部屋にある時計の音だけが響く。
自分以外誰もいない部屋。私はテーブルの上で両手を組み、ただ連絡を待っていた。





連絡が取れなくなってしまった彼からの連絡を。















哀しみの華

















静寂の中、扉の開く音がした。
私はすぐに顔をあげ、扉へと視線を向ける。





「一馬、どうだった・・・?」

「・・・。」

「一馬?」

「・・・アイツ・・・塾のバイト辞めてた・・・!」

「え・・・?!」





竹巳と連絡が取れなくなったのは昨日からだ。
家に帰るのが遅くなるときには必ず連絡を入れていた竹巳。
けれど昨日はその連絡が来ることもなく、今日の朝を迎えた。

そして朝に一度竹巳の携帯に連絡を入れたが通じない。
その時はとりあえず携帯の伝言メモにメッセージを残した。
しかし、その後も竹巳からの連絡はない。何度携帯にかけても、呼び出し音だけが響き続ける。

さすがに心配になってきた私たちは、彼の行き先を探し始めた。
私は家で竹巳の帰りと連絡を待ち、一馬は外へ出て竹巳のバイト先などをまわった。





「辞めてたって・・・竹巳はそんなこと・・・何も・・・」

「昨日今日の話じゃない。時期的には・・・笠井がお前を襲った日辺りだ。」

「な・・・」





頭が混乱してる。思考がうまく働かない。
だって竹巳はつい最近まで、塾のバイトで遅くなるとか生徒にからかわれて困ってるとか、そんな話をしていたのに。





「この間、俺たちと話したときにはもう、バイトも辞めてたんだよ!」





竹巳は笑ってた。生徒も慕ってくれてると言っていた。
既に辞めていたなんて一言も聞いていない。





「どういうことなんだよ一体・・・!」





「結局俺も不安だったんだよ。先の見えない未来が、この力が。」





あの日の竹巳の言葉がよみがえる。
ほとんど聞くことなどなかった、彼の弱音。





「もし俺が魔の者に取り込まれるようなことがあったら・・・迷わず俺を祓ってほしい。」





あの言葉が、気持ちを楽にするためのものじゃなかったとしたら?








「・・・っ・・・。」








考えを打ち消すかのように首を振った。
バイトを辞めていたという少しの嘘で、そこまで決め付ける必要なんてない。
可能性はいくらだってある。けれどその可能性に良い方向のものなど浮かばなかった。



強力な魔の者に襲われたのかもしれない。
けれどそれならば、対抗する力を発揮するはず。
私たちがそれに気づかない可能性は少ない。

松下家や他の退魔師に見つかったのだとしても同様だ。
彼は戦うためにその力を使わざるを得なくなるだろうから。

とはいえ、その力が使えなかったという状況も考えられる。
彼が今、危険な状態にある可能性だって・・・。



そして、もし竹巳が自分からここを離れていったのなら、私たちは彼の行き先を知ることはできないだろう。





「そんなに念を押さなくても。俺だって勿論二人のことは大切だから、わかるよ。」





彼は私たちを大切だとそう言ってくれた。
けれど竹巳は私たちに隠していることがあったんだ。
バイトで帰りが遅くなると伝えながら、そのバイトは既に辞めていた。

・・・そういえば、帰りが遅くなっていた理由はもう一つあった。





「・・・藤代くんなら、何か知ってるかもしれない。」

「・・・藤代?でもそれじゃあ・・・奴らにも言うのか。笠井のこと・・・」

「・・・。」





翼たちが信用できない、というわけじゃない。
私たちは彼らとそれなりの時間を過ごしてきた。
出会った頃とは違い、もう笑いあうことだってしているし、気も許せる存在だと思っている。

思い出したのはシゲのこと。
そして彼がいなくなったときの、松下家の権力者である榊さんは容赦なく彼を消すとそう言った。
竹巳がいなくなったことを話して、翼たちはともかく、その上に立つ人たちがどんな行動に出るかわからない。



