近づけたと思っていた。 その痛みも、苦しみも、一緒に乗り越えていけるのだと信じていた。 哀しみの華「あれ?どうしたの二人とも。」 一馬と一緒に帰路につき、竹巳ときちんと話をすると決めて、リビングで何時になるかわからない竹巳の帰りを待っていた。 最近は日を跨いでの帰宅も多かったけれど、今日はいつもより少し早く帰ってきたようだ。 「ううん、ちょっと話し込んでただけ。」 「そう。」 何でもない、という風に竹巳に笑みを返すと、そのまま笑顔が返ってくる。 最近の竹巳のパターンだとこのまま自分の部屋に入ってしまうけれど・・・。 私は隣にいた一馬をひじでつついた。 「今日は、二人ともケガなかった?」 「うん、竹巳も問題なかったんでしょう?」 「問題は・・・まあ結果的には。誠二がちょっとミスして危なかったけど。 っと、これは翼さんたちには秘密にしておいてね。」 「二人とも平気だったんなら別にいいけど・・・。」 「それは平気。じゃなきゃ二人して飯食べにいったりしないよ。」 私と竹巳が話してる間も、一馬は何も喋らない。 ああもう、これじゃいつもと全く変わらない。 「・・・か、笠井!」 「・・・何?」 そう思った瞬間、一馬が意を決したように竹巳の名前を呼んだ。 突然の呼びかけに、竹巳も少し驚いたようだった。 「ちょっと・・・そこに座れ!」 「え、何?説教でも始まるの?」 「・・・っ・・・。まあ、あの、座ってあげて。」 一馬があまりに必死で、それにあっけにとられた表情の竹巳。 何だかおかしくなってしまって、私は笑いながら座る場所を指差す。 「・・・何?真田。」 「お前は・・・俺たちを何だと思ってるんだよ。」 「え?」 「最近、藤代と遊ぶやら塾の講師でやることが残ってるやらで俺らと顔あわせようとしてないよな?」 「そんなこと・・・ないけど。」 「・・・半分くらい、俺のせいだよな。」 親が子供にするような説教から始まり、ポカンとしていた表情の竹巳。 けれど今、真剣な顔で話はじめた一馬をじっと見つめている。 「もう半分は、俺やへの負い目だろう?」 「!」 「そう思わせるような態度を取った俺にも責任はあるよな。・・・悪かった。」 「いや、悪かったのは俺だよ。自分の勝手な考えでを危険な目にあわせた。真田が怒るのは当然のことだ。」 「・・・そうだ、起こってる。だって同じだよ。だけど、それは危険な目にあったからってわけじゃない。」 「・・・。」 「一人で全部抱え込もうとしたからだ。・・・お前だって、それはわかってるだろ?」 私も黙って聞いていた。 それは私も竹巳に、そして一馬にも伝えたい思いだ。 「俺だってお前らを危険な目にはあわせたくないと思うし、自分一人で解決できるなら、誰も巻き込みたくないと思う。 だけど・・・」 「・・・。」 「だけど、お前もも・・・自分の中に溜め込みすぎなんだよ。 いつも何でもないって顔して、飄々として。でも俺は鈍いから気づかない。」 「・・・一馬・・・。」 「後で後悔なんかしたくない。だから何でもいい、困ったことがあったら言ってほしい。 俺は・・・俺はお前らが大切だし、仲間だと思ってる。」 一馬も同じだった。竹巳を通して、私にも語りかけるように。 こんな機会でもなければ伝えられないような台詞を、思いを必死で伝える。 竹巳は表情を変えずにただ一馬の言葉を聞いていた。 けれど少しの沈黙の後、一馬と私を見て口を開いた。 「・・・わかったよ、ありがとう。」 「本当にわかってるんだろうな?!」 「そんなに念を押さなくても。俺だって勿論二人のことは大切だから、わかるよ。」 竹巳は自分の手のひらを見つめて、切なそうに微笑んだ。 「何でもないと思ってた。ただ少し、自分は人と違うというだけ。 そう思い込もうとしてたんだけどな。」 「・・・竹巳・・・?」 「結局俺も不安だったんだよ。先の見えない未来が、この力が。」 「・・・。」 竹巳の言葉が胸に突き刺さるかのように痛かった。 それは私たちがずっと持っている思い。押し隠すかのように、気づかないフリをしている不安。 「ひとつ、頼んでいい?」 「何だよ・・・?」 手のひらから視線を外し、今度は私たちを見つめる。 切なく微笑んだその表情はそのままに。 「もし俺が魔の者に取り込まれるようなことがあったら・・・迷わず俺を祓ってほしい。」 竹巳の言葉に、一瞬思考が停止して。 けれどすぐに我に返り、その意味を理解する。 「何・・・言ってんだよ笠井!」 私より先に言葉を発したのは一馬だった。 「あの日・・・を喰おうとしていた自分を知って、寒気がした。何より、怖くなった。 大切に思っている人を喰うことが、どれほどのことか・・・実感した。」 胸がズキリズキリと痛みはじめる。私は拳を握り締め、もう一人の仲間を思い出す。 「それはお前のしてた実験のせいだろ?ちゃんと今まで通りでいれば・・・」 「・・・うん、ごめん。皆同じだから、こんな弱音言いたくなかったんだけどな・・・。 我侭だってわかってる。ひどいことを言ってるってこともわかってる。それでも・・・」 「俺に限界が来たら、二人に祓ってほしい。」 限界はいつやってくるかわからない。 強力な魔の者と同化した体や精神は、どれだけの間自分を保てるのかもわからない。 