望んでいた日常。





他愛もない日常の中で感じる温かさや優しさ。





いつまでも続いてほしいと、そう願ってた。




















哀しみの華






















「ああ、もしかしてさんですか?笠井くんから話は聞いていますよ。本当に綺麗な方ですね〜。」

「・・・。」

「どうしたんですか?そんなに怖い顔をして。」

「・・・貴方は、誰?」





警戒し、表情を強張らせる私とは対照的にその男は笑みを全く崩さずに、私を見る。
私の傍にくる直前まで隠していた大きな力。崩れることのない笑み。そして彼は今竹巳の名前を口にした。





「僕は笠井くんの友人ですよ〜。須釜寿樹と言います。」

「・・・聞いたことないわよ、そんな名前。」

「そうなんですか?ひどいなあ、笠井くん。」





竹巳の幼馴染の存在さえ知らなかった私たち。
幼馴染以外にも竹巳に接触していた可能性は考えられる。
けれど、この男の雰囲気はただの友達だなんて、そんな存在には到底見えない。





「・・・まあ、言えなかったのかな?」

「・・・。」

「僕の存在を話せば、もう愛しの彼女とは会えなくなってたかもしれませんからね〜。」

「!」





やはりこの男は竹巳がいなくなった理由を知っている。
ううん、私たちが知るよりももっと深く彼に関わっている。





「・・・竹巳は今、どこにいるの?」

「僕の宿泊しているホテルに。」

「それはどこ?」

「一緒に来ますか?」





この男が何者かもわからない。
竹巳の友人だというセリフも、きっと嘘なんだろう。
ここ数日で竹巳の居所を掴むことはできなかった。
竹巳のことも、幼馴染の彼女の存在も知っている男。
きっとこれ以上の手がかりなんて、当分掴むことはできない。





「・・・貴方は・・・退魔師なの?」

「そういう力もなくはないですが、それは副業です。
普段は便利屋を経営しています。俗にいう・・・何でも屋ですね。」

「どうして竹巳の居場所を・・・?」

「彼の友人だと言ったでしょう?どうしようもなくなった彼が僕に助けを求めてきたんです。」

「助け・・・?」

「彼はもう限界が近い。」

「!」





恐れていた可能性。
竹巳が何も言わずに私たちの前から消えた理由。
その言葉が、私の胸に突き刺さる。





「どうして貴方が・・・」

「そろそろ行きましょう。話はホテルに向かいながらでも構わないでしょう?」

「・・・待って。私には仲間がいるの。その人を呼ぶわ。」

「ふふ、僕を信用していないんですね〜。」

「当たり前でしょう?さっき会ったばかりの人をいきなり信用しろって方が無理だわ。」





ニッコリと微笑む彼を横目に私は携帯を取り出した。
一馬の番号を表示させ、通話ボタンに手をかける。






「けれど、それを僕が許すと思いますか?」

「・・・どうして?貴方は竹巳の友人なんでしょう?彼の仲間を呼ぶことに何の問題があるっていうの?」

「・・・やはり簡単に頷いてはくれませんか。
真田くんだったら後先考えずに、まずは笠井くんの行き先を知ろうとするんでしょうけど。」

「・・・残念ながら私はそんなにまっすぐな人間じゃない。」





ボタンを押そうとした指に手がかけられ、携帯は私の手から離れた。
須釜と名乗った男はニコリと笑うと、その携帯を近くの噴水の中に投げ入れる。





「好きですよ、貴方のような芯の強い人。
けれど、僕は面倒ごとが好きではないんですよね。だから、貴方には一人で来てほしい。」

「・・・。」

「貴方が来ないと言うのなら、僕はこのまま去ります。
結果、どうなるか・・・賢明な貴方ならわかりますよね?」





ここで私が彼の申し出を断れば、竹巳の手がかりは確実に遠くなる。
彼の言葉を鵜呑みにするわけではないけれど、竹巳に限界が近いというのなら、なおさらこのままにしておくわけにはいかない。

彼は私たちの名前も性格もわかってる。
当然、私たちに同化している魔の者も知っているんだろう。それは竹巳の限界が近いと言った時点で明らか。

脅すようなその言葉は、彼が私たちの味方なんかではないということを示している。
そんな男についていって、本当にいいのだろうか。私はきっとまた一馬や翼に心配をかけてしまうんだろう。



だけど。





「わかった、行くわ。」

「さすがさん。判断も早いですね〜。」





ようやく掴みかけた手がかり。
それをむざむざと手放したりすることなんてできない。


















「そんなに敵意むき出しにしなくても何もしませんよ〜?」

「・・・。」





相も変わらず、表情は崩さない。
私を脅した立場だというのに、それさえも気にしていないようだ。





さんは笑ったほうがもっと綺麗だと思いますよ?」

「貴方にそんなこと言われても嬉しくない。それどころかこの状況でどう笑えって言うの?」





近くに止めてあった彼の車で、目的の場所へと向かう。私は窓の外を眺めながら、車の通る道を記憶していた。
ホテルの場所がわかっても、私に場所が知れればこの男はすぐに別の場所に移動するだろうから、きっと無意味な行為ではあったのだろうけれど。





「先ほどは強引だったかもしれませんけど・・・僕は貴方たちの敵ではないんですよ?」

「・・・その言葉をどう信用しろって?」

「僕は依頼主の望みを叶えただけなんですよ。」

「依頼主?」

「笠井くんの幼馴染、さんです。」





竹巳の幼馴染で、恋人でもあったという彼女だ。
竹巳がいなくなった後、さんが竹巳を探し出そうとしていてもおかしくはない。
須釜はさっき・・・自分は便利屋だと言っていた。探偵業のようなこともしていたのだろうか。





