるってわかるから。 竹巳の想いも、一馬の想いもわかるから。ずっと一緒にいたから。 大切な・・・ 大切な人たちだから。 「笠井だって、同じ気持ちだよ。」 この悔しさが、後悔が消えたわけじゃない。 それでも、ぼんやりとしていた思考が、視界が少しずつはっきりとしていく。 誰かを思い、思われる。 その温かさが、凍りつきそうになった心を包んでくれる。 「・・・一馬・・・。」 「何だ?」 「私、竹巳を助けたい。」 もう彼の限界は近くて。 私を逃がすために、彼はたった一人であの場所に残ることを選んだ。 彼を助けようとすることを、竹巳はきっと望んでいない。 「だから俺はもう・・・誰にも会いたくなかった・・・!こんな自分を・・・見られたくなんてなかった・・・!」 もう私たちに会いたくないと、そう思っているのかもしれない。 それでも。 「ありがとう。楽しかった。」 私は、諦めたくない。 貴方たちと一緒に過ごした日々。 育ってきた環境も、考え方も違っていたけれど。 衝突することだって、何度もあったけれど。 それでも、温かく何よりも大切に思えた日常。 これからも皆で過ごせるとそう思った。 諦めたくない。 たとえ苦しくてもつらくても、一緒に過ごしていく未来。 一緒に乗り越えていけると、そう思った未来を。 「わかってる・・・そんなこときっと・・・竹巳は望んでないって・・・でも・・・」 「わかった。」 「・・・え・・・?」 「俺たちが行ったって、何もできないかもしれない。でも・・・何か変わるかもしれない。 笠井が嫌がったって望んでなくたって、いい。」 「・・・一馬・・・。」 「アイツが大切だから行くんだ。後悔したくないから行く。そうだろ?。」 「・・・うん。」 「だから、行こう。一緒に。」 力強く握ってくれた手から、彼の温もりが伝わる。 そうだ、一馬はいつだってそうだった。 今までの生き方とか、くだらないプライドとか、余計なことばかりを考えて、足踏みをしてる私の背中を押してくれる。 「ありがと。」 「な、何だよいきなり。」 「一馬がいてくれて、よかった。」 前にも告げたその台詞。今になって再度実感する。 彼がいなければ、もっとたくさんの後悔をしてきただろう。 今だってきっと一人じゃ耐えられなかった。一人じゃどうすることもできなかった。 「だ、だからお前っ・・・ああ、もう!」 以前と同じように、顔を赤くしながら慌てた表情を見せる。 頼りになると思っていても、こういうところはなんだか可愛く見えてしまう。 「・・・俺だって同じだって言ってるだろ?」 「え?」 「俺だってお前の存在に救われてる。だから・・・」 「お前は絶対に、俺が守るから。」 その言葉に、昔の私ならばなんと返していただろう。 女扱いするなと、弱いものとして扱うなと怒っていたかもしれない。 でも、今は。 その言葉が、私を支えてくれる。 「私も、守るよ。一馬も・・・竹巳も。」 その言葉は、願いと決意。 もう誰も失いたくなんてない。一人でつらい思いなんてさせたくない。 私は竹巳を置いて、一人で逃げ出した。 それは否定しようもない、事実。 でも、私は、私たちは貴方が本当に大切で。 だから守りたいと、助けたいと願う。 だから、竹巳。 待っていて。 全てを諦めてしまわないで。 私たちの幸せを願うのならどうか、自分の幸せを見失わないで。 TOP NEXT |