それは遠い未来かもしれない。一生こないのかもしれない。けれど、近い未来なのかもしれない。 考えないようにしていた。必死で押さえ込んでいた。 けれど竹巳は頭がいいから。きっとずっと考えていた。私たちの未来を描いていた。 そして、その光景は絶望ばかりだったのかもしれない。 「・・・わかった。」 「・・・一馬?」 「そう言ったら、お前は楽になるのか?」 「・・・うん。なるよ。」 「・・・それなら、わかった。」 「ありがとう。」 「・・・でもそんな日は来ないからな!」 「うん、俺もそう祈ってるよ。」 実際に一馬がそんな行動に出るとは思えない。 けれど、その約束が竹巳の気持ちを軽くしたのも確かだ。 たとえ口約束でも、私にはとてもそんな約束はできなかった。 もしかしたら一馬は、私の気持ちも竹巳の気持ちも汲み取っていてくれたのかもしれない。 「真田って頼りがいなさそうに見えて、意外と頼れるよね。」 「・・・うん、実はそうなんだよね。」 「な、何だよお前ら・・・!バカにしてんのか?!」 「まさか。褒めてるんだよ。」 「あはは、そうそう。」 竹巳の一言で、さっきまでの緊張していた空気が一転した。 けれど、頷いたその言葉に嘘はなかった。 一馬は自分のことを頼りないと言っているけれど、そんなことはないんだ。 彼のまっすぐさや繊細さ。いざというときの行動力。 自分の気持ちを隠そうとする私たちにとって、なくてはならない存在だ。 「そうだ、この際だから聞いとこうかな。」 「何を?」 「どうして真田、俺が塾の話すると不機嫌になるの?」 「!」 そういえば、と思い出した。 確かに一馬は竹巳のバイトの話を聞くとなぜか不満そうな表情をする。 特に聞く機会もなかったけれど、一体なぜだったんだろうか。 「べ・・・別に・・・」 「隠すなって言ったのは真田だよ?」 やはりこういう時は竹巳の方が一枚上手だ。 一馬は顔を赤くして、バツが悪そうに目をそらす。 「・・・別に笠井が悪いとか、そういうのじゃない。」 「じゃあ何で?」 「・・・お前、塾の講師うまくやってんだろ?」 「うん、まあそれなりに。生徒も慕ってくれてるみたいだし。」 「・・・教師とか、目指してたわけじゃないんだろ?」 「そうだね。別に・・・目指してはいないね。」 「・・・。」 一馬が不機嫌そうな顔をする。 竹巳がバイトの話をしているときと同じ顔。 「・・・俺、目指してたんだよ。」 「え?」 「・・・教師。」 ポツリと呟く。それはつまり・・・ 「教師になりたかったってこと?」 「・・・。」 「もしかして一馬が最初に言ってた夢って・・・それ?」 「そうだよ!悪いか!」 「いや、悪くはないけど・・・ちょっと意外だったかも。一馬が先生って・・・想像できないなあ。」 「どうせ似合わないって言いたいんだろ?!いいよ別に。俺もそう思ってるんだから。」 「もう・・・誰もそんなこと言ってないでしょ?拗ねるな一馬っ。」 「だ、誰が拗ねてるんだよ!」 一馬が恥ずかしそうにしながら視線をそらす。 その夢を叶えるために必死で勉強して、けれど捨てなければならなかった夢。 恥ずかしいことなんてひとつもないはずなのに。 「じゃあ真田が怒ってたのはつまり、羨ましがってたってこと? それなら言ってくれれば紹介したのに。」 「・・・そんなの、女々しすぎるだろ。一度諦めたことなのに。」 ただのバイトじゃない。彼が持っていた夢につながるような仕事。 確かにそれを経験してしまったら、一度諦めた夢を思い返すのだろう。 けれど叶えられないと知り、ただ寂しくなるだけだ。 「そうか・・・知らなかったとはいえ悪いことしたね。」 「いいんだよ別に・・・。中途半端な気持ちでしたくないし、まだ・・・ まだ、完全に諦めたわけじゃない。」 一度捨てた日常。諦めなければならなかった夢。 それでも一馬の瞳は、絶望を知ったあの日と同じではない。 「やっぱり真田、強くなったよね。」 「・・・うん。」 そんな一馬を見て、自然に出てきた言葉。 私たちなりの褒め言葉なのに、一馬はまた顔をしかめた。 「何なんだよお前らさっきから!」 「一馬こそ何でそういつも怒るのよ、褒めてるのに!」 「ほ、褒めて・・・るようには聞こえないんだよ!」 「うわー一馬、それすごく失礼だよ?私たち本気で思ってるのに。」 「・・・っ・・・」 今度は困った顔で赤くなった。 本当に一馬はいろんな表情をするなあ。思っていることが丸分かりだ。 「・・・さて、真田が不機嫌だった理由もわかったし、俺はそろそろ寝るよ。」 「うん、あ、もしかして明日の朝ははやいの?」 「多少ね。でも大丈夫。」 いつもと変わらぬ笑みで、竹巳が自分の部屋に戻っていく。 竹巳と一馬の雰囲気も元に戻った。ううん、前以上に近づけたんじゃないだろうか。 何だか嬉しくなって、自然と笑みが浮かんだ。 不安も、悲しみも、苦しみも。 一人で背負うには重過ぎる。 だから、私たちは支えあう。 これからもこうして支えあっていけるのだと、そう思っていた。 「もう・・・大丈夫だよね二人とも。」 閉じられた扉の先で、竹巳が呟いた言葉にも気付かずに。 「俺が、いなくなっても。」 それから数日後、竹巳は私たちの前から姿を消した。 TOP NEXT |