けれど、今は。





「話そう。それで情報が掴めるならそれでいい。」

「・・・また敵が増えるかもな。」

「そしたらまた逃げよう。竹巳と一緒に。
もう追われてる身だもの。一つや二つ増えても変わらないわよ。」





竹巳を見つけることが最優先だ。
無事ならそれでいい。危険な目にあっているのなら、彼を助ける。
その後のことは、その時考えればいい。





「・・・本当・・・お前って・・・。」

「何?」

「いや、何でもねーよ。ちょっと、いろいろ悔しいだけ。」

「訳わかんない。」

「いいよ、今はそれで。じゃあ行こうぜ。」













一馬の言葉に頷き、その場に立ち上がると同時にチャイムの音がする。
私たちは顔を見合わせ、視線をドアに向けて様子を窺った。





「誰かいる?」

「翼・・・?!」





今まさに会いに行こうとしていた人物の突然の訪問に驚きつつ扉を開ける。
そこには翼と黒川くん、藤代くんが立っていた。





「僕らに話すことがあるんじゃない?」





なんというタイミングの良さだ。
竹巳のことを彼らが気づくのも時間の問題だったとはいえ、気づくのが早すぎる。





「・・・あるよ。ちょうど良かった。入って。」





彼らはもう何か掴んでいるのかもしれない。











「まわりくどいことをしたくないから、単刀直入に言う。笠井の行き先の見当は?」

「・・・その前に聞きたい。どうして竹巳がいなくなったことを知ってるの?監視はもうしてないのよね?」

「個人的な問題だよ、コイツのね。」





翼が指で示した人物を見る。やはり竹巳のことを知っているのは藤代くんだ。
彼は困ったように目をそらし肩を竦めた。





「最近様子がおかしかったらしい。この間の・・・3組に別れて祓った魔の者がいたよね?
その時にも笠井は調子が悪かったみたいで、なかなかてこずったらしい。」





「問題は・・・まあ結果的には。誠二がちょっとミスして危なかったけど。
っと、これは翼さんたちには秘密にしておいてね。」





この間、竹巳が言っていた言葉。
これも、嘘?本当に危なかったのは竹巳の方だったってこと・・・?





「だから藤代は最近の笠井の様子を気にしてたらしい。
昨日も今日も連絡を入れたけど、通じなかった。そうだよね藤代。」

「・・・そうっす。」

「僕は笠井のことは知らなかったけど、藤代の様子がおかしいのには気づいた。
慌てて笠井を探してる藤代を見て、問い詰めた。それで知ったんだ。」





翼たちと出会ってから、それぞれに監視役という名目で彼らがつき、その中でも一番近づいたのは竹巳と藤代くんだろう。
最近だって私たち以上に竹巳の傍にいたのは藤代くん。今、一番情報を持っているのは彼なのかもしれない。

そしてその情報を知るためには、私たちも嘘をつくわけにはいかない。





「・・・情けないけど私たちも竹巳の行き先はわからない。
むしろ私たちよりも・・・藤代くんの方が竹巳の行き先の心当たりを持ってるんじゃないのかと思ってた。」

「・・・!」

「竹巳が塾の講師を辞めてることはさっき初めて知ったわ。
だけど竹巳は夜遅くなる理由をバイトと・・・貴方に会うためだとそう言ってた。」

「・・・そ・・・れは・・・」

「ただ藤代くんと会うだけっていうならそんな嘘をつく必要はない。
藤代くんは私たちの知らない何かを知っていたんじゃないの?」





私の真剣な表情を見て、藤代くんが唇を噛んだ。
そして意を決したように俯けていた顔をあげる。





「・・・タクは、人に会ってたんだ。」

「・・・人・・・?」

「昔の、魔の者と同化する前の幼馴染で・・・彼女だったって言ってた。名前は。」

「・・・彼女・・・?!」





藤代くんの言葉に一馬と顔を見合わせる。
私たちは昔の話というものをほとんどしなかった。
それが大切な思い出であればあるほどに。
大切だった人、思い出。それらは全て捨てなければならないものだったから。

