そんな顔で笑わないで。 貴方の歩んでいく道を諦めないで。 哀しみの華「私と貴方は会ったばかりでしょう?そんなことを言う意味がわからない。」 「僕も初めてですよ、こんなこと。 けれど、僕の心には貴方が焼き付いて離れない。その美しさも儚さも危うさも全て手に入れたい。」 「一度見ただけだっていうのに?そもそも私はもう普通の人間じゃないわ。」 「僕は人間だとか魔の者だとか拘りはないんです。自分が何を美しいと思い、何を望んでいるか・・・。 別に理解してほしいとは言いません。それでも貴方の選択肢は二つ。」 初めて笑顔を解いた彼に、背筋がゾクリと凍る。 彼の話を未だ整理することができなくて、自分がどうしたらいいのかもわからなかった。 「このまま笠井くんを見捨てるか、僕の条件を飲んで彼を救うか。」 どんどん速くなっていく胸の鼓動。体は小さく震えていた。 けれどそんな弱いところなど見せられない。そんなものを見せたら、一気につけこまれる。 だから私は、彼の瞳から視線をそらすこともせずに必死で強がっていた。 付け入る隙など見せてはならないと。 「・・・貴方の言うことは信用できない。」 「おやー?心外ですね。さっき目の前で僕の力を見せたばかりだと思いますが?」 「あんなもので私たちが救えるなんてわからない。ただ単に魔の者の力を押さえ込んだだけでしょう? 力のコントロールが出来ても、私たちの中にいるものを消すことなんてできない。」 「そうですね、それは僕にもできません。」 「それなら私たちを助けられるとは言えないわ。」 「けれど、力の暴走は抑えることができる。 そうですね、定期的に僕が貴方たちの力のコントロールを行えば、魔の者は一生表には出て来れません。」 「・・・。」 「そうして限界を伸ばしていれば、いつかは本当に魔の者を完全に消す方法が出てくるかもしれない。 このまま限界を迎えて魔の者に取り込まれるよりも、よっぽど現実的だとは思いませんか?」 いつか私たちは限界を迎えて。その時に対処する方法だって何もない。 魔の者に取り込まれるか・・・その前に死を選ぶか。選択肢はそれしかない。 どちらをとっても私たちの存在は限界を迎えた時点でなくなってしまう。 たとえばその場しのぎの方法であっても、自分を失うことがないのなら、 何か方法があるのなら・・・それに縋りたいと思うんだろう。 「・・・それなら今すぐに、竹巳の力を制御してみせて。」 「返事はOKということでいいんですね?」 私が頷けば、もう逃げることなんてできないと須釜はわかっている。 もしかしたら、私たちを拘束する術も持ち合わせているのかもしれない。 それでも彼の力が私たちを救えると言うのなら、彼に従うしかない。 今はそれ以外に竹巳と一馬、そして自分さえも見捨てて逃げるほかに道はないからだ。 「後で後悔なんかしたくない。だから何でもいい、困ったことがあったら言ってほしい。 俺は・・・俺はお前らが大切だし、仲間だと思ってる。」 ああ、また一馬に怒られちゃうかな。 勝手なことするなって、一人で全てを背負おうとなんてするなって。 私もそう思ってた。 だからもしも竹巳や一馬が私と同じ立場なら・・・そんなことするなって怒ってる。 でも、ごめん。私はもう・・・ 「・・・ありがとな。」 誰も、失いたくない。 「わかっ・・・」 「!」 返事を返そうとすると、私の名前を呼ぶ声に遮られる。 その声の方へ振り向くと、竹巳が体を起こし驚いたようにこちらを見ていた。 「竹巳・・・!」 「な・・・なんでっ・・・ここに・・・!」 「竹巳落ち着いて・・・!体がっ・・・!」 「まで・・・?どうして・・・だって俺は・・・!」 「僕が連れてきたんですよ、笠井くん。」 さんがいることにも驚き、取り乱した竹巳は須釜の声で我に返り、ようやく落ち着いて周りを見渡した。 「・・・竹巳、よくも人を騙してくれたわね。」 「・・・っ・・・。」 「一人で背負おうとするなって話したばっかりだったのに。」 「それ、は・・・。」 「家に帰ったら次は私と一馬が竹巳を怒る番だからね。覚悟してて。」 「・・・っ・・・。」 竹巳が切なそうな表情で言葉につまった。 もう私たちの元に帰ることさえ考えてなかったのかもしれない。 「でも・・・でも俺はっ・・・!」 「竹巳、須釜さんなら竹巳を助けられるんだって!だから・・・もう苦しまないで・・・!」 「え・・・?」 「今、その話をしていたところなんです。もう僕は君の力を何度も制御してる。 不可能ではないと思うんですよね。・・・ねえ?さん。」 竹巳ではなく、私に問いかけるような表情。 彼がずっと竹巳を助けてきたのならば、確かに不可能なことじゃない。 けれど、その後の竹巳の言葉は私のそんな考えを崩した。 「・・・貴方にはそんなこと、できないだろう?」 その場にいた竹巳以外の3人が、返す言葉を失う。 私とさんは驚いた表情で、須釜はやはり全く動じてるようには見えず表情はそのまま。 「何故ですかー?