現実を伝える厳しい言葉。 けれど怒りは沸いてこなかった。 私たちを思ってくれることが、嬉しかった。 哀しみの華人ごみの中、私は深呼吸して、目を瞑り意識を集中する。 たくさんの声、たくさんの気配、たくさんの"力"。 その中から慎重に慎重にたった一つの気を探る。 「・・・いない。」 一言呟いて、目を開く。 「ここもいないか。そろそろもっと広範囲まで足を伸ばすべきかもね。」 「・・・。」 隣でそう呟いたのは翼。 わかっていたことだ。竹巳の気を探って彼を見つけだすなんて無謀なのだと。 「けどまだ場所は残ってる。それでダメなら・・・また考えよう。」 顔に出したつもりはなかったけれど、翼が私を気遣うように肩をポンと叩く。 私たちの心当たりのある場所。藤代くんが竹巳と会っていたり、さんと待ち合わせていた場所。 全てを洗い出し、玲さんにも相談した。彼女は翼の言った通り、今までどおりに私たちに協力すると言った。 結果、玲さんもまずはこの街から調べていこうとそう言った。 もうすでにこの街も出ていってしまったかもしれない。けれど、まだ残っているかもしれない。 まずはそちらの可能性から調べていこうと。 そして竹巳が退魔師や魔の者に襲われた可能性があることも考えて、私と一馬は一人で行動することを止められた。 以前と同じように、私には翼が、一馬には黒川くんがついている。 「・・・、今日はもう帰ろう。」 「・・・何言ってるの翼。時間はいくらあっても足りない。一刻もはやく、竹巳を見つけたい。」 「そうは言っても、ここ数日寝てないだろ。見ればわかる。」 「・・・寝れないよこんな状況じゃ。でも心配しないで、ちゃんと体は休めてるから。」 「でも、」 「翼をつきあわせてしまってるのは悪いと思ってる。 疲れてるなら翼こそ先に帰って。・・・監視役が必要なら他の人だっていいんだから。」 翼の言葉を遮って言葉を続ける。 彼が私を心配してくれていることはわかっているのに。 私は竹巳が見つけられないことに気持ちばかりが焦って、我侭を言って迷惑をかけてる。 「・・・。」 「・・・何?」 「笠井は・・・自分を見つけてほしいと思ってるのかな。」 「・・・え・・・?」 「可能性はいくらだってある。確かに退魔師や魔の者に襲われたのかもしれない。 ・・・だけど、笠井ほどの実力者が力も発揮せずに攫われたり、負傷するなんて考えにくいとは思わない?」 「!」 翼の言葉に思わず体が強張る。 確かに私たちはその辺の魔の者にも退魔師でも叶わないような力を持っている。 身体能力も高い。だからどこからかの不意打ちにあったとしても、無抵抗のまま力も発揮せずに、なすがままになることは考えにくい。 「笠井はいつだって冷静だった。僕はアイツの本音を見抜くことはできなかった。」 「・・・。」 「だけど、1つはっきりわかってたことがある。」 「・・・何?」 「笠井は君たち二人を本当に大切に思ってる。」 辺りはもう暗くなりはじめていて、人がまばらになっていく。 少しだけ冷たくなった風が私たちの髪を揺らしていた。 「だからこそ自分だけの為の行動は取らない。いくら昔の幼馴染に会っていたといっても、彼女と一緒にいたいから突然消えるなんて、たちに心配だけかけるような行動もとらないはずだ。」 「・・・。」 「ただ離れるだけなら、笠井はいくらでも言い訳が考えつく。それでもこうして突然消えたのには理由があるはずだ。」 「理由・・・?」 「自分ではどうしようもないことが起きたとき。例えば・・・力の暴走。」 「!」 「もし俺が魔の者に取り込まれるようなことがあったら・・・迷わず俺を祓ってほしい。」 ずっと考えていたこと。 その考えには既にたどり着いていた。 けれどその考えも不安も、必死で抑え込んだ。 「・・・を不安にさせて、傷つける言葉だっていうのはわかってるよ。 それでも・・・それでも僕はちゃんとわかっていてほしいんだ。」 「・・・翼・・・?」 「もしも笠井が魔の者に取り込まれたら・・・」 「・・・。」 「・・・取り込まれたら、次の標的はや真田になるはずだ。」 この体にいる魔の者に取り込まれるだなんて、考えたくなかったこと。けれど、考えずにはいられなかったこと。 