「彼女の話を聞くと、本当にただの家出なのかと疑問が浮かびました。
さんは松下家の存在までは地力で掴んでいましたしね。」

「!」

「僕は昔、退魔師としての修行も積んでいました。だから貴方たちの情報を知るツテもあったんですよね。」





過去を捨てたといっても、本当に捨てられるわけなんてない。
自分たちのことを想ってくれる人がいるのならいるほどに、悲しみも広がる。
だからこそ私たちは、誰も自分たちを探さないように願った。全てを断ち切ったつもりでいた。





「それで私たちの行方を追ったの?」

「はい。」

「・・・どうやって?松下家でさえ、私たちの所在は掴んでいないはずよ?」

「フフ、それは企業秘密です。」

「やっぱり信用できないわ。」

「ええ、ひどいですね〜。」





もう少しまともに話せば、須釜自身の情報も掴めたのかもしれないけれど。
この男と長く話す気にもなれなかったし、話したところでうまくはぐらかされるだけだ。
私は須釜が話す言葉に適当に相槌をうち、しばらくするとようやく目的の場所にたどり着く。

フロントで部屋のカードキーを受けとり、エレベーターに乗る。
私たちが魔の者と同化したあの日とは違うものとはいえ、気分が悪くなる。
やはりあの日の記憶は、ずっと私たちを苦しめるんだろう。





「正直に言うとですね。」

「・・・?」

「僕は貴方のことは依頼を受ける前から知っていました。」





小さな密室の中で、隣に立つ須釜が言う。
エレベーターの稼動音だけが静かに響く。





「松下家の元で退魔師をしている時だと思いますが・・・一度、魔の者と戦っている貴方を見たことがあります。」

「・・・え・・・?」

「あの時の貴方の姿はとても綺麗でした。禍々しい姿の魔の者にも怯まず、強くて、凛としていて。」

「・・・。」

「そして魔の者を祓ってから見せた儚い表情。少しでも気を緩めたら崩れ落ちてしまいそうな危うさ。」





エレベーターが目的の階に到着する。
須釜が私に手を差し伸べたけれど、私は視線を背けて一人でエレベーターから降りる。





「だから僕はさんの依頼を受けたんです。」

「・・・どういう意味?何が言いたいの・・・?」

「着きました。この部屋です。」





ドアにカードを差し込むと電子音が鳴り、カチャリと鍵の開く音がした。
私は警戒しながらその部屋へと足を踏み入れる。





「・・・須釜さん・・・?」





聞こえてきたのは、女の子の声。
目を向けるとそこには。





「・・・竹巳・・・!」





苦しそうな顔でベッドに横たわる竹巳と、そのすぐ傍に寄り添う女の子の姿。





「・・・だ、誰・・・?」





怯えながらも竹巳をかばうように、私を見る彼女。
確かめるまでもない、彼女が竹巳の幼馴染だ。





「どういうこと?竹巳は・・・竹巳は大丈夫なの?」

「見ての通り、大丈夫ではないですねー。限界が近づいていると言ったでしょう?」

「須釜さん、竹巳が・・・竹巳がまた苦しみ出してるの・・・!」

「ああ、わかりました。」





さんの言葉を受けて、須釜が竹巳へと近づく。そして彼の額へと手をかざした。
すると、今まで苦しそうだった竹巳の表情が穏やかなものに変わっていく。





「竹巳・・・。」





さんが安堵の表情を浮かべて、竹巳を抱きしめた。
力の暴走の制御なんて、誰にだってできるものじゃない。
それどころか私は、そんなことができる人間を見たことがない。





「これが僕の力です。」

「・・・。」

「僕は"気"をコントロールする力に長けているんです。」





さんが泣きそうな表情で竹巳を抱きしめる。
竹巳がようやく穏やかな表情で寝息をたてる。
須釜が私を見つめて、変わらぬ笑みを浮かべる。

そんな光景を私はただ呆然と眺めていた。





「僕の力ならば、きっと貴方たちの力になれると・・・そうは思いませんか?」





力のコントロール。
それはつまり、私たちの中にいる魔の者の力もコントロールできるのだとしたら?





「特に笠井くんは・・・僕の力がなければ確実に魔の者に取り込まれます。」

「!」

「僕には彼を助ける義理はありません。「笠井くんを探し出す」という依頼はもう終わっていますし、
これ以上、貴方たちに関わってリスクを背負う必要もない。」

「須釜さんっ・・・!」





驚いたように彼の名前を呼んだのは私じゃなく、さんだった。
弱っている竹巳を助けられるのは須釜だけだと思っているんだろう。
縋るような目で彼を見た。





「・・・けれど、そんなリスクを背負ってでも手に入れたいと思ったものが僕にはあります。」





さんの視線など気にもせずに言葉を続ける。
その視線の先には私の姿があった。





「ひとつのものにこんなに執着したのは初めてです。
たった一目見ただけなのに、それでも手に入れたいと思う。」





須釜の顔から、先ほどまでの笑みが消えた。
まっすぐに見つめられた瞳からは、目がそらせない。











「僕が欲しいのは、貴方です。」












ずっと持ち続けていた不安。



私たちがどんなに強くあろうとしても、限界というものはやってくる。



苦しくても切なくても、それさえも隠しながら笑って私たちを支えてくれていた竹巳。



いつだってまっすぐに、私たちを元気づけて温かく包んでくれた一馬。



このまま私たちの日常が続いていくだなんて、あまい考えだったの?





新しい生活で見出した温かさ。



たくさんの人たちの優しさ。



支えあって生きたいと思える人たち。





そんなささいな日常を望むことさえも、私たちには出来ないのだろうか。











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