僕は貴方を何度も助けてきたはずですよ?」 「そう、何度も助けてもらった。それは事実だ。」 「それなら・・・」 「だけど」 須釜の言葉を遮り、竹巳が言葉を続ける。 見た目にはわからないけれど、須釜の雰囲気が少しだけ変わった気がした。 「俺が自分で力を抑えていられる時間は確実に減っていってる。 貴方に力を制御してもらっても、それは一時的なものでしかない。」 「それは僕が完全に君を助けようとは思っていなかったからです。 悪いとは思いましたが、メリットもなく大きな力を使おうとは思いませんでしたからね。」 「・・・それは違う。もう俺にはわかってる。」 少しでも助かる道があるのなら、その可能性を信じていてもおかしくはない。 竹巳の体がぼろぼろだというのなら、尚更。けれど彼は頑なに須釜の言葉を否定する。 「須釜さんがしていることは、人としての力を一時的に強めているだけだ。」 「・・・。」 「力のコントロールに長けていることは本当なんだろう。俺の力の暴走を止めたことも事実。 けれど、それは普段バランスを取るために制御してある自分の力を、無理やり表に引きずりだしているだけだ。」 「・・・それは、まさか・・・」 「元々の能力も力も増えるわけじゃない。体の奥底に残っている力を、すぐに使うべきでない力を、魔の者を抑え込むために使っているにすぎない。」 もはや須釜はもう笑っていなかった。 竹巳の顔色は悪い、けれど必死にその言葉を伝えようとしている。 「一時的には抑えられても、元の量が変わらないなら、結果的に限界を早めるだけだ。 その証拠にもう俺は・・・自分の力でさえも制御できなくなってる。」 「・・・!」 「そうなれば後は同じだ。自分の力が暴走するのが先か・・・魔の者に取り込まれるしかない・・・!」 竹巳の体に変化があったのか、竹巳は苦しそうに咳き込んだ。 隣にいたさんが竹巳の体を支える。 「たちを騙し続けて・・・自分勝手なことばかりした。 二人に迷惑をかけたくないなんて言って・・・結局は自分の為に動いてた。」 「・・・竹巳っ・・・。」 「だから俺はもう・・・誰にも会いたくなかった・・・!こんな自分を・・・見られたくなんてなかった・・・!」 竹巳に駆け寄ろうとすると、隣にいた須釜に手を掴まれ、引き止められる。 私は彼を睨みつけるように見上げる。 「・・・離して。」 「・・・ふふ、さすが笠井くんですねー。こんな状態の今でも冷静な判断ができるなんて思いませんでした。」 「貴方、自分が何をしたのかわかってるんでしょう。こうなることがわかって、それでも竹巳を・・・」 「・・・心外ですね。僕が笠井くんを助けたことは事実です。それがどんな方法だったとしても。」 知らずにやっていたことじゃない。 元々この人は、私たちを助ける気なんてなかったんだ。 「もう何の弱みもない。私はいつでも貴方を倒せる。わかっているなら、この手を離して。」 「笠井くんに出来たことが、さんにも出来ないと思っているんですか?」 「!」 それはつまり、私の力もコントロールするということ。 そうなれば私の中に残っている人としての力が枯渇していく。限界が今よりももっと早まる。 いや、逆に魔の者の力を強められたら、限界どころの話ではなくなる。 「僕は自分から貴方を傷つけることはしたくないんです。」 「よく言うわ。助ける手段もなかったくせに。」 「それは仕方がないことでしょう?失ってしまうものならばそれまでです。 苦しんで、悩んで、それでも必死で生きようとする貴方も美しいかもしれない。その瞬間を見るのも楽しみです。」 「・・・狂ってる。」 「理解してくれなくても構わないと言ったでしょう?」 しっかりと掴まれた腕を振りほどくことはできない。 彼が竹巳に触れ、手のひらから力を使っていたことは目の前で見ている。 振りほどくよりも先に、強い力でコントロールされたら、私に勝ち目はないだろう。 「っ!!」 「っ・・・竹巳・・・?!」 持っている力を振り絞るかのように、竹巳は一瞬のうちにベッドから私たちの前へと移動した。 須釜に体当たりをくらわせ、渾身の力で近くの窓を割り私を外へと押し出す。 「竹巳っ・・・!!」 体がフワリと宙に舞う。 竹巳が私に向けて笑みを浮かべた。 いつものように、優しい優しい笑みで。 「ありがとう。楽しかった。」 けれどその優しい笑みは、あまりにも儚くて。 「逃げるんだ。きっと・・・道はあるから。それが俺の願いだって忘れないで。」 ねえ、どうして竹巳がそんなことを言うの? もう限界が来てることもわかってる。 私たちにはその姿を見せたくないって思ってるのもわかってる。 私たちを思って、姿を消したことだってわかってるよ・・・! それでも、一番その言葉が必要なのは竹巳でしょう? お願い、諦めないで。 自分にはもう逃げる道さえもないだなんて思わないで。 離れていく竹巳の姿。 優しく、けれど儚いその笑顔がずっと目に焼きついていた。 TOP NEXT |