いつか私が私でなくなるんじゃないのかと、いつかこの力が暴走してしまうんじゃないのかと。 そして暴走した自分は一体どうなっていくのか。どんなことをしようとするのか。不安で不安で、仕方がなかった。 「そうなったら二人は笠井の姿をした魔の者と対峙することになる。戦わなければ・・・喰われる。」 「・・・何・・・?何が言いたいの?」 「は戦える?笠井の姿をした魔の者と。笠井になら喰われてもいいと、そう思ってしまわない?」 「!」 私たちは他人だった。お互い何も知らなかった。 だけど、4人で過ごしていく日々が温かかったことも本当で。 境遇を同じくしただけの他人は、いつしか大切なかけがえのない存在になった。 もしも本当にそんな状況が来たら・・・私はどうするだろう。 「君らがお互いを大切に思ってるのは知ってる。見てれば、わかる。 ・・・僕が想像するよりももっと、つらい目にも哀しい想いもしていることだってわかってる。」 「・・・。」 「だけど、どんな状況でも僕は君たちに生きてほしい。」 翼の言葉に私は驚いて目を見開く。 翼はそんな私を一瞥して、真剣な表情そのままに言葉を続けた。 「笠井を探すなとは言わない。だけど、自棄になって自分を追いつめることはしないでほしい。」 「翼・・・。」 「自分のせいでが倒れたり、調子が悪くなったりしたら・・・気に病むのは笠井だよ?想像できるだろ?」 「・・・うん。」 「だから今日は帰ろう。」 私が素直に頷いたのを見て翼がほっとしたように微笑んだ。 家に帰ろうと歩き出すと、翼の携帯が振動する。 「・・・え?ええ?今から?・・・仕方ないな、わかったよ。」 電話の相手に呆れたように返事を返して。電話を切ると翼が盛大にため息をついた。 「どうしたの?」 「玲。この近くに低級の魔の者が出たんだ。祓ってこいって。」 「そうなの?じゃあ私も・・・」 「は疲れてるだろうから家に帰せって。すぐ迎えの者をよこすってさ。」 「・・・翼は?」 「アナタなら大丈夫でしょ、だって。全くいいように人をこき使ってくれるよね。」 「あははっ・・・玲さんも私を気遣ってくれてるんだね。別に気にしないでいいのにな。」 「そういうこと言わずに厚意には素直に甘えておきなよ。ただでさえは何でも一人でしようとするんだから。」 翼の言葉に肩を竦めて笑う。 過ごした時間は短いけれど、こんなにも自分を知られているとは思わなかった。 こんなにも、私たちを思ってくれていることに気付かなかった。 彼の言葉は、胸に突き刺さるような真実を、そして、私たちに生きていてほしいという願いを伝えてくれた。 「・・・それで?行かないの?翼。」 「迎えが来るまでは待ってるよ。」 「・・・どこまで過保護なのよ。魔の者に逃げられるからもう行って!」 「でも、」 「私は大丈夫だから。ありがとう翼。」 翼を安心させてあげられるように笑う。 けれどこれは嘘の笑みでも何でもなくて。 「それくらいちゃんと笑えるなら大丈夫かな。」 「うん。」 「迎えが来るまではそこでじっとしてなよ?」 「わかってるよ。」 「よし、じゃあ行ってくる。」 「行ってらっしゃい。」 手をヒラヒラと振って翼の後ろ姿を見送る。 辺りを見回して適当な場所に腰掛け、まばらに歩いていく人を見つめる。 この中に竹巳がいるだなんて都合のいいことを考えるわけではないけれど、私はもう一度意識を集中し、彼の気を探った。 「!」 先ほどよりも少し減った人の数。 その中でひとつ、飛びぬけた力を見つける。 「こんばんは。」 今まで力を隠していたのか、その力の主は既に私のすぐ傍まで来ていた。 私の前で立ち止まり、穏やかな笑みを浮かべる。 「誰かをお探しですか?」 私が警戒していることなど構いもせずに言葉を続ける。 「おや?アナタは誰かと似ていますね〜?」 その人を睨みつけても動じることなく、浮かべた笑顔はずっと変わらない。 「ああ、感じる"気"がそっくりです。僕の友人の、笠井くんと。」 その男は初めて見る顔だった。 けれど、人よりもかなり大きな霊力があることはわかる。 ただ、それとは別に、ずっと変わらぬ笑みに寒気を覚えた。 敵か味方かさえわからないけれど、この男は竹巳の行方を知っている。 予感が確信に変わるまでに、時間はかからなかった。 TOP NEXT |