竹巳の幼馴染で、彼女。
これだけ一緒にいても、その存在を知ることはなかった。





ちゃんを見たのは偶然だったんだ。だけど、タクは俺に秘密にしておいてほしいってそう言った。」

「・・・秘密・・・?」

「自分はルールを破ってるって。も真田も昔のことは考えないように、前を向いていこうとしてるのに、自分だけは過去を見てる。
ちゃんが自分の前に現れて、自分を抑えられなかったって・・・。だから二人には秘密にしておいてほしいってそう言われた。」

「・・・。」

「過去を捨てなきゃならないなんておかしいと思った。だってタクもも真田も・・・俺たちとかわりないのに・・・!
好きな奴がいるのに、どうして遠ざけなきゃいけない?自分を抑えなくちゃいけないんだよ!
だから、俺はタクに協力しようって決めたんだ。」

「・・・じゃあ・・・藤代くんと遊ぶって言ってたのは・・・」

「・・・うん、その間タクはちゃんと会ってたんだ。」





「近くに誰かがいるほど、その人間が近ければ近いほど、傷つくのは・・・苦しむのは・・・君たちだ。」





一度は捨てた過去。
けれど、今まで生きてきた自分。捨てきれるはずなんてない。
不安に怯える毎日で、突然現れた大切な人を突き放すなんてできるはずがない。

そんなの、私たちだってわかるよ。わかるのに・・・。
それでも竹巳は私たちにそれを言わなかった。・・・言えなかったんだ。





「今、俺たちは普通の人間として過ごせてる。俺たちの中の魔の者はもう弱ってきてるんじゃないかって、そう思った。」





竹巳が魔の者を食べることを止めたのは、彼女への想いからだったのかもしれない。
一刻もはやく元の体に戻りたいと、そう願って。



彼女と一緒にいたいという想いが強すぎて。



けれど、だからと言って突然魔の者を絶つなんて、そんな無茶なことを竹巳がするだろうか。










竹巳は・・・焦っていた?



とても、とても焦っていたんだ。



その、理由は。





「最近様子がおかしかったらしい。この間の・・・3組に別れて祓った魔の者がいたよね?
その時にも笠井は調子が悪かったみたいで、なかなかてこずったらしい。」



「結局俺も不安だったんだよ。先の見えない未来が、この力が。」



「もしも俺が魔の者に取り込まれるようなことがあったら・・・迷わず俺を祓ってほしい。」





先ほど考えていた、最悪の可能性が徐々に大きくなっていく。







。」

「・・・一馬・・・。」

「アイツはそんなに柔な奴じゃないだろ?」







不安につぶされそうな心を支えてくれるかのように。
隣にいる一馬が私を見つめる。

自分だって不安なくせに。隠していても、一馬の手が震えてる。
それでも、強くまっすぐな瞳で。きっと大丈夫だと伝えてくれている。








「藤代くん、そのって子の居場所は知らないの?」

「・・・ああ、ごめん。」

「じゃあそれ以外の心当たりを全部教えて?」

「え、でも・・・俺も全部まわって・・・」

「竹巳の"気"を探る。」








私たちには人とは違う力がある。
その種類も魔の者と同化したことで、人間とは違っている。

その力を探ることは得意ではないけれど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
竹巳が少しでも力を発揮するようなことがあれば、その気を捕らえて彼の居場所を見つける。
今はそれしか方法がないんだ。








「僕らも行くか。たちほどじゃないにしろ、気を探ることくらいはできる。」

「・・・でも・・・」

「君らに協力するって言ったのはこっちだよ?まさか巻き込みたくないとか思ってるんじゃないだろうね?」

「・・・。」

「このことは玲には報告する。だけど悪いようにはしないよ。ましてや松下家のように、君らを追い回すこともしない。」






翼の言葉は、私たちが不安に思っていたことを見透かしているかのようだった。







「・・・ごめん、ありがとう。」

「お礼も謝罪も全部終わってからにしてよ。」

「はは、そうする。」







そして私たちは部屋を出て、竹巳を探すために走り出す。





もう暗くなった道で、不安がどんどん大きくなっていく。





その不安を押さえ込んで、彼の無事をただひたすらに祈っていた。










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